表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
123/166

転生遺族と少女の覚醒13

 5分も経たないうちに縦軸は飽きてしまった。そもそも自分以外は街を観光していてずるいというのはイデシメ相手に作った適当な理由であり、実際は頭と気持ちを整理したいというのが本音だった。いくら異世界といえど街並みに大して興味は無い。

 街の住人は既にコヨのことは見慣れているが、やはりそこら辺の犬とは比べ物にならないくらい巨大な狼が街中を闊歩している様は彼らの注目を集めてしまう。その上隣にいるのがイデシメやその友人たちではなく顔に札の張り付いた見慣れない人物ともなれば、奇怪なものを見るような目は当然向けられた。

 縦軸が嫌な思いをしていないかとコヨは心配したが、当の本人はそもそも自分が悪目立ちしていることにすら気づいていなかった。思考に夢中になっていて目の前の景色すらまともに見えていない。そのせいか先程から何度か通行人にぶつかっていた。隣にコヨがいなかったら因縁をつけられていたことだろう。

 コヨはますます心配になってきた。一見変わっていないように見える縦軸の顔色がほのかに暗さを増していたからだ。

 イデシメたちが何か悩んでいる時は決まってそうしたように、コヨは縦軸の顔を舐めた。


「うおっ、どうしたコヨ」


 縦軸の顔に見えていた影が息を潜めた。コヨは少し安心し、さらに縦軸の顔を舐めた。


「あーもう何だよ。僕なんか舐めても美味しくないぞ」


 文句を垂れているようでいて声は明らかに笑いを帯びていた。

 縦軸が一体何に悩んでいたのかは分からずじまいとなってしまったが、彼が心の底から笑えているならそれでいい。コヨは安堵した。


「ワウ!」

「はいはい。お前は元気でいいな」

「あれ、縦軸じゃん」


 縦軸の顔色がまた移り変わった。今度は戸惑いだ。聞き慣れた声が聞こえ、そちらを振り向いたら思った通りの声の主が何故かいたからだ。


「え、何でいんの?」

「何でもいいじゃん」

「えー……」


 作子はいつもと変わらない様子だった。縦軸も彼女のペースに引っ張られていつもの調子の会話を始めてしまっていた。どうして作子がこの世界にいるのか。それを教えてもらうタイミングを見失ったことを意味する。


「ところで何? そのお札」

「ああ、魔力抑えるやつ。目立つからって」

「隣のでっかいモフモフは?」

「名前はコヨ。フェンリルっていう魔物らしいよ。世話になってる人が飼ってる」

「ふーん」


 あまり興味は無さそうだ。


「触ってみる? 大人しいけど」

「いや遠慮しとく。なーんか唸ってるし」


 縦軸はまたも困惑した。作子の言う通り、コヨが牙を剥き出しにして作子を睨みながら唸り声を上げていたからだ。犬を飼ったことの無い縦軸であってもコヨが作子に敵意を向けていることは容易に分かった。


「なかなか賢いワンちゃんだね。警戒すべき相手をちゃんと把握できてる」

「警戒? 作子を?」

「そうそう。私ってあんたら、特にその子の飼い主さんとそのお仲間たちにとっては敵だから」

「敵……?」


 自分は敵だ。いつもと変わらない穏やかで少しニヤニヤとした顔で作子はそう言い切った。

 いつもの縦軸なら何かしらの冗談だと受け流して動揺すらしなかっただろう。しかし今この世界にいる筈の無い作子が当たり前のように存在していることが全てにおいて巨大なノイズとなり、彼の思考に作子の発言を真に受けるという選択肢を出現させていた。

 考えが顔に出ていたのだろうか。作子はこの状況にとても合わない自然な笑顔を浮かべた。


「ちょいと話そうぜタテ坊。2人っきりで」

「いや僕はいいけど……」


 コヨは相変わらず威嚇を続けている。作子が1歩でも動けば食い殺してしまいそうだ。


「コヨとやら、悪いんだけどご主人様の元へ帰ってくれないかな」

「グルルルル……」

「心配しなくてもこいつにはまだ何もしないよ。絶対に傷つけない。今は攫いもしない。ついでにえっちなことも多分しない。だから安心して君のお仲間に私のことを報告してきな」


 両者はしばらく動かずにいた。コヨは作子を睨み、作子は笑顔でコヨを見つめていた。やがて縦軸がどうしたものかと困り果てた頃、コヨは何事も無かったかのように身を翻しリリィたちの家へと戻って行った。

 作子は手を振りながらコヨを見送り、姿が見えなくなると縦軸の手を取った。


「おいで」

「あ、うん」


 まるで幼い子どもの手を引くように、決してはぐれなくするかのように、作子は縦軸の手を強く握って雑踏の中へ足を踏み出した。




 作子は縦軸を連れて様々な屋台が並ぶ市場を訪れた。縦軸が昼食をまだ食べていないことを聞くと目に留まった屋台の串焼き肉を慣れた手つきで2人分買い、支払いを済ませると肉を頬張りながら再び縦軸の手を引いてどこかへと歩き始めた。


「お金どうしたの?」

「もらった。無いと不便だろって」

「誰に?」

「ロウソクって名前のくたびれた女」

「誰だよそれ」


 最後の質問にだけは何も答えなかった。会話をしないことの言い訳を作るように肉を食っている。


「……さっき言ってた敵ってどういうこと?」

「気になる?」

「そりゃ気になるよ。しかもさっきの言い方、姉さんたちのこともう知ってるのか」

「知ってるよ。あんたが知ってる以上に」


 手を引かれて歩くうち、縦軸は人にぶつかる頻度が少しずつ減っていることに気づいた。


「私と私の仲間はね、あいつの仲間を殺すつもりなんだよ」

「殺す? 何言って」

「イデシメちゃんって子が森で変なスライムとエルフの子どもに殺されかけたでしょ」

「……!」


 どんな経緯があって繋がりを持ったのかは分からないが、作子はイデシメを襲った犯人の仲間だ。縦軸は察した。まるで最初から記憶にあったかのように、原前作子が()()()()可能性があるという情報が頭の中に突如として生えてきた。


「どう考えたって危ない奴らだろ! 何でそんなのと」

「ちょっとこっち来て」


 縦軸の手が一層強く引かれた。連れて行かれた先は路地裏だ。そこまで汚いというわけではないが、日の光が差し込まないせいでやはり暗くじめじめとした印象が強く感じられる。


「魔法があるからね。病気が流行ったりはしない程度に清潔さが保たれてるよ」

「なあ作子」

「その串プリーズ」


 とっくに肉を食べ終わっていたものの捨てられずにずっと持っていた串を作子は取り上げた。


「時間があればペロペロしてやりたいけど――ほいやっ!」


 縦軸と作子が入った側とは反対の、もう一方の通りに面している方向に作子は縦軸から取り上げた串を放り投げた。


「おっと危ない」


 着物に身を包んだ吸血鬼は眼球に刺さる寸前で串を躱した。


「はいもう一丁」


 今度は作子が始めから持っていた方の串を放り投げた。


「ひぃやーっ! だから危ないでしょ!」


 吸血鬼はまたも避けた。服や髪の毛すら掠めていない。


「全く。会って早々喧嘩ふっかけてくるって何なの?」

「悪いね。こちとら折角の2人っきりの時間を邪魔されたもんで」


 作子も吸血鬼も世間話をしているかのようだ。しかし縦軸には作子の目が笑っていないことや、目の前にいる白髪の人物がリリィが戦ったという吸血鬼であることが分かった。彼にとってはとても穏やかとは言い難い状況だった。


「何の用? あの魔王サマの部下ともあろうお方が」

「そこの坊やを保護するよう言われてるのよ。あなたに渡す訳にはいかないもの」

「おいおい私はこいつの学校の先生だぜ? 一緒にいることの何処に問題があるんだい」

「エーレちゃんにも同じことが言えるのかしら」


 吸血鬼が――キナが腰の刀に手をかける。作子はつまらなそうに口を尖らせた。


「なーんだ。もうバレてたんだ。犯人はていりちゃんかな? それとも傾子さんかな?」

「さあね。とにかくあなたの正体はエーレちゃんにも通達済みよ。じきにあなたを死に物狂いで捕まえにくるわ」

「まじかー。もうちょい自由行動したかったのに」

「ちょ、ちょっと!」


 縦軸が2人の会話に割って入った。キナが作子と話をし始めてからずっと疑問だったことを確かめるためだ。


「訊きたいことがあるん……ですけど」

「ん?」

「何かしら?」

「2人は、知り合いですか?」


 その言葉にキナと作子は互いの顔を見合わせ、全くの同時に一字一句同じ答えを口にした。


「「初対面です」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ