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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
113/166

転生遺族と少女の覚醒3

訂正 2024.01.07

2文目の登場人物の名前が一部間違ってました。

誤:グラッド

正:ゴードン

大変失礼いたしました。

 所変わってとある森の中。リリィたちと別行動をとっていた者たちの姿があった。セシリア、ゴードン、そしてイデシメとコヨである。


「改めて見ると、立派なフェンリルだなあ。こんなでかいのAランクのクエストでも見たことが無いぞ」

「ほんと。初めて会ったときはあんなに小さくて可愛いワンちゃんだったのにね」


「えへへ、コヨ人気者やね」

「バウ!」

「寒うないかえ? リリィちゃんのくれた首輪気に入っちゅう?」

「バウワウ!」


 雨の中での()()では気が滅入るだろうと心配したリリィ。そんな彼女は自分たちが着ているマントと同じスキルをコヨの首輪にも付与したのだ。


「ふふ、リリィがスキルを付与してくれたからかしら。暖かくて心地いいわ」

「ああ、スキルとか魔法とは違う力でも込められてるみたいだ」


 リリィ曰く、愛情を込めたとのこと。


 コヨの背にまたがりながら、イデシメはその毛並みを優しく撫でる。リリィたち解の約束にとっては見慣れた光景だが、セシリアとゴードンにとってはまだ少し慣れないものがあるようだ。

 雨の森の中を堂々と歩く巨大な狼。それが放つ雰囲気は、恐ろしさを超えて神々しさすらあった。



 歩みを進めること十数分、コヨが突如唸り始めた。


「ウゥゥ、グルルルル」

「2人とも、近くに魔物です」

「よし来た!」

「頼りになる鼻ね」


 2人が杖と剣を構え、イデシメは袖の中から伸ばし始めた糸を静かに張り巡らせていく。ピンと張ったそれは、敵の一切の動きを見逃さない。


「……………………ふんっ!」


 イデシメが少し糸を引っ張る。何かを引き裂いた感触がした。もう糸は揺れない。


「仕留めました。死体の確認お願いします」

「まあ、一瞬ね」

「獲物を見てくる」


 少し歩いた先でゴードンが見つけたのは、6、7匹のスライムの亡骸だった。


「スライムだ。まだ大したやつはいないぞ」

「分かったわ。イデシメちゃん、進みましょう」

「はい」


 今回の3人の任務、それは増援潰しである。

 魔物が発生しやすい場所は主に2種類。1つは山や森林、海などの自然豊かな場所。野生動物と同じように繁殖しやすいのだ。もう1つは魔力の多く溜まっている遺跡や洞窟など。一般にダンジョンと呼ばれている。

 今回の氾濫(スタンピード)発生地点は王都の近くの森、かつてリリィたちが校外学習で訪れた場所である。ここから王都へ向かってくる魔物たちを狩り、文字通り根絶やしにしようというのだ。


「にしても何で私まで一緒なんですか? お二人だったら私なしでも大丈夫なような……」


 イデシメはずっと気になっていた。自分は一応前衛職に分類される。しかしそれでもこの2人と一緒なのはよくわからない。公私共にパートナーであると知っているからこそ、自分が邪魔なように思えたのだ。


「まあ私たちだけだと、どっちかが倒れたときにキツイってのはあるわね。2人だけだとかなりリスキーなのよ」

「そんな敵はそうそういねえがな」

「そ、そうですか」


 どうやら自分は緊急事態を想定して呼ばれたようだ。その事実のせいでイデシメはプレッシャーに潰されそうになった。


「あともうひとつ理由を挙げるとするなら……」

「す、するなら?」


 少し緊張気味になるイデシメ。そんな彼女に夫婦が訊ねた内容は


「「普段のリリィ、どうしてる?」」


「……おじた」

「クゥン」


 先程スライムを発見したときとは格の違う勢いだったという。


「え、ええっと普段はリムノさんとよく話してて……」


 その後ネタが尽きるまでイデシメは事情聴取を受ける羽目になった。途中で何度かスライムに出会したが全て瞬殺された。




「妙ね」


 ある程度森を探索したところで木々がぽっかりと抜けた場所に出た。ふいにセシリアが口を開く。


「妙って? どうしたんですか?」

「イデシメちゃん、この森で今まで戦った相手を思い出して」

「今まで?」


 そう言われてイデシメはこれまでの記録を思い出してみた。

 まず発見したのはスライムだ。イデシメが糸で瞬殺した。次に発見したのはスライム。その次は……


()()()()()()()()?」


 氾濫(スタンピード)なら特定の魔物が偏って増えることはある。かといってその他の魔物が()()()()()()なんてことはない。コボルトとかオークとかゴブリンとか、そういった魔物が多少は現れる筈だ。


「確かにな。スライムしか発生しないってのはちと変だ。まるで狙ってやったみたいだ」

「誰かがスライムだけを増やした?」

「いいえ。それは無いわ」


 即座に否定するセシリア。


「そんな技術は存在しない。家畜や野菜ならともかく、魔物を増やすなんて聞いたことがないわ」

「で、ですよね!」

「とはいえスライムばかり現れてるのも事実だ。戻ったらウルタールに報告しとかねえとな」


 あるはずのない陰謀。しかし確かに存在している歪な事実がイデシメたちの頭の中に渦巻いた。降り頻る雨と吹き付ける風が彼らをその中に飲み込んでいった。


 その時、ある異変が起きた。最初に気づいたのはコヨである。


「グルルルル」

「こ、コヨ、どうしたがあ⁉︎」

「イデシメちゃん、ゴードン、足元!」

「な、これは⁉︎」


 彼らの足元にいたのは数え切れないほどのスライムだった。いや足元だけではない。視界の届くあらゆる場所に水色の粘体が蠢いていた。


「ガウッ!」


 危険を感じたコヨがスライムに噛み付いた。上位の魔物であるフェンリル。その牙に噛み切られないスライムなど存在しない。そのはずだった。


「グゥッ⁉︎」


 ボヨボヨした感触しか伝わってこなかった。そのスライムは全く変化することなく、コヨの牙を擦り抜けていった。


「何だこいつら⁉︎ ふんっ!」


 手近なスライムに剣を突き刺すゴードン。しかし期待した手応えは無く、剣は弾き返されてしまった。


「攻撃が効かない⁉︎」

「落ち着いて。まずは陣形を整えて」


 そんな彼らを置き去りにしてスライムたちは移動していった。動きは規則性をもった渦になりやがて渦の目を目指して集まっていく。


「な、何が起こっちゅうがぁ……」


 やがてスライムたちは積み重なっていった。重なり、混ざり合い、1つの塊へと姿を変えていった。


「グウウゥ、バウ! バウワウ!」


 そして、変化は起きた。


 青い粘液の塊に過ぎなかったそれは形を変え始め、それに伴って色も変わっていった。青から血色のいい人の肌のような色へ。その形もまた人形(ひとがた)へ。

 やがて顔の凹凸が作られていき、目、鼻、耳、口、そして手足の形もはっきりしていった。黒い髪が伸びていき、目の中にも光が灯った。


 その姿はどこから見ても人間の少年のようだった。年齢にして12歳ほどだろうか。


 人の姿を得たスライムは慣れない二足歩行に数秒苦労した後、イデシメたちへ視線を向けた。

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