狸が二人
「義務を果たすことを期待する、だと。皇帝の腰巾着め!」
そう叫んだのはルフラン大公であった。
セツトとメイリアが乗っていると思われた<うたたね丸>撃沈の報を聞き、自らの企みが上手くいきつつあることを確信した矢先のことだ。
メイリアによる放送、それに続くデアグストの命令。
それによって一気に流れが出来てしまった。
「まったく、我が妹らしい大胆な行動だ」
ルフラン大公の正面には体格のいい大柄な男が腕を組んで座っていた。
メイリアを妹と呼ぶのは当然その兄、帝国の皇太子である男である。
「離宮から逃がしてしまったのは失態だったな、大公。わざわざ手引きしてやったというのに」
皇太子に言われて、ルフラン大公は苦虫をかみつぶた後で怒りを飲み込んだ。
「仰せの通りです。逃がさぬだけの用意はしていたのですが……」
「何かあったか」
「セツト=ヴァイエルに付き従っていた秘書の少女、覚えていますか」
「いや」
男が首を振ったので、ルフラン大公は懐から一枚の写真を取り出した。
写真にはセツトの半歩後ろをついて歩いているサツキが写っていた。
「どうみてもただの若い女だったため、護衛ではなく事務方の秘書か愛妾だろうと評価していたのですが、とんでもない。戦った者の話では、恐ろしいレベルの戦士だったと」
「こんな娘が?」
「白兵戦技の教官よりも強かった、と」
「ばかな。誰でも折れそうな細い腕じゃないか」
「なにか秘密があるのかもしれません。魔法のような」
「魔法と言えば、奴らどうやって<レイ=ティーマ>にたどり着いたのだ?」
「調べさせていますが、どこからどうたどって艦にたどりついたのか、痕跡すら見つけられておりません」
「まるで魔法か。フィクションの見過ぎだな」
「おっしゃるとおりです。しかし魔法などあり得ません。あり得るとすれば、遺跡の技術でしょう」
「そんなことが可能なのか」
「かの文明において、何が可能で何が不可能だったのか、我々は知りません。我々にとって不可能なようなことも可能であったかもしれません」
「もしや、この娘自身も遺跡の産物なのかもしれんな」
「可能性はあります」
「セツト=ヴァイエルめ。やつに何が可能で何が不可能なのか、見極めないと戦いにならんぞ」
「兵法の基本ですな。現時点では魔法使いの類いとしか思えませんが、引き続き調べて明らかにしていきましょう。当面の問題はこれからのことです」
「そうだ、これからだ。妹が帝国を二つに割ることまで考えているかどうかだが」
「王国の王太子は独身でしたな」
大公の言葉は、メイリアが帝国を二つに割った場合にどう動くかを示唆したものだ。
「……自分の身の安全は買えるか。それならその可能性も考えておかねば」
「可能性の話に過ぎませんが」
「そうだとも。数多くの可能性の中から敵が選んだ選択肢を特定するには、やはり偵察が必要だな」
「仰せの通りかと。どこに偵察を打ちますか?」
「聞くまでもあるまい?」
皇太子は獰猛に笑った。
そのころ、<レイ=ティーマ>は10隻のドラグーンに護衛され、帝都内に浮かんでいた。
航路からは外れていて、周囲には護衛のドラグーンの他、いくつかの勇気ある報道の船が展開しているのみだった。
護衛に付いているドラグーンの操縦者を調べてみると、大公派、宰相派、どちらにもつかない無派閥の中立派がほどよくまざっている。近くにいた者を集めた、という風でありながら絶妙な人選の妙が隠されていた。
これではどちらの派閥も悪さはできない。
「思わぬ援護射撃が得られましたが、流れとしては想定の範囲内と言って良さそうですね」
「そうですね」
セツトは頷いた。
「セツト様、メイリア様宛てで通信要請が来てます」
「どなたから?」
「帝国皇太子」
サツキの返答は短かった。
メイリアの表情が一瞬で引き締まった。出てくる相手として想定していた中で大本命、大当たりだ。
「承りましょう。戦闘開始です」
「はーい。10秒後に繋ぎますね」
きっかり10秒後、<レイ=ティーマ>の操縦室メインモニターにメイリアの兄、皇太子の姿が映し出された。
しばらく、兄と妹の視線が交錯する。
どちらの表情からも思考と感情が読めない。
目元は穏やかでありながら口元には軽く笑みが浮かんでいる。弛緩と緊張のちょうど中間にあるその表情は、心の内を塞ぎ鎧う言論のための武装だった。
(どっちも狸だ)
セツトは外野でその様子を見て2人を評した。
ドラグーンに乗って砲火を交えるだけが戦いではない。これはまさしくメイリアと皇太子の戦いになるだろうと思われた。
「やぁ、メイリア。父のことは残念極まりないが、君だけでも無事でよかったと思う」
口火を切ったのは皇太子。
「お兄様、申し訳ありません。私が至らないばかりにこのような大事にしてしまいまして」
メイリアはまず下手から攻め込んでいく構えだ。
皇太子はそれに対して緩やかに首を振った。
「このようなことにならなければ、私も事態を知ることはできなかった。もし父上の死に誰も気づかぬまま時間が経てばどのような事態になったか……。私も命を落とすことになったかもしれない」
皇太子は暗殺に無関係、暗殺は帝国の敵による陰謀と持っていく意図だろう。
会話の外側にいて画面にも映らぬセツトには、会話を客観的に見ることができていた。
メイリアは目を伏せ、静かに頷いた。
「そうですね。私は、暗殺犯は私を敢えて逃がしたのではないかと思います。父様の暗殺に成功するほどの者達が、私が逃げる余地を残すとは思えません。これは、私たちの間を裂いて帝国を分裂させようという策略だと考えています」
メイリアも皇太子のその意図を読んで言葉を返している様子だ。
二人は互いに真意と真実を隠しながら牽制を打ち合っていた。
「お兄様、どうか父様の跡を継ぎ即位なさってください。帝国の法としてもそれが当然のことでしょう」
メイリアが最初に大きな一撃を放り込んだ。




