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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
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観測少女の修学旅行9

 ワタシが()()()のは微が幼い頃、まだ傾子さんが元気だった頃のことだ。ワタシは微の今までの人生、そのほとんどを見てきた。初めて固形物を食べるところも、指村たちと友達になるところも、傾子さんがああなってしまうところも全部だ。

 ワタシの感覚を他人に説明するのは難しいけど、強いて言うなら苦痛の無いブラックボックスあたりだろうか。手や足を動かせないどころかそもそも感覚すら無く、視覚や聴覚などの五感も微の肉体が感じたものに依存していた。

 しかしそれを窮屈とか苦しいとか思ったことは無かった。おそらく肉体が自由を奪われているのではなく魂そのものが肉体とある程度距離を置いた時の感覚を微の中で保っているのだろう。

 微が見聞きしたことは自由に知れた。


「やーだー! 食べたくない!」


 故に彼女が野菜を残していたことも知っている。元気な頃の傾子さんは一見ふわふわしているようで叱るべき時は然るべき言い方で叱る人でもあり、微の野菜嫌いも小学生になる前にはもう無くなっていた。

 ちなみに微が初めて人参を食べた翌日に指村たちの前で勝ち誇ったような顔で人参を口に入れたところ彼らはだから何だという顔でピーマンを食べており、それに対して微が目を輝かせていたことは何故かよく覚えている。

 また残すようになったのはいつからだろう。傾子さんが入院した後だから、少なくとも小学生になってからだ。区分(くぶん)さん、この子の父親が傾子さん程強く叱れる性格じゃなかったせいでどうすればいいかと困っていて――


「――て、あんたの思い出ってこんな話しか無いんだね」


 学校にいた。おそらく小学校だ。微が通っていた所によく似ている。ワタシ達以外誰もいない教室に夕陽が差し込み、初めて見る鏡越しでない彼女の顔を半分だけ照らしていた。


「思ったよりしけたツラしてないね。ちょっと意外」


 彼女に問うた。


「ワタシのこと知ってたの?」

「うん。何となく」

「いつから?」

「最初から」

「何で黙ってたのよ」

「滅多に出てこなかったから、出てきたくないんだと思って」

「そう」


 馬鹿なこの子のことだから、てっきりワタシのことなんて知る由もないとばかり思っていた。まさか知られていた挙句気を遣われていたなんて。保護者よろしく奥で見守っていたつもりが、まるで姉に面倒を見られる人見知りな妹みたいだ。


「1人の時なら、別に話しかけてくれてもいいんだよ」

「どうやってお話しするの?」

「今やってるでしょ……」


 頭の中で自問自答してたら他人の声が返ってきてそれに没入してしまう感じ、とでも言えばいいだろうか。正直あまり他人に上手く説明できる自信が無い。


「まさか無意識にやったの? そんなにワタシと話してみたかった?」

「うん」

「そっか」


 悪い気はしない。


「ていうかワタシに話しかけられるぐらい元気ならさっさと出てあげなよ。指村さんたち心配してたよ。接しづらいったらありゃしない」

「あはは、そうだね」

「まあワタシの言い方にも問題はあったよね。あいつらのことあんまり好きじゃないもんだから」

「うん」

「でも久しぶりに表に出られて楽しかったよ。これからはたまに代わってもらおっかな」

「……」

「おい」


 自分でもびっくりするくらい怖い声が出た。


「こっち見ろ。人が話してるのに下向いてんじゃないよ」


 ワタシってこんな声が出せたのか。いや、普段は怒ってると話す暇もなくひたすら暴力を振るってたから気づく機会が無かったのか。今更自分も知らない自分の一面を知ることになるとは。


「作り笑顔やめてくれたのは確かに嬉しい。だけど」


 彼女の顔を掴み、無理矢理こちらを向かせた。


「うじうじしてるあんたも見たくない」


 この子は人の心の痛みがちゃんと分かる子だ。傾子さんや区分さんがどれだけ大変な思いをしていたかを察していたのだろう。

 けれどこの子もまだ幼かった。自分がどれだけ我儘を言おうと傾子さんの病気が治って全てが都合良く片付くなんて事は無いと理屈で理解し、それを思考に反映させることができる程精神が成熟していなかった。

 だからある日「お母さんに会いたい」と泣き喚いたんだ。

 次の日、区分さんがわざわざ風邪気味だと嘘ついて仕事を休み、微を病院に連れて行ってくれた。微は念願叶って傾子さんと会うことができ、親子水入らずの時間を過ごした。

 自分が我儘を言えばそれが叶うという成功体験。しかし彼女の顔は晴れなかった。区分さんが彼女のせいで苦労していたことや傾子さんがそれを察して戸惑っていたことに気づいてしまったのだろう。本人たちが必死に隠していたにも拘らず。

 それからこの子はいい子になろうとした。「早く治るといいな」とか「お母さんに会いたい」とかは区分さんの顔色を見るうちに段々言わなくなっていった。


「ワタシはあなたがどれだけ無理難題言ったって訳わかんないこと喚いたって絶対嫌な気持ちにならない」


 せめて指村たちがこの子にとって迷惑をかけてもいい相手と認識されればよかったのかもしれない。そうすればもっとマシな形で力になって、向こうの世界を信じる信じないなんて議論は有耶無耶にできたかもしれない。

 ワタシはいつも奥に引きこもってるから、ワタシや傾子さんたちの代わりにこの子の我儘に付き合ってくれる人が欲しかった。


「言いなよ。怖かったって」


 ワタシはその場凌ぎだ。今だけの代理だ。


「成ちゃんがいなくなって怖かったんでしょ? 急に離れ離れになった傾子さんを思い出すから」


 もしかしたら成ちゃんがついて来たのは、ていりちゃんが微の性格を見抜いていたからかもしれない。


「別にあんたが面倒くさいぐらいの寂しがり屋だったとしても、成ちゃんやみんなは嫌がったりはしない」


 部活のみんなには感謝している。〈天文台〉や異なる世界のことを信じてくれたからか、微はあの子たちにやたらと懐いた。


「生徒会の奴らも……流石に信じていいと思う」


 微の言った事実を信じなかった時点でワタシの中では愚か者という認識が張り付いて離れないけど、微を大事にしてくれているのは確かな筈だ。この子ならきっと誤魔化し無しで仲良くなれるし、この子自身もそれを望んでいる。


「微、あなたは自分に素直に生きた末に笑って。傾子さんの最後の言葉は、きっとそういう意味だから」


 そろそろ楽になって。テストの点数だとか購買部のパン争奪戦だとかで一喜一憂する中身の無い馬鹿馬鹿しい日常を送って。


「ねえ、微」


 お願い。


「っ、私は――」




「――い。せんぱーい。おーい」


 名前を知らない魚たちが悠々と巨大な水槽の中を泳いでいる。水槽の前では老若男女が足を止めてはしばらくそれを見つめ、何事も無かったかのように通り過ぎている。

 そんな様子を背景に、(なる)(かすか)をを覗き込んでいた。


「あ、気づいた。急にぼーっとしてどうしたんですか?」


 視界が急に広がったような感覚に襲われると同時に、微の目が焦点を成ただ1人に合わせていく。


「成ちゃん……?」

「ただいま帰りました。事情は聞いてます。心配させてしまったみたいですね。黙って出て行って、ごめんなさい」


 成は謝罪の言葉を口にすると共に頭を下げた。

 様子を『奥』から見ていた賢い方の微は彼女の誠意にそれなりの理解を示し、微が嫌がるだろうから仕返しの類は取りやめにしようと決めたのだった。


「もしよかったらなんですけど、今から埋め合わせさせてもらえませんか? 先輩の好きなだけ思い出作りに付き合――」

「成ちゃん!」


 微は目にも堪らぬ速さで微に抱きつき、彼女の背に爪の跡が残ってしまいそうな程に強く抱きしめた。


「寂しかった……いなくなって……もう会えないかもって……そんなの違うのに、でも」


 途切れ途切れに紡がれる微の言葉に耳を傾けていた成は、自分が今日行った所業にどこか苦しいような既視感を覚えていた。




 微が落ち着いた後、成は彼女や生徒会の面々と共に水族館を見て回った。生徒会には既にひとしきり説教を受けていたので心置きなく自由行動を楽しめ、賢い方とのやり取りのせいで当初は浮かない顔をちらつかせていた対たちも微の楽しそうな様子を見ているうちに心から笑顔を見せるようになっていった。

 その後も修学旅行は特に大きな事件は起きないまま最終日を迎え、微たちは約束通りカンナに十彩町を案内してもらいながら観光を満喫した。有名な妖怪の伝承が残る場所などを一通り回ったところであらかじめ連絡をとっていたカンナの母が迎えに訪れ、滝のような涙を流す微を宥めつつも一行は彼女と別れた。


 全ての日程が終わりを告げ、鳩乃杜高校の修学旅行生たちは駅で帰りの電車を待つのみとなった。


「あっという間でしたね」

「うん。でも楽しかった。成ちゃんも一緒だったし」

「先輩がそう言ってくれるなら嬉しいです。勝手にいなくなってすいませんでした」

「気にしないで。もうごめんなさいしてもらったんだもん」

「そうですか。ありがとうございます」


 改札の上にかかる時計を見ながら成がぼそりと訊ねる。


「そういえば先生は?」

「縦軸君のお家にお土産買うんだって。売店にいると思うよ」

「まだ買うんですか。1番はしゃいでますねあの人」


 微の奥で見守っていた賢い方の目にも誤魔化しや嘘の類は映らない純粋な笑顔だった。

 平方(ひらかた)(なる)が行方不明になる直前に目撃された姿だった。

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