兄妹
帝国の法。
それは当然、皇帝が崩御した場合は皇太子が即位すべき事を定めている。
もちろんあらゆる法には例外がある。
暴力や陰謀、時には世論といったものが例外を生みだす源泉になる。皇太子が皇帝暗殺に手を貸した疑いがある、という事実は、例外を生みだすに足りる事実であるはずだ。
メイリアの言葉は、今回をその例外としないという意思を示すものだ。それは、皇太子と表だって対立する意思はないことも示している。
メイリアの言葉に対し、皇太子は沈痛な面持ちをうかべた。
間違いなく即位を狙っているはずなのに一瞬も揺らがない。さすがである。
「まだ父を暗殺した首謀者も分かっていないというのに、とてもそんな気にはなれんよ」
「いいえ、兄様。このようなときだからこそ、速やかに国をまとめることが必要なのです。時間をおけば、よからぬ動きを示す者も出てくるでしょう」
「よからぬ動き、か。誰がそのようなことをするというのだ」
「帝国の敵が」
「連邦と、王国か。だが遠く離れた彼らに何ができる」
「兄様、敵はその2国のみではありません」
皇太子はメイリアに視線で先を促した。
メイリアが皇太子にどのような理由を勧めるか。それでメイリアの思考の一端を掴もうというのだ。
「国外の敵に思うまま暗殺を成功させられるほど、帝国の防諜は荒くないはずです。かならず獅子身中の虫がおります。それも、中枢の近くに」
「そうだな。その通りだ。だが、それと俺が速やかに即位することと、どう関連するというのだ」
「敵と戦うためには、強いリーダーが必要です。兄様が即位されてこそ帝国はまとまります。私では、ルフラン大公が納得なさらないでしょう?」
「大公とはいえ、貴族一人の意向に左右される帝国ではない。それに、俺でも宰相の方が不満を抱くことは変わらんだろう」
「不満を抱いても、代わりがいなければ何もできません」
「……何?」
皇太子はメイリアの言葉の意味を掴みそこねた。
「兄様、私はこのまま帝国を離れようと思います」
「何だと?」
メイリアの奇襲が皇太子の防壁を突破したように見えた。
「私をセツト=ヴァイエル閣下の要塞への駐在大使として任命してください」
「メイリア、何を考えている?」
いぶかしむ皇太子。
「実は……」
メイリアはもったいぶって頬を赤らめながら言葉を繋げた。
「私の心はもうセツト様のものなのです」
「は?」「え?」
皇太子とセツトの声が重なった。
「おいセツト=ヴァイエル! そこにいるんだろう!? どういうことだっ!?」
画面の向こう側で皇太子が吠えている。
「セツト様、カメラ変えます?」
サツキが小声で打診してきた。余計なお世話だ。
「しなくていい。殿下、突然何を仰っているのです!」
メイリアはというともじもじしていた。
「そこにいるのなら説明しろ! 貴様俺の妹に何をしたっ!?」
「そのっ」
セツトは危うく言葉を飲み込んだ。『その妹を暗殺の犯人にしようとしたのは誰だ』と返してしまうところだった。
そんなことをすればだいなしだ。
「そのようなことは我が名にかけてしておりません!」
セツトはギリギリでごまかした。
しかし。
「しました、されました!」
メイリアが会話を混沌のどん底に追い落とした。
「離宮から手に手を取って逃げ出すとき、私の心は盗まれてしまったのです!!」
きゃ、と両手で頬を押さえるメイリア。
さきほどまでの狸ぶりはいったいどこに行ったのか。
皇帝にも似たようなことをされた記憶があるが、まさかこれは帝室の伝統芸なのだろうか。
「セツト=ヴァイエル。貴様……」
画面の向こうで皇太子が睨んでいる。あちらの画面にセツトの姿は映っていないはずだが、確かに視線を感じた。
「責任は取ってもらうぞ!?」
「皇太子殿下。私は身の程はわきまえているつもりです。不埒なことは決してありません」
「いいだろう、なら貴様を試してやる。メイリア、次期皇帝としてお前をそいつの要塞の駐在大使に任命する。任務は帝国に利益をもたらすことだ」
皇太子は急に元の調子に戻った。
「かしこまりました、兄様」
メイリアもいつの間にか平静になっている。
どちらもどこまでが演技だったか分かったものではない。
だがこれでメイリアは交渉の目的を達した。皇太子の側もメイリアとの決定的な対立を回避しつつ自らの帝位を脅かすものを追い出す成果を上げたと言っていい。
皇太子が口に出したようにメイリアを大事に思っているなどということはありえない。もしそうならそもそも暗殺犯にしたてようなどしないだろう。
つまるところ、メイリアの提案は皇太子の利益に沿うものだったということだろう。これで皇太子は不満を持つ者がメイリアを帝位に担ぎ出すのを一定程度防ぐことができる。
「早急にエスコート付きで帝都を離れられるよう手配する。いいな?」
「はい、兄様。うまくまとめてくださいませ」
兄妹は意味深な微笑みを交し、通信を終えた。
「殿下、さきほどのようなことは冗談でも困ります」
「さきほど?」
メイリアはなんのこと、と頬に人差し指を当てて首をかしげた。
楽しそうだ。
「心を盗んだとか盗まれたとか言う奴ですよ」
「迷惑でしたか?」
メイリアはセツトをやや上目遣いをして見てくる。
この目線にコロッとやられてしまう男は多そうだな。そんなことを思いながら、セツトは首を縦に振った。
「はい。心にもないことをいって場を混乱させるのは良いことではないと思います。無事帝都を離れることを認めさせることに成功したとは言え、後々面倒にもなりましょう」
「情というのは理屈を無視する格好のいいわけになるのですよ。それに……」
メイリアは言葉を切って、斜め下に目を向けた。
「私がセツト様を好ましく思っているのは事実ですから、後で困ることもありません」
「……」
セツトは黙った。
<レイ=ティーマ>の操縦室ではしばらく沈黙が続いた。
その沈黙をメイリアが破る。
「それはそうとして、セツト様」
「なんでしょう、殿下」
「<黒銀の栄光>号と速やかに合流する手立てはありませんか?」
「事前にいくつか取り決めてはありますが、速やかにというのは難しいかもしれません」
「そうですか……。兄の用意するエスコート役はあてにならないでしょうから、彼女たちの力を借りたかったのですが……」
「キティの。彼女たちは海賊、いわば無頼漢ですよ」
「しかし彼女たちは味方を偽らないでしょう。分かっていてそういう言い方はずるいですよ」
「ふふ、失礼しました。なぜ、そのようなことを聞くんです?」
「……兄様は、私を消すことを諦めていない。そういう目をしていました」




