艦隊司令
<レイ=ティーマ>に向かった兵士達を、宇宙服を着た人物が一人、待ち構えていた。
<レイ=ティーマ>に乗っていた者が艦から出てきて救助を待っていたのだろう。乗船者3人の内の誰か。兵士達はそう考えて、その人物の前に集まった。
大気のない環境での強烈な光を防ぐため、ヘルメットのバイザーの色は濃く、宇宙服を着ているものの顔は見えなかった。宇宙服を着た状態では男女の区別も付かない。
『フリゲート<ロスチェア>の乗員ですか?』
その宇宙服から帝国軍共通周波数で投げかけられた言葉が、兵士達のヘルメット内に響いた。
女の声。聞き間違えるはずもなく、それはメイリアの声だ。
「はい、殿下」
先頭に立っていた兵士、指揮艦の男が敬礼と共に返答した。後ろの兵士達がそれに倣う。
『ヴァイエル伯爵家の兵ですね?』
「その通りです、殿下。おそれながら、セツト様は?」
指揮官の問いかけに、メイリアのヘルメットが左右に振られた。
「そうですか……。ご遺体は?」
『中に』
「ご遺体をお連れしたいので、ご案内いただけますか?」
『残念ながら、許可できません』
「なぜでしょうか?」
『あなた方が本当に伯爵家の兵か、確認できません』
「なにを仰っているのです。我々は<ロスチェア>から出てきてこうして殿下の救出に参上したというのに」
『救出しに来たのなら、なぜ装甲服で、武装しているのですか?』
「不時着した艦はどのような損傷が発生しているか分かりません。装甲服なのはそのためです。武器は、扉が開かない場合や、不慮の障害が発生した場合に備えてのものです。我々をお疑いなのですか」
『はい。顔も見えない方を信用することなどできません』
「……わかりました」
指揮官はそう言うと、ヘルメットに手を当てて操作し、バイザーの遮光機能を一時的にオフにした。
バイザーが透明になり、指揮官の顔が外から見えた。
『姓名は?』
「パトリック=フレーゲリーと申します。セツト様からは良くパトリフと呼ばれておりました」
『そうですか』
メイリアの声は納得したかどうかわからないフラットなものだった。
『嘘はよくないと思うな』
次に響いた声は、男の声だった。
『僕はパトリック=フレーゲリーなんて知らないし、当然パトリフだなんて呼んだことのある相手もいないよ』
「なっ」
パトリフの目の前に立つ宇宙服が、バイザーの遮光機能を弱めた。
その向こう側にあるのは、まだ少年と言ってもいい男の顔。
セツトだった。
『嘘は、よくない。ばれたとき、悪巧みしていることもばれてしまうからね』
「謀ったのか!」
『人聞きが悪いなぁ。最初に仕掛けてきたのはそっちからじゃあないか』
「殿下はどこだ!?」
『言うわけがないでしょ?』
セツトの宇宙服のバックパックが下に向かって炎を噴射し、その体を空中に押し上げた。
パトリフはとっさに手にしたアサルトライフルを構え、撃った。
3発の光弾がひとかたまりになってセツトに向かって飛んでいく。
光弾は宇宙服に当たる直前、何かに阻まれて散った。
個人用の防御シールド。セツトも当然の備えとして準備して装備していた。
「追え!」
パトリフがとっさに部下に命じた。
4人の兵士がバックパックから炎を噴射し、セツトを追って空中にあがった。
『君たち、不用意すぎるよ』
セツトの声が響いた。
『撃て』
セツトの命令が下った瞬間、サツキが引き金を引いた。
光弾が飛び、兵士のヘルメットを正確に射貫いた。
たて続けに4連発。
一射必殺の狙撃がたちまち4人の兵士の命を奪った。
メイリアは、<レイ=ティーマ>の艦首の装甲の上からサツキが兵士を狙撃するのを、そのすぐ隣で見ていた。
メイリアの役目は、『救出』にやってきた兵士達とセツトの宇宙服を中継して話すことだった。
本当に敵か。
それを確認してから対応する必要があった。小さな可能性かもしれないが、<レイ=ティーマ>が動けないからには、味方だとすれば移乗できた方が良かったからだ。
やはり、敵。
メイリアが思っていたよりもずっと獅子身中の虫は大きい。
『さすがに、後続は跳び上がってこないかぁ』
サツキが一人呟いている。
「サツキ様」
『なんでしょう、メイリア様』
「殲滅するのですか?」
『しますよ。もっとも、一人やっかいなのが来ているみたいですけどね』
「厄介なの?」
『はい。ちょっと行ってくるので、メイリア様はここで待っててくださいね』
サツキは狙撃に使ったブラスターライフルを置き立ち上がった。
サツキは宇宙服を着ていない。必要が無く、着ればかえって戦闘能力が落ちるからという話だった。
真空空間に生身の体で立っているという違和感。
アンドロイドだからと理屈では分かっていても、その異常さが拭い去られることはない。
人間ではない、生命体ですらない異物。
メイリアは初めてサツキを恐ろしいと思った。
サツキは慄然としているメイリアに目もくれずに跳び上がった。
空中で姿勢を整えると、その体の各所が割れて推進機関が内側から飛び出してきた。
どう、と一斉に点火され炎を噴く。一瞬の噴射で莫大な加速を得て、サツキは空を駆けた。
パトリフたちは、遠ざかっていくセツトに気を取られていて、遠くでサツキが跳び上がったことに気がつかなかった。
うかつといえばうかつだ。
4人の死亡は明らかに狙撃によるもの。にもかかわらず、狙撃手に対する警戒をせず、漫然と逃げていくセツトを見送るなど、緊張感が足らないと評されても仕方がない。
セツトは空中で彼らの様子を見ていた。
彼らの動きは、本業の兵士とは思えない緩慢さだった。
<レイ=ティーマ>までやってくるときもそうだが、彼らの動きには積み重ねられた訓練も、統一された指揮も感じない。
そんな兵士は伯爵家にはいなかったし、知る限りの兵士たちにもいなかった。
(帝国軍の兵士じゃないな)
セツトはほぼ確信した。
そんな男たちが<ロスチェア>に乗ってくるということは、ベルクフッドがよほどの馬鹿でない限り、承知の上のことだろう。
セツトは一瞬目を閉じた。
湧き上がる複雑な思いをその一瞬で体に行き渡らせると、心の奥に沈め込んだ。
『セツト様、無事ですか?』
サツキの声が聞こえる。
「うん。こっちは大丈夫。狙撃を警戒してるのか、戸惑ってるだけなのか、誰も追ってこないようだし」
『はい。じゃあ、作戦通りでいいですよね?』
「あぁ」
セツトはヘルメットの中でうなずいた。
伯爵家の元々の兵士たちでなくて良かった。そんなことを思いながら。
「殲滅だ」
『了解。全力で参ります!』
流星が落ちた。
パトリフたちはそう思ったが、その正体はサツキである。
その正体を見た兵士たちの頭がバグった。
今自分たちは大気のない真空の場所にいるはずだ。だから自分たちは宇宙服を着ているのに。
なぜこの少女は宇宙服を着ていないのだろう。実は呼吸可能な大気があるのかだろうか。
あり得ない事態に脳が整合的な理由を探す。
サツキはその隙を許さない。
最も近くにいた兵士に飛びかかった。
兵士たちにはサツキの姿が消えたようにしか見えなかった。
サツキが両手に光り輝くエネルギーで出来た刃を握り、振るうと、刃がその兵士の首をとらえ、致命傷を加えた。
1人、2人、刃が煌めいてたちまちに命を奪う。
反応の早かった一人の兵士がアサルトライフルをサツキに向け、引き金を引いた。
ほぼ同時に、サツキも兵士に突きつけた人差し指の指先から光弾を放つ。
タイミングは同時。
互いに照準もいい。
しかし、兵士が放ったエネルギー弾は防御シールドに阻まれ、サツキの放った弾は兵士のヘルメットを貫いた。
残り3人。
サツキは両手を2人の兵士に向け、光弾を放った。
避ける間もない。
残り1人。
サツキは最後の1人に噴射炎をたなびかせて飛びかかり、右手の刃を振るった。
必殺の一閃になるはずのそれは、同質のエネルギーブレードに遮られた。サツキは反対左手の刃で追撃し、兵士のヘルメットのバイザーを切り裂き、飛び散らせた。
兵士が反撃でブレードを振るう。
サツキはその攻撃を避けざま飛びすさり、距離を取った。
兵士は鷹揚にブレードを構えていた。
バイザーが割れ散り、その顔は真空にさらされているはずなのに、落ち着き払っている。
サツキはその兵士の顔を知っていた。
『ヴァイエル伯爵家執事、ヴォールフだっけ?』
サツキは地球連邦軍の通信方式で問いかけた。
真空中で生きられる人間はいない。そして、帝国は人間サイズのアンドロイドを作る技術にまでは到達していないし、サイボーグ技術にしても同様。
『そうですとも、要塞管理補佐AI殿』
『本当の身分を教えて欲しいな。連邦軍の人?』
『ご明察。私、地球連邦宇宙軍アーク5号作戦艦隊司令官代理の権限を持っている者です』
その言葉と共に、ヴォールフからサツキに暗号化されたコードが送信された。




