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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
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転生遺族と少女の覚醒17

 カールは風魔法を発動し、自分たちの発した声が仲間にだけ聞こえるように細工をした。敵の目の前で堂々と作戦会議をしても、相手には何を話しているのか全く聞こえなくなったということだ。

 いざ策を話し合おうとしたまさにその時、カールは目の前に外敵が迫っていることに気づき咄嗟に魔法で防御した。


「あーもーうざったいな。風だけじゃなく光魔法まで覚えてやがるのか。まさか僕の攻撃を防ぐとは」

「光の矢か。リムノさんが使ってるのと同じだな」


 森で彼と戦ったイデシメからカールたちは既に話を聞いていた。彼女の報告で知っていなければ予測して防ぐことはできなかっただろう。


「俺の話を聞くことに集中しろ。エルフ族にとっちゃあの弓は代々伝わる宝の筈だ。そう易々と手に入るものじゃない。その力をどうやって丸腰で再現した」

「あれは元々エルフの英雄が使っていたものだ。本人なら複製や改良ができてもおかしくないだろ」

「本人?」

「カール。あいつ、多分」


 エーレの言葉の続きを肯定するかのように、エルフの少年は歪んだ笑みを浮かべた。


「はぁい正解。僕こそがその英雄――プリンキピア本人だ」


 いかにも衝撃の真実だと言わんばかりに大袈裟な口調だ。カールは心底うんざりとしたことを示すかのようにため息をついた。


「嘘つけ。お前どう見てもただのガキだろ。エルフの寿命で考えても歳が合わない。第一プリンキピアは故人だ。死んだ人間は生き返らない――多分」


 最近知り合った生まれ変わりの能力者が脳裏をよぎる。

 プリンキピアを名乗る少年はそんなカールの歯切れの悪い否定を嘲笑うかのように大袈裟な動作で呆れて見せた。


「やれやれこれだから凡人は。お前ができないことは僕もできないとどうして言い切れる?」

「言われてみれば確かにな」


 カールが少年の言葉を肯定する。意外な反応により少年の注意はカールへ向けられた。

 そろそろかと、カールは風魔法を使い敵に聞こえないように叫んだ。


「先生!」


 カールの背後から光の玉がプリンキピアたち目掛けて飛び出した。

 プリンキピアは平然とした顔でそれを躱した。だが光の玉は彼の隣を通り過ぎた直後に弾け飛び、電撃となって彼らに降りかかった。


「あがっ! て、てめえ」


 痺れて動けない。たった今食らった魔法のせいだ。

 立っていることもできず倒れていくプリンキピアは、自分の背後に剣を構えた1人の人物がいつの間か回り込んでいたことに気がついた。

 ゴードンが剣を振りかぶる。このままだと斬られる。プリンキピアは咄嗟に叫んだ。


「僕に攻撃してはならない!」


 ゴードンは動きを止めた。プリンキピアは結局地面の味を知る羽目になったが、より深刻な被害を受けることを防いでみせた。

 これは好機と、彼は続けて叫んだ。


「やれ!」


 その言葉にくたびれた雰囲気の女が反応した。彼の仲間と思わしき人物、ロウソクだ。


「生命」


 ロウソクがそう口にする。

 すると動きを止めていたゴードンを始め、エーレも、カールも、コヨもピタリと動かなくなってしまった。

 その一瞬の隙を逃すまいと、今度はクロイ=ヌハルとニコラが動く。


「潰れろ」

「こ〜ろ〜す〜」


 先程カールを襲ったのと同じように、瓦礫がエーレたち目掛けて辺り一面から凄まじい勢いで集まり始めた。そしてニコラはゴードンを殴り、今まさに四方八方から瓦礫が降り注ごうとしているエーレたちの元まで吹っ飛ばした。

 瓦礫が衝突し、土煙が上がる。エーレたちは乱雑に殴られすり潰されるように思われた。

 実際はエーレが憑依していたセシリアが咄嗟に魔法で攻撃を防いだのでゴードン以外全員無傷だったのだが、プリンキピアたちはその様を確認するよりも前に思わず口を開いてしまった。


「あはははは! 見たか! 僕のスキルは偽りを事実だと認識させることができる。その名も〈誤信(フィフティーセブン)〉。その男は『僕を攻撃してはならない』という嘘を信じてしまったのさ!」

「アタクシのスキルは〈集中(ナロウサイト)〉。アタクシが口にした単語を聞いた者はその単語について思考することに夢中になる。お前たちは『生命』に関する思考に気を取られ、アタクシたちに隙を与えてしまった」

「おれの〈結集(フードチェーン)〉は指定した物体を集めるスキルだ。今はお前たちを押し潰すために近くの瓦礫を集めたが、その気になれば魔力をさらに消費することでこの場に存在しない物体を集めることもできる」


 彼らが手の内を明かした直後、土煙が晴れた。プリンキピアたちはようやくエーレたちがダメージを受けていないことに気づいた。しかもニコラに殴られた筈のゴードンまで傷が癒えている。


「ば、馬鹿な⁉︎ 何故無事で……というか待て。僕は何故あいつらに貴重な情報を」

「タネが分かったら対処は簡単だな。風魔法」

「……っ!」


 カールは先程自分達に使った声が周囲に聞こえなくなる魔法をプリンキピア達に向けて行使した。声を聞かせることで発動するプリンキピアとロウソクのスキルを封じたことになる。

 それに合わせて傷の治ったゴードンとコヨが駆け出す。最早カールが指示を口に出して伝えるまでも無かった。

 プリンキピアとロウソクは既にほとんど無力化されている。残るはドワーフの男クロイ=ヌハルと上位のスライムのニコラだ。

 ゴードンはクロイ=ヌハルに顔の皺が鮮明に分かる程の距離まで近づいた。

 クロイ=ヌハルの戦法はスキルで特定の物体を大量に集め凶器にするというものだ。つまり敵が近距離にいる状態では自分が巻き込まれる恐れがあるためスキルを行使できなくなる。

 クロイ=ヌハルは護身用の剣で咄嗟に身を守ったが、元々剣術があまり得意ではない彼はゴードンになす術なく押されていった。

 一方コヨはニコラと互角の戦いを繰り広げていた。高い身体能力を誇るのはどちらも同じ。コヨは既にニコラの動きを学習し、対するニコラは不死身の体であらゆる攻撃を受け止めていた。

 プリンキピアにとってはニコラだけが戦況を打開できる唯一の可能性となっていた。自分は痺れて動けない。ロウソクもたった今エーレの魔法で麻痺させられたのが目に映った。クロイ=ヌハルの敗北も時間の問題だろう。最早ニコラがコヨを倒し、残りの敵も制圧してくれるのを信じるしか無い。


「皆。準備、できた」

「コヨ、下がれ!」


 エーレが何かの準備を終えたと宣言した。それを聞いたカールはコヨに戦闘を取りやめるよう命じた。コヨは言う通りにカールたちの元へと戻っていった。

 何をする気だ? プリンキピアが得体の知れない何かに恐れを抱いた刹那、エーレはその魔法を行使した。


「起動――魔方陣」


 エーレたちの足元に光の模様が現れた。いやそれだけではない。プリンキピアの這いつくばる地面にも、それよりもっと遠くの市場でも。模様は王都全域に広がっていた。

 あまりにも巨大なため地上にいるエーレたちではその形を正確に観測することは困難だったが、光が描いた模様は正方形と数字だった。方眼紙のように敷き詰められた細かな正方形が王都の隅から隅まで広がっており、その内の何割かに数字が書き込まれていたのだ。

 これこそエーレが生前から用意しておいた都市防衛用の切り札。王都内部に侵入している魔物を一切の例外無く大幅に弱体化させる魔法だ。

 エーレたちの仲間であるコヨも力を奪われてしまうが、それでもニコラを弱らせる方が利益があるとエーレは判断し、カールたちはその判断を信じた。


「うぉらっ!」

「ぐっ……」


 クロイ=ヌハルが倒された。自分も含め全員生かしたまま戦闘不能にされている事実に、プリンキピアはより大きな絶望を感じざるを得なかった。


「ああ、ああああ……」


 ニコラが倒されたのは、プリンキピアが無力な声を漏らしたすぐ後のことだった。




 原前(もとさき)作子(つくるこ)の体を借りた別人格がノヴァと名乗った直後、縦軸の脳内にそんなノヴァの元妻とされる人物の声が届いた。


(聞こえてる?)

(エーレ……? これって魔法?)

(そう。君と僕、それとキナの心の声が互いに聞こえるようにした)

(ねえねえタテジク君。君の世界ではこういう時『チキンください』って言うのが慣習って本当?)

(キナさん、ちょっと静かに)


 エーレの心の声はとても饒舌だった。口頭で会話する時はいつも途中で言葉が詰まってしまう彼女だったが、考えたことを無理に文章として整えずとも勝手に自然な形になってしまう現在の会話には全く苦労していない様子だった。


(僕たちは今敵と戦ってる。そっちでも見えてるでしょ?)

(うん。それとよく分かんないんだけど君の夫って――)

(ノヴァのこと? キナからもう聞いてる。名乗ったんだね)

(僕の友達がそいつの生まれ変わりらしい。厳密には人格が違うけど)

(モトサキツクルコのことだね? きっとカスカの中にディファレがいるのと同じだよ)

(そうだね……同じだね)


 沈黙が流れた。どうやら心の声が聞こえるとは言っても、相手に伝えようという意思が無い限りは自分だけの秘密にできるらしい。

 あまりの気まずさに耐えかねたキナが適当な冗談でも放り込んで一層訳の分からない空気にしてしまうのではないかと縦軸は予想したが、その予想は外れていた。驚く程にキナの声が聞こえない。エーレから『静かに』と言われたのをどうやら本気で守っているようだ。


(……気づいたんだね)

(説明してくれるんだよな?)

(もちろん。君には知る権利がある。いずれあの子自身にも知らせないといけないことだし、君に隠す気なんて無いよ)

(じゃあさっさと敵倒してこっちに来い)

(善処する)


 その一言を最後にエーレの声は聞こえなくなった。魔法が解けたようだ。

 見計らったようにノヴァと名乗った人物が話しかけてきた。


「1秒くらい黙ってたけど、誰かと話でもしてたのか?」

「お前の奥さんだよ」

「うわあああああああ……嫌だなぁ」


 ノヴァは頭を抱えてフラフラとしながら呻き声を漏らし、そして突然動きを止めた。


「あ、あんにゃろ引っ込みやがった」

「作子か?」

「うん。相棒がごめんね。あいつって本当はエーレのことが今でも大好きなんだけど、生前に色々あったせいで会うのが気まずいのよ」

「作子も怖がってるように見えたけど」

「だってこの体は私のだもん。ボコボコにされたら嫌でしょ」

「そんな人には見えなかったけど」

「私だって理性(アタマ)じゃ分かってるよぉ」


 作子はわざとらしいくらい大きなため息をついた。そしてそのまま大の字を描くように寝転び、眠ったかのような動かなくなった。

 縦軸はどうしたものかと困り果てたが、寝転ぶ作子の顔を覗き込んでみると放っておいても大丈夫そうな表情をしているように見えたので、静かに見守ることにした。

 一応キナにもどうしたものか相談しようとしたが、彼女も特にこれといった動きは見せていなかった。大人しく床に座ってどこから取り出したのか分からない握り飯を美味しそうに頬張っている。

 やがてエーレから連絡が来た。


(終わったよ。拘束も済ませた)

(じゃあ早くこっちに来い。聞きたいことが山程ある)

(うん。すぐに行k――)


「えー。もう終わったのー」


 先程まで狸寝入りを決め込んでいた作子が突然起き上がった。


「あーもうやだやだ。皆さぁん、第2ラウンドやっちゃって」


 どこかを指差す作子。すると突然キナが沈黙を破った。


「タテジク君、これ!」


 キナは作子が持ってきたタブレット端末の画面を縦軸に見せた。


(ごめんタテジク。ちょっと遅れる)


 画面の向こう、エーレたちのいる場所では、確かに倒された筈のプリンキピアたちが拘束を抜け出して立ち上がっていた。

 エーレたちの攻撃によって確かに負傷した彼らの体は、傷ひとつ無い姿になっていた。

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