帰還
「減速開始まであと10秒」
9、8、7とモニター上のカウントダウンが進んでいく。
キティは艦橋のソファの上で腕を組み、その数字が変わるのを見つめていた。
計画通り動いている時にいちいち号令をかける必要は無い。
「2、1、化学ブースター点火、最大減速」
ぎし、と艦体が軋んだ。要塞製の最高級の重力制御装置によっても消しきれない強大な加速力によって、<黒銀の栄光>号は常識外の急減速を行った。
速度が落ち、地表への落下軌道が変化する。より内側へ、本来の目的地へ。
コンピューターがリアルタイムで軌道を計算して姿勢制御スラスターを噴かして微調整を加え、狙い通りの軌道を得たその瞬間にブースターの噴射を止めた。
「減速完了、よーそろー」
「帝国艦隊は居眠り中で動きなし」
「地表の<ロスチェア>が防御シールド起動、砲門開きやす!」
ちょうどそのとき、ベルクフッドは艦橋にいた。
地表に落下する間抜けな貨物船があることは知らせを受けていた。特別怪しんだわけでは無かったが、万が一を考えて、彼は艦橋に顔を出していた。
推進剤を失って乗員も脱出し、あとはただ地表に墜ちるだけだったはずの貨物船が急減速を開始したとき、彼は正解を直感した。
「戦闘態勢、すぐに反応炉出力を上げろ!」
命令を出しつつ、ベルクフッドは艦の制御系に接続した。防御シールド発生装置を起動させ、火気管制装置も起動させる。
他の乗組員はまだ事態に気づいていない。
「急げ!」
怒鳴り声に尻を叩かれて乗組員達が動き始めた。
(あれが<黒銀の栄光>号なら、全部台無しだ)
もはやリスクがどうのと言ってもいられない。
(詐称する不審船から<レイ=ティーマ>を守るために撃ったで言い逃れればいい!)
撃つ。
ベルクフッドはそう決めていた。
だが、それをみすみすやらせるキティではない。
「撃て」
命令は短く。
以心伝心内容を察した砲撃手がすかさず対地攻撃用のミサイルを発射した。
ビームでは無く、爆薬が詰まった実体弾である。
ミサイルは<ロスチュア>の周辺に着弾して大爆発を起こし、土砂を巻き上げた。
「通信を」
「へい、どうぞ」
「こちら海賊船<黒銀の栄光>。帝国軍に告げる。我々は我が軍の司令官を迎えに来た。邪魔をするなら沈めるわ。以上」
それだけの内容である。
全方位に発信されたその通信を聞いて、ベルクフッドは奥歯をかみしめた。
ミサイルに気を取られ、巻き上げた土砂で狙いを付けることもできず、その間に通信を流されてしまったのだ。
不審船を撃ったという言い訳はもう通じない。軌道上の帝国艦隊も、管制局の連中も、この内容を聞いたはずだ。
いまから撃ってしまえばうやむやにはできないし、反撃で確実に沈められる。地表に鎮座している艦など演習の目標以下だ。
「くそっ」
拳で机を叩き、ベルクフッドは艦との接続を解除した。
ほどなく<黒銀の栄光>号は<レイ=ティーマ>のすぐ隣に着陸をした。
<ロスチュア>から<レイ=ティーマ>への射線を塞ぐような位置である。
それだけ近い位置になれば、個人用の通信装置でも十分に繋がる。
『迎えに来たわよ、セツト。生きてる?』
『生きてるよ、僕も、殿下もね』
『よかった。長居しても良いことなさそうだから、さっさと用意しちゃってね』
『私も忘れないで欲しいです!』
サツキが割り込んできた。
『もちろん。元気にしてた?』
『片足が吹っ飛んでますが、私は元気です』
『そ、そう……』
その辺りで通信を終えて、セツトとメイリアは荷物をまとめて宇宙服を着て、<レイ=ティーマ>の艦外に出た。
サツキがスラスターを上手く噴射しながらゆっくりと降りてくる。
セツトはサツキに手を伸ばして着地を助けると、肩を貸して<黒銀の栄光>号へと向かった。
艦内ではキティが出迎えてくれた。
「改めて、無事で何よりだわ」
「おかげさまで」
軽くハグをして再会を喜んだ。
「サツキも、だいぶ女前があがったわね」
「片足くらい安いものです」
「デンカも怪我はない?」
「はい。セツト様とサツキ様が守ってくださいましたので」
「よかったわ。キューク、発進」
『へぃ』
スピーカーから返事が返ってきて、<黒銀の栄光>号が低くうなった。
ほどなくして<黒銀の栄光>号は地表を離れた。
追ってくる船はいなかった。
<黒銀の栄光>号で要塞に戻ってから、まずセツトは2人の男と会わなければならなかった。留守の間要塞を預かって貰っていたシュヴェインと、ヴェツィアである。
「というわけで、メイリア殿下はしばらく要塞で預かることになった」
セツトが顛末を一通り話すと、ヴェツィアは眉を寄せて渋い顔をした。
「つまり、人質としての価値のない爆弾を預かってしまったわけですな」
ヴェツィアの表現は率直である。
「こちらが変な動きを見せなければ手出しができない、というくらいの価値はあるのでは?」
シュヴェインの言葉はまっとうなことではあったが、それ以上のものではない。
「その気になればでっちあげるさ。お前さんにも経験があるだろう」
「そうでしたね……」
「まぁそうなればこちらも女帝を立てて新生帝国とかなんとか言ってみる手もある。帝国の半分といかないまでも、いくらかはこちらにつくでしょう」
ヴェツィアはさらっと恐ろしい提案をしてきた。
驚いた顔をしたのはシュヴェインだけである。
「いや、まさか、そんな」
「シュヴェインどの、そこで狼狽しては図星かと疑う輩が出る。お気を付けください。まぁ実際、もはやドラグーンを増やせない帝国と、いくらでも作れる要塞と、どちらに付いた方が良いか悩む者は多いはず。戦いでドラグーンを失った貴族には特に魅力的だ」
ヴェツィアは冗談にしては真面目な顔をしている。
「野望をくすぐられる提案ですね」
セツトは笑ってそれを冗談にした。
「しかしその先には結局連邦と王国にすりつぶされる未来しか期待できそうにありません。僕らと帝国が組んでようやく宇宙の半分と戦えるんですから」
「そうですね。それで、この先どうしましょうか?」
「ひとまず、帝国にドラグーンをいくつか差し出そうと思います」
「ふむ。シュヴェインどの、この考えをどう思う?」
「え、はい……いくつかというのは、さほど多い数では無いということですね?」
セツトは頷く。
「はい。数はまだ詰めてませんが、100を超えることはないでしょう」
「そうすると戦力の増強としてはさほどでもないでしょうが、帝国との関係が良好だと見せることができるでしょう。さきほど要塞と帝国が組んでようやく戦えるという言葉がありましたが、逆に言えばこっちが組んでいれば、あちらも連邦と王国一緒で無ければ戦えない。しかし連邦は先の戦いの損失が大きく、すぐに行動を起こすことはできない。したがって、王国も動くことができない。そういったところでしょうか」
「そう。ではその意味は?」
「しばらく戦いが起きない。訓練の時間がたっぷり取れますね」
ヴェツィアがため息をついた。
「真面目なのもいいし、軍人として優秀なのもいいことだが、もう少し腹芸ができた方がいいな」
ヴェツィアの言葉は諭すようで、どうやらヴェツィアがシュヴェインを指導するような関係ができあがっているらしかった。
「私は優秀な軍人で満足しています」
シュヴェインは口をへの字に結んだ。
「そうか。ま、私も、今はひとまずの先までは考えないことにしておこう。当面こっちから攻めることはなさそうだし、艦隊運動の訓練でもするか」
「こっちから動かなくても、どうせどこかがちょっかいかけてきますよ」
セツトは請け合った。
連邦も王国も、そして別口も、このままで済ませることは決してないだろうことに疑いの余地はないのだ。
これにて一段落!
投稿間隔が開いたりいろいろありましたが、お付き合いいただきましてありがとうございました。
イイネやブックマークや評価、ありがとうございます。やる気出るのでどしどしください(笑)
今後は1章まとめて書き切ってからどどんと投稿していくようにして、途中で止まることのないようさせていただきます。
次は、大戦争やりまーす。ハゲワシよはばたけ。




