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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第2章 スウガク部編
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整数タイムアップ【3】

『あ、環名。怪獣出たよ』

 電話をかけてきたのは作子だった。口調はとても軽い。パソコンの使い方を教えていてこちらが説明した通りの画面が出た時ぐらいの感じだ。

『つーわけでさ、微が必要なんだけど。見つかった?』

「ああ」

『おっしゃ! んじゃ怪獣の位置送るから合図したら』

「今はいない」

『What's⁉︎』

 思わず携帯を耳から離した。

「五月蝿い」

『うっせえ! てめえ今はいないってどういうことじゃおらぁっ!』

「微とは合流できた。だがその後――」

 環名はこれまでの経緯を簡単に説明した。作子は環名が話し始めると不思議と静かになり、彼女が説明し終えるまで一切口を挟むことなく黙って耳を傾けていた。

「――以上だ。堆積千歳の夫が部室に放り込まれている筈なので、適当に縛っておいてくれ」

『わーったよ。ちょっと待ってな……………………やっといたよ』

「助かる」

『んでさ環名さんよ、怪獣どうしようか』

「知るか」

 即答だ。

『知るかって……もうすぐあの子と接触しちゃうよ。君の従姉妹、梶尾さんだっけ?』

「イデシメがいるだろ。微と合流したらそっちへ向かうから時間を稼がせろ」

『へいへい。そんじゃこっちは適当にやっとくから。さっさと微拾って合流してよ。位置送っとくね』

「了解した」

 電話を切り、環名は軽くため息を吐いた。

 次にやることが分かっていて、その内容が大して難しくなくて、それでいて手間だけ無駄にかかる時に感じる面倒くささは計り知れない。ノート1ページに新しく習った漢字をひたすら練習させられたり、解き方が分かってしまった数学の問題について頭の中にある答えまでの舗装済みの道を紙に出力させられたり。そういった手が思考に追いつかない感覚が、環名はあまり好きではなかった。

 微と合流するのは簡単だ。電話をかけてここまで戻って来させればいい。ただその一手間が、断固拒否する選択肢は浮かばない程度の絶妙なやりたくなさを漂わせていた。特に理由は無い。つまり何となく面倒くさい。故に理不尽である。

 携帯電話を操作して連絡先のリストをリストを開き、微の番号を選択して電話の受話器のマークを押した。

「……」

 10秒経過。まだ出ない。この時点で微らしくない。

 20秒経過。まだ出ない。流石におかしい。

 ここで環名はようやく、積元(せきもと)(かすか)の携帯が繋がらないことに気づいた。

 環名はそれなりに賢い。物覚えもよく頭の回転も早い。少なくともテストの点数だけを見ればクラスの中で最も優秀な成績を収めている。

 しかしそんな彼女が珍しく見落としていた。

 仮に微の携帯で連絡が取れるとするならば、作子は何故わざわざ自分を頼ったのだろう。彼女は十彩町に詳しい。わざわざ自分に捜索を頼まずとも微本人に電話して周りの特徴的な建物などを教えてもらえれば、今いる場所を絞り込めた可能性だってあるだろう。仮に自分に微を探すよう頼むとしても、それらの情報は共有した筈だ。

 作子はそうしなかった。いや、できなかった。彼女は微がどんな場所にいるのかすら知らなかったということだ。

 何故もっと早く気づかなかったのか。環名は数分前までの自分を呼び出して問いただしたい衝動に駆られた。

 同時に最近ミスを連発している自分の姿を恥じた。

 例えば先日の誤送信。部員以外には見せない怪獣の写真を間違って従姉妹の心音に送ってしまった。先程だって自分が置いてけぼりになることに気づかず微が部室に向かうのを漠然と眺めていた。

 自分は、整数(ぜとう)環名(かんな)はこんな人間だったのか?

 自分の中で他人の評価を下げるのは簡単だ。しかし自分自身の評価を下げることは、誰だって大なり小なり拒否してしまう。

「どうしたの?」

「何でもない。少し考えごとを……は?」

 微がいた。今日2度目だ。

「いたのか」

「うん。今戻ってきた」

「途中で作子とすれ違わなかったか?」

「ううん」

「そうか」

 作子は怪獣がもうすぐ心音と接触すると言っていた。おそらくその様子が見られる場所、心音の家の近くにいるのだろう。とすれば会わなかったのはおかしな話じゃない。

「怪獣が出たらしい。行くぞ」

「分かった! 作戦は?」

「作戦?」

「うん。環名ちゃんの作戦が聞きたい」

「今か……」

 微は環名と全く違う。環名にとってはまさに予測不可能な人物だ。今の言葉は他の人間が、例えば作子が言っていたなら環名は間違い無く皮肉と受け取ったことだろう。馬鹿みたいなミスばかり重ねる自分を間違った加減でからかっているのだと、多少の善意を混ぜつつ本気で怒ったことだろう。

 しかし微が相手となると、こいつがそんなことを考える訳が無いという確信がいつの間にか自然に脳内に居座っていた。そんな積元微の素直な一言が、今の環名にとっては確かに心地良かった。

 これでもう大丈夫だ。

 環名が気にすることはもう無い。

「まずは現地の様子を見たい。案内するから連れて行け」

「了解! 飛ばすよ」

 微に背負われ、環名は十彩町を駆け抜けた。




 現地に到着した環名が目撃したのは、心音を背負って逃げる銀髪の少女の姿だった。部員のイデシメだ。

 心音の方は片足が欠けているが、出血している様子は無い。欠けた方の足もイデシメが操作する糸に縛られて彼女らの後を追いかけている。

 ここまで来る途中でイデシメにメールで確認した状況と一致していた。

「あ、イデシメちゃんだ。一緒にいるのは確か……この前会った子!」

「一昨日に道を教えてもらったと言っていたな」

 それより前にも自分が懇切丁寧に道案内した筈だが、どうして心音にも道を訊ねたのか。そんな疑問が一瞬環名の頭に浮かんだが、どうせ適当な物が気になって道を逸れて迷子になっていたのだろうと早々に答えに行き着いた。

 再び思考の先を今に切り替える。

「あの子、足を怪我してるみたい。大丈夫かな……」

「後でどうにかなる。まずは怪獣を倒すことを考えろ」

「分かった」

 キリッという効果音が聞こえてきそうな顔だった。

「まずお前が殴れば怪獣くらい簡単に倒せる」

「じゃあ殴るんだね」

「だがそれだと力が強すぎる。怪獣が明後日の方向に吹っ飛ばされると面倒だ」

「ハッ! 確かに」

「だからイデシメの力を借りる」

 環名たちにとって作戦とは常日頃、こういうものだった。倒すことなど朝飯前。問題は()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 そこで目をつけたのがイデシメの糸。彼女の意思により自在に操ることができるあれがあれば怪獣を一箇所に縛り付けて、微が多少殴ったとしても怪獣が変な方向に飛んでいかないようにすることができる。

「あいつが怪獣を縛ってから殴れ。いいな?」

「分かった。でもイデシメちゃん、あの子を運ぶのに糸を使っちゃってるよ。どうするの?」

「空けばいいんだろ。わたしが心音を引き受ける」

「でもそれだと」

 怪獣は心音を追っている。環名が気絶している心音イデシメから受け取れば、当然環名もまとめて怪獣に狙われることだろう。

「気にするな。お前たちがその前に倒せばいいだけだ」

「そうだね。頑張る」

 イデシメは未だ屋根の上を駆けて逃げ続けている。そんな彼女に並走する形で、環名を背負った微が近づいた。

「微さん! お待ちしておりました」

「イデシメ、心音(そいつ)はわたしに。お前が縛って微が倒す」

「了解」

「微、地上に降りてからわたしを降ろせ」

「うん!」

「よし。じゃあ始めるぞ」


 そこから先は、ほんの一瞬だった。


 着地する3人と1人。


 心音が環名に。


 怪獣は真っ直ぐ環名と心音を目指す。


 眼前、全く動じることの無い環名の僅か数ミリ先で――怪獣は動きを止めた。止められた。


 上空から、積元微が殴りかかり、怪獣は沈黙した。


 かくして作戦は終了した。


「終わったー!」

 思い切り腕を天に突き上げて伸びをする微。まるで軽い運動を終えた後のようだ。

「後は作子に連絡だな」

「ねえねえ環名ちゃん」

「ん?」

「作戦立ててくれてありがとう! おかげで上手くいったよ」

「…………そうか」

 決して表情や仕草に変化があったりした訳ではないが、微はそんな真顔の環名を見て満足そうに微笑んだ。

「環名ちゃん、心音さんそこら辺に寝かせてくれん? 足治してあげたいき」

「回復薬を使うなら注意してくれ。それがこいつの脳に効くと困る。できれば足だけに作用するようにしてくれ」

「……? 分かった。傷口にだけ効くやつ使うき」

 そしてこの後、心音が目を覚ます。

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