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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第2章 スウガク部編
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整数タイムアップ【2】

 積元微は足が速い。というか身体能力全般が人間離れしている。故に小学生1人背負っていようと関係無く、100メートル走並みのペース配分で十彩町を駆け抜けられ、目的地まですぐに着くことができた。

 環名が降ろされた場所は駅だった。彼女が通う九ノ東学園の最寄り駅だ。今はまだ閑散としているが、もう少し経てば環名と同じ学園の制服を着た生徒たちがぞろぞろと流れ出てくるようになる。

「着いたよ」

「例の不審者はどこにいる」

「待っててって言ったから近くにいると思うよ。あ、ほらあそこ」

 自販機の横にどこか落ち着かない様子で辺りを見渡している男がいた。背広の上からでも分かる程にがっしりとした体つきで、並大抵の不良なら威圧だけで追い払えてしまいそうなぐらい精悍な顔つきをしている。

 ディファレは環名の手を引き、一切の躊躇い無く男に近づいた。

「お待たせ。連れてきたよ」

「うお、思ったより早かったな」

「わたしに用があるというのはお前か?」

「うん。君がカンナちゃんだね。初めまして」

 男は懐から手帳を取り出した。

「俺は堆積(たいせき)経太(けいた)。刑事だ」

 環名の頭の中で強い不審者と呼称されていた人物の名称が刑事の堆積経太に更新された。と同時に警官ならばディファレに話しかけられた時点で名乗らなかったのか、何故ディファレはこいつを不審者と呼んだのかという疑問が浮かび、ディファレに向けてやけに湿気のこもった視線が向けられた。

「なに?」

「少なくとも不審者ではなさそうだぞ」

「不審者も警察も大して変わらないよ。今回は」

「まあそれもそうか」

 単にディファレが適当だっただけのようだ。

「さて、堆積経太。わたしの記憶が正しければ、お前は堆積(たいせき)千歳(ちとせ)の夫だな」

「よく知ってるね。ああそっか。君は九ノ東学園の子だもんね」

「1つ教えてやる。お前はわたしにとって初対面だ。自分の学校の教師と夫婦だからといって、初対面の大人が自分の情報を把握しているのは子供にとって十分に怖い事態だぞ」

「うっ、ご、ごめんなさい」

 空気の抜けた風船のように萎んでしまった。そんな経太の姿は、環名にこいつの対処は難しくないと判断させるのに十分だった。

「はぁ。微、目を開けていいぞ」

 ディファレの奥で控えている微の人格に呼びかけた。

 経太がもっと油断のならない人物だった場合、この場で痛めつけて拉致しようと環名は計画していた。微に別人格のディファレへと交代させた上で外の景色を見ないよう命じたのは、経太が環名に害をなしたと微に勘違いさせて襲わせるためだった。例えば環名が突如携帯電話を地面に落とし、経太が壊したと濡れ衣を着せて適当に嘘泣きでもしたなら、どうだろう。


「うわーん! この人がわたしのケータイ壊したー!」

「え、ちょ、待って。誤解だ!」

「微ぁ、この人やっつけて!」


 概ねこのような流れで微をけしかけ、そのまま連れ去る予定だった。しかしわざわざそんなまどろっこしい真似をする必要は無いと、環名はそのように経太を評価した。

 故にここからは小細工無しだ。気を使うことは一切無い。

「ディファレ、微に代われ」

「はーい…………代わったよー」

「よし微、わたしが合図したらこいつを部室に案内しろ」

「はーい!」

「おい堆積経太」

「はいっ!」

 経太は突然の威圧感あふれる声に驚くあまり、上司にでも呼ばれたかのように勢いよく姿勢を正した。ただし実際の上司から呼ばれた時に同じくらい礼儀正しい反応を示すとは限らないものとするが。

「本題に入ろう。わたしに用とは何だ?」

「あ、うん。怪獣のことを聞きたくて」

「何故わたしだ?」

「君が怪獣の写真を持ってるって聞いたから、詳しく話を」

「微、連れて行け」

「押忍!」

「は? え、わっ⁉︎ ちょ」

 微は米俵の要領で経太を肩に担いだ。

「思いっきり飛ばしてやれ」

「分かった!」

「ねえ、ちょっと君たち? 一体……」

「話は部室に着いてからだ。わたしも向かうから大人しく待っていろ」

「あの」

「微、GO!」

 その瞬間、2人の姿は見えなくなった。

 積元微は足が速い。身体能力全般が人間離れしている。故に環名を駅まで連れてきたように人をどこかへ運ぶ場合、相手の負担が大きくならないようある程度加減して走るようにしている。ディファレの人格も同じだ。

 しかし環名が「思いっきり飛ばしてやれ」と命じた結果、堆積経太を担いだ微は一切の躊躇いも無く全力まで加速してしまった。

 環名は彼女の全速力を体感したことは無い。しかし微とディファレが揃って「だいぶ抑えている」と自称する程度の速さを体感した時に、少なくとも今の10分の1までは遅くしろと怒鳴り散らした記憶があるため、()()が常人には地獄であることは容易に想像できた。経太は職業柄それなりに鍛えているだろうから死にはしないだろうと環名は推測したが、同時にトラウマは間違い無く残るであろうとも見積もっていた、

 これは環名なりの脅しだ。自分たちにまつわる恐怖を植え付けることで、経太が下手にこちらへ損害をもたらす行動を取らないようにする。自分が巷で噂になっている怪獣の情報を握っていると勘づかれてしまったが故の対処だ。

 ところで環名には気になることがあった。自分が怪獣を見たことがあり、しかも写真まで持っていると、何故知られてしまったのか? 自分たちの活動を知る部外者などいる筈が無い。であればどこから、情報が流出したのか。

「……心音だろうな」

 彼女は経太の夫である千歳が担任を務めるクラスの生徒だ。心音が千歳に情報を流し、千歳が夫にその情報を流したとしたら、彼が自分に辿り着いてもおかしくないだろう。

 では心音は何故、整数環名が怪獣について知っていると知っていたのか。原因があるとすれば――

「……わたしだろうな」

 特に意図があった訳ではない。単純なミスだ。

 先日のこと。怪獣を倒したので作子に写真を撮って報告しようとしたところ、間違えて心音のアカウントに送ってしまった。すぐに気づいて写真を削除したが、既読を表すマークは既についてしまっていた。心音に見られていた。

 すぐに作子へ報告した。加えて写真を撮って送ったのが天文部の活動している時間であり、部長の一別(いちべつ)階差(かいさ)も写真や心音が描いた写真の模写等を見ている可能性が高いということも伝えた。

 作子は自分を散々叱った後、心音と階差については対処しておくと言っていた。それから2日。そろそろ作子の言っていた『対処』が目に見える形で現れる頃合いだ。

 こうしてはいられない。急ぎ部室へ向かい、いつ出現してもおかしくない怪獣に備えなければ。

「あ」

 ここで環名は気づいた。微が既に行ってしまったことに。

 微に運んでもらってここまで来た。しかし微はもういない。徒歩で学園を目指すしか無かった。

「まあいい」

 ここは学園の最寄り駅だ。11歳の環名でもすぐに着ける距離にある。

 整数(ぜとう)環名(かんな)は歩き出した。彼女の携帯電話が鳴ったのはそれからすぐ、まだ駅が視界に入るぐらいの時だった。

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