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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
111/166

転生遺族と少女の覚醒1

 修学旅行の一件以降季節は平凡に過ぎていき、縦軸たちは久しぶりに春の景色に彩られた鳩乃杜高校へと投げ込まれていた。

 桜の花びらが舞う中、卒業証書の入った筒を持った少年少女が泣き笑いながら別れを惜しんでいる。友人や家族と写真を撮る者、「大学に行っても友達」と宣言をする者、筒が開けられる際の音を聞いて楽しむ者など、各自の反応は異端にならない程度に多種多様だ。

 そしてここにも1人、涙を零す者がいた。


「ぶわぁーーー! みんな、ぞづぎょうおめでどー!」


 ちなみに作子は担任ではない。授業で関わっただけの間柄なのだが、その号泣具合には様子を見に来た縦軸たちも引いていた。


「みんなあああああ! りっばになっでえええええ!」


「虚、教員免許持ちの不審者がいるわよ」

「いや、あれでも一応ここの英語教師のはずなんだ……多分」


 3年生の教室の雰囲気(主に作子によるもの)に気圧された縦軸たちはしばらく教室の外で待つことにした。




「さてと、教え子たちの旅立ちはいつの年も感慨深いわね」

「かっこいい先生気取ってももう遅いよ。教室の外にいた保護者の皆さん引いてたから」

「ふんっ、今夜はビール缶と踊り明かすことになりそうね」

「踊らされるんだろ」


 桜が舞い散る校門、空はよく晴れていた。吹き抜ける春風に髪がたなびく中、漫才を繰り広げる者が計2人。縦軸と作子だ。

 卒業式の後は特に予定も無い。午前中で放課だった縦軸がていりたちと帰ろうしていたところ、縦軸だけが作子に呼び止められた。作子曰く「2人で話さない?」とのこと。


「てか話って何? 三角さんたち待たせてるんだけど」

「別に大したことじゃないよ。ただ、大きくなったなって」

「誰が、って僕か」

「そりゃそうだよ。こちとら生まれたときから知ってるんだから」

「さっきから大人みたいだな」

「お姉さんでもいいんだぜ」

「姉さんって呼ぶのは姉さんだけだよ」


 別に笑っているわけではない。しかし表情に翳りは無い。100人中100人が「ああ、これは何も特別な出来事は起きていないな」と判断できる表情を普通な表情とすると、縦軸は普通な表情をしていた。何気ない話をしている顔、姉の話をしていてもそれをいい意味で何気ない話と認識できるようになれた者の顔だった。


「……いい友達を持ったね」

「急にどうした」

「だってあんた、中学まで碌に友達いなかったでしょ。学校休んでばっかで。私が教えてあげなきゃ勉強も置いてけぼりにされてたし」

「しょっちゅう魔力切らしてたんだから仕方ないだろ」


 〈転生師(トラックメイカー)〉については当時見舞いにやって来た作子へ縦軸が必死に意識を保ちながら途切れ途切れ説明したが、作子は彼の話す突飛な内容に混乱する様子も否定する言葉も無く信じると断言した。縦軸自身は礼を言ったことは無いが、間違い無く彼の中で作子への良い印象を形作っている要素の1つだった。


「……姉さんってさ」


 咄嗟に話し始めた訳ではない。寧ろ頭の中でこれでもかというぐらい内容を企んだ上で言葉を並べていた。


「友達いなかったよね」

「おう急にどうした?」

「作子以外家に遊びに来たこと無かったから。そうかもって」

「なるほどね。まあ確かに私が1番仲良かったかな」


 縦軸は作子の顔を見て次の言葉を紡ごうとしたが、何故か思うようにはいかなかった。


「ありがとう」

「ん? 何が?」

「姉さんの友達でいてくれて。姉さんが苦しんでたこと、ちゃんと知っててくれて」

「今更どうした?」

「今更だけど、いつかはお礼言わなきゃって思ってたから、今言った」

「そっか……。私、何にも愛の役に立つことできなかったし、あの頃のことは他にやりようあったんじゃって今でも後悔してるんだよね。だから感謝されるようなことをした覚えも無い」


 自分の発言が無駄に終わったような気がしてしまい、縦軸は思わず俯いてしまった。


「でも」


 そんな彼を褒めるように、作子は縦軸の髪をかき乱すような勢いで彼の頭を撫でた。


「うわ、何だよ!」

「あんたに『ありがとう』って言われるのは素直に嬉しい。こっちこそありがとね! お礼にちゅーしよっか?」

「謹んでやだ」

「ちぇっ、意気地なし」


 縦軸が雑に礼を述べると、作子はいたずらめいた笑顔を浮かべて元々近かった体をさらに彼の近くへ寄せた。あまりにも密着し過ぎているせいで縦軸は多少の鬱陶しさを覚えたが、どうせ文句を言っても適当に受け流されるだけだろうと抗議を諦めた。


「ねえねえ縦軸さん」

「……何?」

「好きな人とかいないんすか?」


 作子が笑いを堪えているような声で訊ねた。

 一方の縦軸は単なる能面を貫いていた。


「好きって?」

「『ずっと前から好きでした! 僕と付き合ってください!』って言いたい相手に決まってんじゃん。で、いるの?」

「いるけど」

「愛? 愛じゃない?」

「姉さんに決まってるでしょ」

「変わんないねー」


 少し強い風が吹いた。特に理由も無く作子の方を見た縦軸は、彼女の頭に淡い桃色をした植物の断片が乗っかっていることに気づいた。


「作子、頭に桜ついてる」

「うそまじ? どうしよう! 馬鹿どもが頭の上で花見始めちゃう!」

「誰が桜の木つった。花びらだよ花びら」


 深い意味も無い即席の冗談が消費された後、2人の間には無言の時間が訪れた。

 作子はどこを見るでもなくぼうっとした表情をしており、縦軸は彼女がもう自分にこれといった用がないのでは無いかと疑い始めた。おそらく自分を待ってくれているであろうていりたちにこれ以上迷惑をかける訳にもいかないため、彼は己の推測が正しいか否かを確かめるための一手を打つことにした。


「もう帰っていい?」

「いーよ。また晩ご飯の時に」

「今日も来るのか。適当に済ませるかもだからな。んじゃ」

「あ、最後に1個だけ」


 まるで探偵が事件の関係者たちに本当に訊きたいことを訊ねる時のように作子は帰ろうとしていた縦軸を呼び止めた。


「微、あれからどんな感じ?」

「賢い方のこと? 修学旅行から帰ってきた時に会って以来僕たちの前でも出てきてないよ」

「そっか。オッケー」


 作子は縦軸たちの部活の顧問だ。しかしいくら積極的に顔を出すタイプの顧問といえども教師と生徒という立場の垣根がある以上、見ることができる生徒たちの姿はいくらかの制限がかかってしまうことがあるのだろう。そう縦軸は推測した。故に微が最も気兼ねなく接することができる人物であり、前世の兄妹という特殊な繋がりを持ってしまった自分ならば作子の知らなかったことを知っているかもしれないと期待したのだろうと。

 有益な情報を与えられなかったことにごく僅かな申し訳なさを覚えつつも、自分は微の友達兼前世の兄でしか無いのだから大したことをしていなくても別にいいだろうと、縦軸は作子に背を向けて少し先の帰り道で待つていりたちの元へ駆け出した。




「あ、やっと来た」

「縦軸君おーい!」

「遅い。先生と何話してたのよ?」

「ただの世間話だった」

「何じゃそりゃ」


 先を歩く3人を追いかけるように駆け足でやって来た縦軸は彼女らの後をついて行きながら少し荒くなった息を整えていた。

 いつもと時間帯が違うという以外、縦軸たちの帰り道には何ひとつ変わったところは無い。3年生たちの卒業式が執り行われたからといってそれが彼らの行動に大きな違いを生んだり、会話の話題になったりすることは無い。成がいないことには未だ違和感があったが、違和感があること自体にすら慣れてしまっていた。


「あ、それと先輩のこと訊かれた。『どんな感じ?』って」

「ますます何じゃそりゃ。漠然としすぎでしょ」


 違和感に心が抵抗しなくなるうち、ていりたちといることの心地よさが勝者の座に戻って来た。


「へー、そんなにワタシに興味あるんだ」


 蒸気のように掴みづらくなっていたその心地よさを凝華して握り潰すかのように、彼女は再び現れた。

 縦軸たちは微の人格が入れ替わったことをまたしても一瞬で悟ることができた。本来の人格が持つ幼い童のような笑みは鳴りを潜め、大人に悪戯することを覚えたぐらいの子どものような挑発的な笑顔を以前にも1度だけ見たことがあるからだ。


「久しぶりね」

「出た。シスコンの妹」

「やっほーお兄ちゃん。ご無沙汰してまーす」

「う、うん。久しぶり」


 未だ賢い方の微との距離感を掴めないでいた縦軸だったが、彼女が己の妹であるという事実は既に受け入れてしまっていた。

 以前は詳しいことを訊ねる前に彼女が微の奥に隠れてしまったため何かと有耶無耶になってしまったが、その分知れたことが少ないおかげでそれら1つ1つを受け入れる時間が十分にあったからだ。

 そうして頭の中をゆっくりと整理しているうち、縦軸はふと知りたいことを見つけた。今はまさにそれを賢い方自身に答えてもらうチャンスだった。


「そういえば教えて欲しいことがあるんだけど」

「いいよ。ワタシのことだったら何でも答えてあげる」

「じゃあ、名前を教えて」


 きっかけは不便だと感じたことだった。

 縦軸はいつも微のことを「先輩」と呼んでいるが、賢い方の微は彼の中で『学校の先輩』よりも『妹』という事実の方が印象を強くしてしまっていた。故に賢い方をいつもの微と同じ名称で呼ぶのはとても不便に感じられたのだ。


「積元微に生まれ変わる前の名前を知りたいんだ」


 前世と同じ名前で呼べば件の不便さを解消できると気づいた時、これを知るのは縦軸の中で賢い方にまつわる最優先事項となった。


「……そういえば黙ってたんだっけ。いいよ」


 賢い方はあっけらかんとして縦軸の望みを受け入れた。


「困らせちゃってごめんね。最初にお兄ちゃんに伝えたくて『賢い方』のままで通してたら慣れちゃってたよ」


 微の体が小さく飛び跳ねて少し後ろにいた縦軸のすぐ近くにやって来た。前後のみで言えば彼の目の前にいることになるが、2人の背の高さが違うために賢い方が縦軸を見上げる形となっていた。


「丁度いいタイミングだし、ちゃんと教えてあげる」


 賢い方が爪先で立ち、縦軸の後ろにそっと腕を回しながら彼の体を引き寄せた。

 縦軸の耳元に少女の吐息がかかる。


「繋がろう、お兄ちゃん」


 次の瞬間、縦軸の頭に()()()()()()


「声に出して。ワタシの名前を呼んで」


 彼女の喉から出てきたばかりの空気が耳にかかる感触と共に、縦軸の意識はただ1つの人物の記憶に向けて研ぎ澄まされていった。

 まるで脳が命じずとも零れ落ちるかのように、縦軸の声はその名を音に書き記す。


「…………ディファレ」

「よくできました。そう。ワタシはお兄ちゃんの――ルネの妹のディファレだよ」


 賢い方の微――ディファレの名を呼んだ瞬間、縦軸はまるで魂でも吸われたかのように膝から崩れ落ちてしまった。首から下へまともに力がこもっていない彼の体をディファレは強く抱きしめて支えていた。


(スキル〈転生師(トラックメイカー)〉がLv100になりました。能力が完全に解放されます)


 縦軸の脳内に声が鳴り響く。いつもならば驚いたであろう宣告ですら、ディファレの名を再び知れたことに比べれば雑多な情報の1つに過ぎなかった。


「発動せよ〈転生師(トラックメイカー)〉。ワタシたちをお兄ちゃんの望む場所へ」


 次の瞬間、縦軸とディファレだけでなくていりや音までも飲み込む魔法陣が地面に浮かび上がった。

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