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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第2章 スウガク部編
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ゲンカクエンカウンター【3】

 翌日。相変わらずの怪獣の噂が絶えないため、心音は昨日に続き階差を家まで送り届けていた。

「それじゃ部長、また明日」

「うん。今日もごめんね」

「いえ、気にしないでください。どうせなら朝も迎えに来れるんで、来て欲しかったら連絡くださいっす」

「朝も⁉︎ い、いや、大丈夫。心配しないで」

「そっすか。それじゃ」

 心音が微笑みながら手を振っているうちに階差は玄関のドアを閉めた。彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、心音は今来た道を真っ直ぐ戻り始めた。

 5分ほど歩いたところで分かれ道が見えた。階差の家に繋がるのは心音がたった今通ってきた道だが、心音はそちらではないもう1つの道に向けて歩みを進めた。

 心音は階差に対して嘘をついている。彼女の家は階差と同じ方向ではない。今の分かれ道で全く違う方向へ分岐した先にあるのだ。故に昨日階差を送り届けた後も同じように元来た道を5分ほど引き返し、本当の家路へと仕切り直していた。

 心音に悪意は無い。嘘をついていることへの罪悪感ははっきり覚えている。そこまでして階差を騙した理由はただ1つ。気を遣わせたくなかったからだ。

「明日は遅刻できないな」

 階差はおそらく朝も迎えに来て欲しかっただろうと、心音は考えている。本当なら先程の心音の提案に対して首を縦に振りたかったが、心音の言葉に甘えた時に襲ってくる罪悪感が怖くて反射的に断ったのだろうと。

 だから心音は明日、階差を迎えに行く。彼女が自主的に迎えに来たのであれば階差が気に病むことは何も無い。人によっては甘やかしていると認識しうるような思考であり、実際心音にもその自覚はあった。だが自分が階差を甘やかしてはならない道理も無いため、躊躇うことは一切無かった。

「……ん?」

 分かれ道を進み、自分の家が視界に入り出した頃、心音はふと足を止めた。

 特に根拠も無く前方を見つめる。日はまだ沈みきっていない。春になって日暮れが少しづつ遅くなっていることが実感できる時間帯だ。しかしそろそろ帰った方がいいと子供でも確かに分かるくらいには空が暗い。

 暗いとその分周りが見えづらくなる。見えない物が増えてくる。何があるのか、もしくは何が()()()()が分からない空間が広がりだす。


 人影が見えた。


 誰だろう。目を凝らす。


 近づいてきた。


「誰っすか……?」


 顔が見え始める。


「梶尾さん?」


 苗字を呼ばれ、その声で正体に気づいた。


「あ、堆積先生」


 心音のクラスの担任、堆積(たいせき)千歳(ちとせ)だった。いつも通りスーツに身を包んでおり、頭からつま先まで全て何かしらの規則を守っているかのように思えてくる。

「こんな所で会うなんて奇遇っすね。先生も帰りっすか?」

「うーん、ちょっと違うかしら。梶尾さんは……確か家がこの先だったわね」

「うっす」

 千歳は心音にとって気軽に話せる部類の教師だった。校則には厳しく心音が遅刻や忘れ物をするたびに頭が痛くなる程叱ってくるが、他愛もない冗談や世間話にも応じたり、担当でない科目の質問にも答えてくれる優しさも持ち合わせていた。

 また今年学園に赴任してきたばかりであり小等部時代からいた心音の方が学園に詳しいということや、他ならぬ千歳が心音と階差の所属する天文部の顧問ということも関わる機会が増える理由になっていた。

「あ、さては先生、この後旦那さんとデートっすか?」

「大人を揶揄わないの。デートだったら私だってもっとおしゃれするわよ」

 眉を顰めて困ったような顔をしているものの、口調はどこか弾んだ調子だ。心音との会話を楽しんでいるらしい。

「あ、そうだ。梶尾さんに訊きたいことがあるんだけど」

 話の流れを無理矢理捻じ曲げるかのように千歳が口にした。

「何すか?」

「怪獣の噂って知ってる? 最近流行ってるってやつ」

「知ってるっすけど」

「じゃあさ、ちょっと変なこと言ってるみたいに聞こえるかもしれないんだけど……」

 言葉を選んでいるというよりは、何を言うのかは決めているものの発言すること自体を躊躇っているように見えた。

「えっと、その、見たことある?」

「見たことって、怪獣をっすか?」

「うん。どうかしら」

 心音は千歳の躊躇いの理由をなんとなく察した。確かにこんな質問をされたら困惑してしまう者は少なくないだろう。現実に怪獣はいると本気で信じてそうな子どもが訊くならいざ知らず、大の大人が、ましてや教師が担任を務めるクラスの生徒にこんなことを訊こうとすれば、困惑されるのを察して言葉が詰まってもおかしくない。

 とはいえ質問をためらうということは千歳自身も自分が突拍子もないことを訊いていることを分かっている筈だ。ならば正気を疑って無闇に怖がる必要は無い。心音は取り敢えず真面目に答えることにした。

「んなこと言われても無いっすけど……あ」

 先日の画像が心音の脳裏をよぎる。知り合いからSNSで送られ、その後すぐに削除されたものだ。

「写真なら見たことあるっすよ」

「本当に⁉︎」

 千歳が目を見開いて心音に詰め寄った。心音は思わず少し後ずさってしまう。

「︎その写真って、今見れないかしら?」

「いや消されちゃったんで写真自体は……。絵ならあるっすけど」

 心音は携帯電話に保存されている画像のフォルダを開き、昨晩記憶を頼りに件の写真を模写した絵を表示させた。一瞬しか見れなかったので細かい部分の形状は曖昧だが、全体の大まかな姿は描けている自信がある。

「これが……見たこと無いな」

「へ?」

「あーいやいや! 何でもないわ。それよりこれって、どこで見たの?」

「昨日友達から送られてきたんすよ」

 心音は昨日の出来事を話した。誰から送られてきた写真だったのかも訊かれたので、相手のことも教えた。幸い相手は小等部どころか心音が通う中等部でもそれなりに顔が知られている有名人のため、下の名前を伝えるだけで千歳には伝わった。

「あの子かあ」

「他の人に送るつもりだったっぽいすよ。忘れろなんて言ってましたし」

「分かった。ありがとう」

 活気のある声だ。顔もどこか高揚しているように見える。

「それじゃあ私はもう行くね。梶尾さんも気をつけて。って、家すぐそこか」

「うす。また明日。さようならっす」

「はいさようなら」

 千歳は去っていった。再び世界が静かになる。薄気味悪い赤色とほとんど黒に近い青が混ざり合った空が何かを警告しているかのように見え、心音は何となくさっさと家の中に逃げ込んでしまいたい衝動に駆られた。

「急ぐか」

「にゃー」

「……!」


 どこかから聞こえた声に、思わず一瞬体が固まってしまった。猫の声だ。近くに野良猫でもいたのだろうか。

「おっどろいたー。ここら辺に野良なんて」

「みゃあ」

「どわぁ⁉︎」

 いつの間にか目の前に猫の姿があった。野良猫の割には綺麗な毛並みをしており、体も痩せ細ってはいない。まるで人に飼われているかのようだ。

 誰かの飼い猫が脱走したのだろうか。取り敢えず捕まえてやりたいが、下手に近づいては逃げられてしまいそうな気がする。心音は動けないでいた。

 猫と睨み合うこと10秒程、猫の方が心音に近づいて来た。

「にゃーん」

 明らかに心音の目を見て鳴いているように見えた。当然心音には猫の言葉など分かりはしないので何を言っているのかは分からなかったが、その声は彼女の心に先程から渦巻いていた、早く家の中に入れという衝動の背中を押した。

 心音は駆け出した。

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