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それぞれのお仕事

 

 輸送補給艦<ジェロニア>は、小さな衛星軌道施設や艦隊に直接物資を届けるための小型の輸送艦だった。

 艦長はジョルドという男である。カプリ星系に滞在する帝国軍の艦長たちの間では“ラッキー”ジョルドと呼ばれている。

 彼自身が幸運なわけではない。カードゲームが弱いくせに賭けが大好きで、彼と戦えば大抵もうけが出る、ということから対戦相手にとって“ラッキー”な相手であることに由来する。


「俺はカードに負けることで善行を重ねてるんだ。俺は負けまくったから艦長にまでなれたラッキーな男だからな」


 と本人はそのあだ名をむしろ喜んでいる。

 彼の今回の任務は、カプリ星系に補給のために立ち寄った皇女殿下の一行に反物質と推進剤を補給することにあった。

 <ジェロニア>は艦隊から要請された分量の反物質と推進剤をその腹に積み込むと、カプリ星系第4惑星衛星上(Ⅳ-Ⅰ)にある帝国軍基地を離陸、加速して周回軌道を回っている艦隊に合流した。


「おぉ、あれが噂の<レイ=ティーマ>か」


 “ラッキー”ジョルドは、エゼル男爵への補給作業を監督しながら、艦橋のモニターにその艦を写して鑑賞していた。


「艦長、ちゃんと仕事してくださいよ」

「信じて待つことも仕事だぞ。逆転のカードが来ることを信じて待つのもな」

「艦長がその逆転のカードを引くことなんてありましたっけ」

「100回に1回くらいはあるさ」

「それなら残りの99回はどうなるんですか」

「その1回の喜びを大きくするのための布石だ」


 部下はため息をついた。だからジョルドはカードが弱いのだ、と言いたげだった。


「それで補給の状況は?」

「一隻目を始めたばかりですよ。反物質補給用のホースがようやくつながったところです」

「そうか。なら待とう」


 ジョルドが再び画面の<レイ=ティーマ>鑑賞作業に戻ろうとしたとき、艦が大きく揺れた。

 ジョルドは座席にしがみついて揺れに耐えた。

 艦橋に警報が響いた。


「なにごとだ!?」

「補給していたドラグーン<ヴェスペリアス>が爆散! 本艦の被害も甚大……いえ、致命傷です。反物質格納コンテナに損傷が……」


 部下の声が艦橋に絶望的に響いた。

 逆転のカードは来なかった。





「<ヴェスペリアス>爆散!」


 同じ頃、エゼル男爵もドラグーンの操縦室で同じ内容の報告を聞いていた。


「何があった!?」


 補給が始まってその進展を見守っているだけのつもりだったエゼル男爵の思考は混乱に覆われていた。

 それは操縦室に詰めている部下たちも同様だった。


「わかりません! 攻撃はありませんでした!」

「なら事故か! 輸送艦のダメージは!?」

「不明! 応答ありません!」


 混乱の中でも、エゼル男爵は自分の任務を忘れてはいなかった。

 <レイ=ティーマ>を守る。

 万が一輸送艦<ジェロニア>が持っている反物質が爆発すれば、補給を受けるために集まっているこの艦隊など、一瞬で壊滅する危険がある。

 輸送艦が持っている反物質は、艦隊全ての保有量より多いのだ。


「接続」


 男爵は自らドラグーンにつながり、操艦を掌握した。


「閣下!?」

「本艦を盾にする。殿下と補給艦の間に入るのだ!」


 艦の向きを変えつつ、艦内のエネルギー配分を変更、防御シールドに注げるだけのエネルギーを注いだ。


「<ジェロニア>の応答は?」

「だめです」

「ええい、間に合えよ!」


 通信に応答がないと言うことは、それだけ危機的な状況である可能性がある。


 幸い、エゼル男爵は<レイ=ティーマ>を守るのにちょうどいい位置にいた。

 もう半分ほどは艦の陰に隠せているだろう。<レイ=ティーマ>も異常事態に気付いて回頭を始めていた。<ジェロニア>に対して正面を向くことで、投影面積を最小にしようという動きだ。


 もう少し。せめてあと30秒。

 エゼル男爵が願った瞬間、<ジェロニア>は閃光と化した。

 <ジェロニア>が積んでいた反物質の全てが正の物質と出会っていた。反物質は、正の物質と出会った瞬間、自らとその相手の質量の全てをエネルギーに転化する。『質量はエネルギーに変換できる』という理論に従いその最大効率を実現するその反応を止めるすべはない。


 巨大な火球は<ジェロニア>自身はもちろん、近くにいた別のドラグーンを飲み込み、強力なエネルギーを周囲にまき散らした。

 エゼル男爵のドラグーンは、そのエネルギーの激流に耐えた。

 防御シールドは消失し、艦の外装甲もほとんど融解し、姿勢制御の推進機関が小爆発を起こすなどしたものの、艦自体は耐えていた。


 そこに第2波、爆発によって生じたガスによる衝撃波が襲いかかった。

 壁といっていいほどの密度と速度をもった衝撃波だ。

 男爵のドラグーンは壁に弾かれて制御を失った。縦に回転しながら背後に隠そうとしていた<レイ=ティーマ>へと迫っていく。

 <レイ=ティーマ>は、陰に入っていたおかげで防御シールドを保持していたが、艦そのものがぶつかってくる大質量を防ぐようには作られていない。

 男爵のドラグーンが<レイ=ティーマ>の艦尾を叩くように激突し、艦体同士がひしゃげた。


 爆発と激突の2つの衝撃が<レイ=ティーマ>の艦内を揺らす。


「くぅっ」


 セツトはシートベルトによってシートに固定された状態で揺れに耐えるしかなかった。


「艦尾に重大な損傷、メインとサブの推進機関が機能失いました!」


 そんな揺れの中でも、サツキは混乱することなく状況を報告してくる。


「反物質保管系と反応炉には異常なし、姿勢制御系で不規則運動からの回復を図ります」

「まか、せる!」


 衝撃波に煽られて右に左に揺れながらセツトは叫んだ。


「はいっ」


 すぐにサツキが<レイ=ティーマ>を操り、艦の姿勢を整えた。わずか数回の姿勢制御の噴射で<レイ=ティーマ>は艦の回転を収めた。


「ふぅ、状況は?」


 セツトは一息ついたが、のんびりしてもいられない。

 補給艦<ジェロニア>が抱え込んでいた膨大な反物質が全て対消滅したのだ。へたな攻撃兵器よりも大きなエネルギーが解放されたはずで、どれほどの損害を生じさせるか、想像も付かない。


「まず護衛のほうは、ドラグーン4隻の内1隻が爆散、残り3隻すべて大破相当です。フリゲートは、まだ少し距離があったのと図体のおかげか、爆散なし、2隻が中破、3隻が小破です。奇跡的に無事なのは一隻だけ」


 壊滅的といっていい損害だ。


「<レイ=ティーマ>は?」


 セツトは聞いた。


「メインとサブの推進機関は使えません。現在本艦はカプリⅣ-Ⅰの衛星地表への落下軌道をとってます」

「落下?」

「そうです。幸い、衝突ではなく不時着の軌道にできそうなので、姿勢制御系だけでがんばってるとこです」

「落下までの時間は?」

「5分」

「脱出は?」

「結局地表に落ちるので、脱出した方が危ないです。不時着での反物質系損傷のリスクより、激突でぺしゃんこになるリスクの方が高いですよ」

「……サツキ」

「はい、セツト様?」

「君を信じる。なんとか無事に着陸させてくれ」

「もちろん! セツト様は、セツト様の仕事していてくださいね」

「僕の仕事って?」


 操艦ではセツトの出番はないはずだ。


「メイリア様に、事態を説明するお仕事があるじゃないですか」

「おーけー。がんばる」


 セツトが応えた瞬間、メイリアからの呼び出しのコールが鳴り始めていた。


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