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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第2章 スウガク部編
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スウガクノート【1】

 梶尾(かじお)心音(ここね)は遅刻した。そして担任の千歳に酷く叱られた。一緒にいた階差は中等部に入って以降遅刻などしたことが無かったために珍しいと首を傾げられ、何かあったのかと尋ねられたが、「なんか遅刻した」と適当に誤魔化した。幸い千歳はそれ以上食い下がることも無く、2人はそのままそれぞれの教室に向かった。

 授業中、教師の言葉は心音の耳に届きはするものの、脳には全くと言っていいほど入ってこなかった。今朝の体験が鮮明な映像となって頭の中で繰り返し再生され、イデシメと名乗った銀髪の少女の発言が繰り返し響き渡っていた。


「せっかくのスウガク部新入部員なんですから」


 昼休みになってもその言葉は脳裏から離れず、心音はぼんやりと天井を見上げながら彼女の言葉を反芻していた。

「新入部員……私と部長が」

「どうした?」

「何か考え事?」

「うおっ、ヨータロー、ススキ」

 幼馴染たちが心音の机に腰掛けていた。

「今朝のことか?」

「うん。色々気になっちゃって」

「スウガク部……妙な連中だったな」

「そうっすよね。うちにあんな部活あったっすか?」

「数学研究部なら高等部にあったと思うわよ」

「いや、環名がいたし。あいつ小等部っすから。数学じゃなくて算数っすから」

 整数(ぜとう)環名(かんな)――心音の従姉妹であり小等部どころか九ノ東学園全体でもそれなりの有名人だ。心音の記憶では彼女は帰宅部であり、そもそもどこかの部に所属して他の生徒と協調できるような性格ではなかった筈だ。言葉遣いも生意気であり、環名と仲良くできるかどうかは人によってかなりの差がある。

 果たしてスウガク部はどうなのか。

「まあ悪い人たちじゃなさそうっすね」

「心音がそう言うなら俺たちも信じるよ。な?」

「ええ。それにどのみち、確かめに行くんでしょ?」

 ――話は今朝まで遡る。

 怪獣を倒したスウガク部を名乗る面々は、心音と階差を意気揚々と部室へ連れて行こうとした。しかし怪獣から逃げているうちに時間は彼らが思った以上に過ぎてしまっており、遅刻の危機に瀕していた心音たちは彼らの提案を断るしかなかった。

 そこで彼らとは一旦別れ、放課後に改めて会うことになったのだ。

「巻き込まれちまったもんは仕方ねえ」

「そうね。こうなったらとことん関わっちゃいましょう」

 この後、心音の脳内は少し静かになった。午後の授業はそれなりに理解できた。




 放課後。心音は2年生の教室の入り口で階差を待っていた。おそらく彼女1人ではスウガク部に行くかどうかを決められない、というかそもそも自分が本当にそんな口約束をしたのかすら疑わしくなっていると思ったからだ。

 教室ではHR(ホームルーム)が行われていた。廊下には自分と同じようにHRが終わってクラスの誰かが出てくるのを待っていると思われる生徒たちが集まっていた。

 日直が帰りの号令をした数秒後、階差は誰かと雑談したりすることも無く荷物をまとめてそそくさと教室を出てきた。

「あっ」

「こんちはっす先輩」

 笑顔を隠し切れていない。今朝彼女の家まで迎えに行った時と同じだ。

「そんじゃスウガク部とやらに会いに行きましょうか」

「あ、うん」

 次は安堵の表情。自分の記憶が間違っていなかったと分かったからだろう。

 スウガク部の部室の場所は事前に環名から聞いている。後は階差を連れていくだけ。

 なるべく急いで彼女の教室から離れるかのように、心音は階差の前を少しだけ早歩きで進み始めた。




 中等部の校舎の5階。その廊下を奥まで突き進むと天文部の部室がある。そして中等部の各クラスの教室は5階に1年、4階に2年、3階に3年という具合に配置されている。よって普段なら心音は1分と待たずに部室に着くことができる。

 ただしそれは単に部室のある場所までの距離の話だ。部室には決して安くない機械なども置かれているため当然鍵がかけられているが、その鍵は職員室で管理されている。その職員室が3階にあるのだ。つまり心音は放課後、目と鼻の先にある部屋に入るためにわざわざ5階と3階を往復する必要があるということだ。階差が先に来ていた場合は問題無いが、その場合は階差が大して変わらない量の苦労を強いられることになる。

 今回天文部の部室に用は無い。故に鍵を取りに行く必要も無い。心音はとても楽に感じた。

 階差に無理をさせないようゆっくり階段を上り終えた心音は天文部の部室、その隣の部屋の前に立っていた。心音の記憶が正しければどこの部も使っていない空き教室だった筈の部屋だ。授業で使うような機会も無いため、心音も立ち入ったことは全く無い。

「ここっすよね」

「あー多分」

「こんな近くにあの人たちがいたとは。そんじゃ早速」

 心音は部室のドアをノックした。

 ところで電話に出るのが怖いこと人もいると言われているが、階差の場合はノックがそれだった。ドアをノックする場合最初に行動を起こすのは自分であり、以降の出来事のきっかけも全て自分と言える。例えば部屋を間違えてしまったら、用のある人間の名前を間違えてしまったら、あるいはその部屋を訪ねた用件そのものが単なる自分の思い違いで本当は最初から存在しなかったら――間違い無く怒られる。そんな不安が頭をよぎってしまうため、階差にはドアを叩く勇気が無かった。

 心音がコンコンコンという音を鳴らして2、3秒後、今朝会った内の1人が顔を見せた。

「お、いらっしゃーい。さあさあ入って入って」

 作子だ。階差にとってはスウガク部の面々の中でもまともに話したことのある唯一の人物であり、彼女が出迎えてくれるのはとても安心感があった。

「お邪魔しまーす」

「失礼します」

 部屋の様子は天文部のそれとよく似ていた。本棚に並べられているのが物理や地学関係の本ではなくよく分からないオカルト本であること、天体望遠鏡の代わりに剣道部や弓道部が使っているのと同じような袋に入れられた道具が立て掛けられてあること、エアコンがちゃんと付いていることなど細かな違いはいくつもあるが、全体的な雰囲気はそっくりだった。

 まさに秘密基地だ。天文部の部室のこじんまりとした空気が入部の決め手だった階差にとっては夢のような場所であり、そうして目を輝かせている階差の姿を見て、心音は思わず笑みをこぼした。

「ようこそ我らがスウガク部へ」

「ど、どうもっす」

「いやぁ今朝はバタバタしちゃって悪かったねえ。ちょーっとサツ……お客さんが来ちゃってさ」

「サツって何すか。まさか警察(サツ)じゃ」

「そんなことより! とにかく歓迎するよ新入りさんたち。他の子は今留守にしてるけど、戻ってきたら改めて紹介するね」

 誤魔化された。作子はそれ以上訊くなと言わんばかりに圧のこもった笑顔を浮かべている。心音は一旦諦めた。

「私は原前(もとさき)作子(つくるこ)。スウガク部の顧問をやってる」

梶尾(かじお)心音(ここね)です」

「あ、一別(いちべつ)階差(かいさ)です」

「うん。よろしく」

「あの、スウガク部というのは」

「スウガク部ってのは『()ごく()乱な現象の正体()何かを調べ必要かつ可能であればそれに対する()戦を実行する部』の略で」

「すごく胡乱な現象の正体が何かを調べ必要かつ可能であればそれに対する作戦を実行する部⁉︎」

「Yes。あ、スウガクのクはサクセンのクね。普段は今朝みたく怪獣を探してやっつけたり、部室(ここ)でだらだらおしゃべりとか勉強に勤しんだりしてるんだ」

 英語ならいつでも教えられるよ、と作子は胸元から英単語帳を誇らしげに取り出した。仮にどれだけ胸が大きくてもその分厚さの本をしまっているのが服の上からでは分からないなんてことはあるのか、というツッコミを心音は何とか我慢した。

「ここまでで何か質問はある?」

「そうっすね……まあいくらでもあるんすけどその前に」

 作子の背後、部屋の隅を心音が指差す。

「何でそこのロッカー揺れてるんすか」

 それはこの部屋に入ってきたその瞬間から、心音がずっと気になっていたものだった。掃除用具が入っていそうな金属製で灰色のロッカーが、まるで生きているかのようにガタガタと五月蝿く揺れていたのだ。ちなみに階差も一応気になりはしたが、おかしいと思ったことを受け流さない能力が足りなかっていなかったがために何も考えず作子の話に意識を向けようとしていた。

 心音から質問された作子は、途端に顔を真っ青にし始めた。

「ーーーっ……あれはぁ」

 しかも言葉に詰まっている。さっきまでの勢いがまるで嘘みたいだ。

「失礼します」

「え、あ、待って梶尾さん!」

 心音は作子の静止を振り切ってロッカーへと向かい、彼女に止められるよりも早くその扉を開いた。


 ガシャン!


 開く音が鳴る。


 刹那、大人の人間くらいの大きな影が心音目掛けて倒れてきた。


「うおおおっ⁉︎」


 辛うじて避ける。


 床に倒れたそれに目をやる。


「え?」


 知らない男が縛られていた。


「ンーッ! ンーーーーーッ!!!!!」

「ええええええええっ⁉︎」


 心音の絶叫が響き渡った。

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