12・ちょっと怪しい人が来た
馬車と言えば物語では車体に車軸が直に付いているからバネを入れて乗り心地をよくしようという話になる。
しかし、この世界の馬車は既に吊り下げ式という方法が取られた馬車が存在している。
さて、板バネ試作車を作った訳だが、実際に試走してみたところ、吊り下げ式より突き上げが大きくなっていた。
元が吊り下げ式を採用しているだけに揺れを抑え込めてはいないが突き上げは無かったので乗り心地が向上した気がまるでしない。
「なんだか乗り心地が悪くなった気がしますな」
フルチャも同じ結論らしく腕組みしてしまっている。いくらシートにスプリングを噛ましてみても、それでどうなるモノでもなかった様だ。
「うまく行くと思ったんだが」
それは僕も同じだ。確信すらあったが実際にはこうなってしまった。やはり従来通りに吊り下げ式にすべきなんだろうか?
そして、僕たちは馬車を降りて検討することになった。
「板数が多いのか?いや、重量から言って少なくは出来ない。かと言ってより硬いバネ板にしたって駄目だ。より柔らかいバネで数を増やすのもアリかもしれないが、それでも結局同じ結果しか生まないのは分かってるからな」
フルチャが板バネを見ながらそんな事を言っている。
実家や商人に渡した馬車との差異はそこしかない。形は僕の馬車も同様で、乗り心地を比較すれば、コレより従来の馬車がマシに思える程度のレベルだ。
まあ、ゴムがあればタイヤなりゴム輪なりでより緩衝が可能になるんだろうが、ここには存在していない。
いや、ゴムである必要は必ずしもないか。どうせ消耗品なのだから鉄輪に柔らかい木を貼る事で緩和できるかもしれない。
あとは、キャビンサスペンション。まあ、吊り下げ式と大差ない発想だが。
「フルチャ、車輪に木を貼ってはどうだ?多少は緩和できるだろう。後、吊り下げ紐の代わりに、台車と荷台を分離して間にスプリングを噛まそう」
そうして試作2号車を作って試乗を行ってみた。
「こりゃあ良い。車輪の耐久性のために魔鋼を使ってやしたが、木を貼ったらここまで静かになるのか。車体と荷台を分けるのも正解ですな!」
フルチャも大変喜んでいた。最終的な装飾は領都の名が通った職人たちに任せることになってしまったので、僕らに出来ることはここまでだ。
それからしばらくして、馬車を献上したと手紙が届いた。喜んでくれたようで何よりだ。
そして、その話を聞いた例の馬車を売った商人が車輪に貼る緩衝材を求めてやってきた。
が、緩衝材だけでは意味が無い。車輪を加工しないと取り付けが出来ないからだ。
「しかし、そうなりますと馬車を一度こちらへ?」
そう言って来たので、張り付け済みの僕の馬車用の車輪を渡して、元の車輪を返却してもらう事になった。
そうすることで、車輪代から車輪の下取り代を差し引いた金額で済むので彼も損は無いだろうと話が付いた。
で、商人が車輪を持ってくるまで僕の馬車は使えないんだよね?
商人とフルチャにとっては利益の出る話なんだが、僕が割を食う事になった。まあ、馬車を使う様な遠出はほとんど無いから良いんだけどね。
そうこうしていると、領都から使者が来たという。
「イシュトヴァン様、お久しゅうございます」
やってきたのは年季の入った鎧を着た騎士が1人、お付きと思われる騎士が3人だった。
「トルディ、久しいな」
久しぶりに領都に居た時分の知り合いにあったが、しかし、騎士を使者に出すような話ってなんだろう?
「辺境伯様より、イシュトヴァン様への書状にございます」
そう言ってそれを自ら拡げて読み上げるトルディ。
「・・・よって、イシュトヴァンをマーレタティの領主とする」
どうやら例の馬車の感状が王家から届いたらしく、その成果をもって僕がこの街の正式な領主になるそうだ。
「つきましては、我らが領主付きの騎士として奉職いたします」
そう言って騎士の礼をとる。
そうか、代官ではなく領主になるのか。たかが街一つの領主だが、安定した地位を得る事が出来たのだから良しとしよう。
ただ、それに伴う別の話も持ってきている様だ。
「それでなのですが、辺境伯様よりの伝言として、『領主になるのだから嫁を持て。昔からマチカと仲が良かっただろう』と言付かっております」
まあ、そうだな。辺鄙な田舎町の領主と言っても、辺境伯家の人間だ。ここで下手に騎士筋の女性となんて話が起きては問題が大きい。どうあっても僕は伯家を継ぐ目を持てないようにしたいらしい。
「そうか、父上が。僕としては願ってもない事だ。もし今後、マチカを妾として肩身の狭い思いをさせるくらいならば、家の跡目など考えずに正夫人として迎えたいと思っていた」
それを聞いたトルディは少し悲しい目をした。
「坊ちゃまは少し変わっていらしたが、私から見るとそれはそれで微笑ましゅうございました。なにより魔力量が並外れて多い。魔銀をあのヴァイス工房出の鍛冶屋が作ったと聞いた時、坊ちゃまが造ったのではないかと思いましたからな。おや?事実だったでしょうか」
このオッサン、今、僕が一瞬驚いたのを見て勘づきやがった。
「まさか、僕はそこまでの技術は無いよ」
そう笑い返すがトルディの目は笑っていない。
「フェレンツも惜しい事をした。武のみが誇る物ではあるまいに」
ヘルタイ・トルディ。辺境伯家の騎士団長を務めた父の親友。ただ、武のフニャディには似合わない柔軟な考えの持ち主であったため、周りとの軋轢が大きくならぬよう、父に解任されたという経緯がある人物。ちょっと怪しいかもしれない。




