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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
110/166

転生少女と嵐の前

 空には月が浮かんでいます。満月です。王都は既に寝静まり、街の中に灯りはほとんどありません。せいぜい私が魔法で手元に作り上げた光ぐらいでしょうか。夜目もちゃんと利くのですが、ぼんやり照らすぐらいならバチは当たらないかと思いまして。

 ところで唐突ですが、屋根に登るのって案外慣れてしまえば大したこと無いんですね。高い所から落ちてしまうかもしれないという不安も時間が経つにつれて麻痺していきますし、そこに立っているという状態が当たり前かのように脳が思い込んでいくみたいです。

 まさに今の私はそういう状況でして。忘れる筈の無い1人の吸血鬼と対峙する最中にそんな事が一瞬頭をよぎったという訳です。


「いつまで逃げる気ですか」

「そっちが攻撃しようとしてくる限りずっとよ。どうせ当たらないんだから手を止めたらどう? 久しぶりの再会をもっと楽しみましょう」


 現在までの経緯を簡単に説明すると、私が自分の部屋で寝ていたところ部屋の窓をノックする音が聞こえたので起きて窓の外を見てみたらキナがいたという訳です。本当はリムノさんたちを起こして全員で彼女を捕らえたかったのですが、誰も起こさず1人で来ないと王都の住人を無差別に襲撃すると脅されてしまったため単独で追いかける羽目になりました。


「私に何の用ですか」

「様子見と警告。お仲間さんも含めて元気そうだったから様子見の方はもう済んだわ」


 私たちを監視していた? 王都に滞在する数多くの冒険者パーティーの1つに過ぎない私たちを? もしくは他にも誰かを見張っていたりするのでしょうか。

 いえ、それも気になりますが今はもう1つの目的の方が不穏です。


「では警告というのは?」

氾濫(スタンピード)が近々起こる。そしてこの王都が狙われる」

「……!」


 氾濫(スタンピード)――要するに魔物の大量発生です。繁殖期だとかそんなありきたりな理由では片付けられない程異常な量。私はこの世界に転生してから今まで1回も経験したことはありませんが、冒険者ギルドが総出で対処しなければならない災害だと聞いています。それがこの王都を巻き込む形で起きてしまうなんて。

 しかし分かりません。何故キナは起きていない氾濫(スタンピード)の発生を断言でき、しかも魔物たちがどこを狙うか分かるのでしょう。あれは具体的な原因や性質がまだ分かっていないというのに。


「何故そんなことが?」

「だって私には仲間がいるもの。人間だって1人では何もできなくても大勢集まればどんなことだって成し遂げられるでしょう? だから私も仲間を集めてパーティーを作ってそれに『巡る白熊』って名前もしっかりつけて、毎日みんなで力を合わせてお仕事頑張ってるのよ。

 それに()()()()って少なくとも科学全般に関してはどこよりも進んでるし」


 うちの国? 魔物が国なんて言葉を使うということはまさか!


「あら、何か察しちゃった?」

「ええ。あなたの正体が少しだけ分かりました」


 これは私1人では片付けられない規模の問題ですね。やはり帰ったらリムノさんたちに報告しましょう。そして冒険者ギルドにも。今の彼女の証言を一言一句違わずに。


「キナ、あなたは魔王の手先なんですね」

「手先って……もっといい感じの表現は無いの?」

「魔王の目的は何ですか。わざわざ氾濫(スタンピード)の発生を人間(わたしたち)に教えるなんて。分かっていようと私たちでは抗えないとでも思ってるんですか」

「やぁねえ。あの子はそんな性格してないわよ。純粋にあなたたちに生き残って欲しいってだけ」

「生き残って欲しい? 人類に? ふざけてるんですか」


 かつて魔王に仇なした国の王族が女子供関係無く魔王の手で殺害されたという話も残っています。私のご先祖様を助けてくれたという吸血鬼と違って魔王は明確に人類の敵です。そんな奴が人類を生かそうとするなんて考えられません。


「どうやらあなたと話していても時間の無駄のようですね。大人しく捕まってもらいましょうか」

「それはやだ。お暇させてもらいます!」


 キナが足を強く踏み締め、屋根の上から飛び降りました。建物を利用して私を撒くつもりなのでしょう。しかし――


魔術付与(エンチャント)


「さよなら三かk……あれ?」

「逃げてもらっては困るんです」


 キナはさっきまでいた場所に戻っていました。


「動かないでくださいね」

「おっかしいな。ええいもういっちょ!」


 再びキナは逃走を図りました。しかしまたしてもたった今飛び降りた筈の屋根の上に戻っており、私からは1歩も遠ざかれないでいました。


「いい素材のブーツを履いてますね。魔法をよく纏います。風魔法でも付与すれば機動力が格段に上がることでしょう」

「……ははーん。やったなぁ」

「私が空間魔法を得意としていることはご存知では? ちなみに無詠唱の練習も頑張りました」


 簡単なことです。リムノさんが自身の矢に魔法を付与していたのと同じようにキナのブーツへ空間魔法の転移(テレポート)を付与したのです。故に彼女がどれだけ遠くへ逃げようとしても強制的に私の側へ転移してしまうという寸法です。


「終わりですよ」

「ううむ、前に会った時から確かな成長を感じるわ。きっとたくさん練習したのね。パチパチパチ」

「まだ余裕があるんですか? 言っておきますけどブーツを脱いだだけではどうにもなりませんよ。あなたの衣服や刀にも同じ魔術付与(エンチャント)を施しているので」

「そっちこそ私にペラペラ解説してる余裕は無いんじゃないの? 鼠を追い詰めたなら猫ちゃんを噛まないようにちゃんと動きを封じなきゃ」

「今からそうするつもりです。雷魔法」


 まずは麻痺(パラライザー)を強めにかけて気絶させておきましょう。彼女は回復魔法を使えるようなので万が一意識を取り戻した場合に備えて〈無限格納(エイトボックス)〉の中にしまってある適当な物で口を塞いでそれから――


「季節はもうすぐ春。出会いと別れの季節よ」

「……!」


 背の高い人が目立ちやすいように、強い魔力の持ち主も目立ちます。ただし特定の魔法を使えばある程度外部に溢れる魔力を抑えることができ、魔力に敏感な魔物と戦う時などにはこの魔法がよく使われたりします。

 私がたった今感じた感覚は、そうやって姿を隠していた何者かが突然姿を現した時のそれにそっくりでした。


(空間魔法 転移(テレポート)!)


 危険を知らせる本能に促されるまま咄嗟に自分の体を空中に転移させ、靴に付与された〈超音速(メロス)〉のスキルで浮かせました。

 私の判断は正しかったようです。さっきまで私とキナがいた屋根を、それどころか隣接する周りの建物の屋根までをもすっぽりと覆うように巨大な氷塊が出現していました。果たしてあのまま動かないでいたらあれに飲み込まれていたのか。それとも貫かれていたのか。いずれにしても考えたくありません。


「キナは……」


 この氷に巻き込まれてどこかに転がっている、なんて楽観視はできませんね。どうせ彼女か彼女の仲間がこの氷を出現させて隙を作ったのでしょう。衣服と武器全てに転移(テレポート)を付与したと言っても全てそこら辺に捨てれば転移は発動しないわけですし。


「逃げられましたか」


 この後私は一連の出来事をリムノさんに報告したのですが、案の定1人で勝手に動いたことをこっ酷く叱られました。

 一方でキナから聞いた話も伝えたため翌日から冒険者ギルドが蜂の巣をつついたような大騒ぎになるのですが、それはまた別のお話です。




 メイドは頭上に浮かぶ満月を見上げながら団子を頬張っていた。


「それは秋の風物詩よ。半年くらいズレてるんじゃない?」

「たまたま見かけて安かったので買ってしまいました。よろしければ1本いかがです?」

「頂きましょう」


 メイドはどこからか取り出したもう1本の団子の串をキナに手渡した。


「さっきはありがとうね。見事な隠密と不意打ちだったわ」

「この服に魔術付与(エンチャント)を施した魔術師たちのおかげです。私は大したことはしてません。そう言うそちらこそ、厄介な空間魔法は取れたのですか?」

「もちろん。取れなきゃあの氷魔法を避けられないもの。ていうか屋根を傷つけないギリギリの高さにあんなサイズの氷塊をよく出現させたわね」

「日頃の鍛錬の成果です。あなたの回復魔法と同じですよ」


 自分とメイドの居場所を暴くように光を放つ満月をぼんやりと眺めがら、キナは暗がりの筈を道を急ぐ気配も無く歩いていた。


「春は出会いと別れの季節。リリィちゃんには一体、どんな出会いがやって来るのかしらね」


 彼女の呟いた疑問文が心の底から疑問に思って発せられたものではないことを、メイドは言うまでもなく分かっていた。

この作品を書き始めた頃のことなんですが、話の本筋が進み始めると縦軸が酷い目に遭いそうだったので1年くらいは友達作って楽しく過ごしてもらおうと思ったんですよね。

という訳で第1章もいよいよ終盤です。

よろしくお願いします。

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