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借り物


「なるほど、事情は分かりました」


 一連の事態の説明を受け、デアグストは腕を組んだままゆっくりとうなずいた。


「困ったものですな……。私に何をお望みですか?」


 デアグストはシンプルにそう尋ねた。この先どうしたものか悩んでいた。デアグストは皇帝との信頼関係が厚く、そのため宰相派に近いと思われている。

 だがデアグストとしてはできれば中庸でありたいと思っているのだった。


「恒星間ワープが可能な船を一隻」

「乗員は?」

「いりません」

「そうですか。帝都を離れるおつもりですね」

「はい。父上が亡くなられた以上、皇位は兄上が継ぐでしょう。このような状況で私が帝都に残っていても、良い結果は生まれないと考えます」

「なるほど。まぁ、それはそうでしょうな。ヴァイエル閣下も同じで?」

「えぇ。暗殺を仕掛けてきたタイミングとその後の動きからして、僕も自分の安全を第一にしなければ」

「分かりました。それでしたら、私の私用のクルーザーが一隻あります。それをお使いください」

「ありがとうございます」

「亡き友との友情に基づいて、閣下を無事に帰す義務が私にはあると考えますのでね」


 デアグストの言葉にセツトは笑った。

 この男を頼って正解だった。そう思っての笑いだった。


「さて、すぐ船に向かいたいでしょうね?」

「もちろんです」

「わかりました。すぐに案内いたしましょう」


 デアグストは立ち上がった。

 だが、何かを言いにくそうにしているメイリアは腰掛けたままだった。


「その、閣下。万が一の備えをしていっても?」


 メイリアの言いたいことを間違えるデアグストではない。

 デアグストはみじかいため息をついた。理解はできても感情まで納得させられるものではなかった。


「もちろんです。先ほども言いましたが、お気の済むままに」

「申し訳ありません。セツト様、お願いできますか」

「はい」


 と、セツトは部屋の隅のメイド達に目をやった。


「サツキ、彼女たちをしばっておいてくれ。優しく、けれどほどけないように」

「はい閣下」


 セツトの命を受けてサツキが動いた。

 寝室から持ってきたシーツを裂いて紐状にし、メイド達の手足と口を封じるのに長い時間はかからなかった。


「では行きましょう」


 デアグストの案内で、セツト達はガレージの車に乗り込んだ。運転手はサツキだ。

 モーターが回り、車がデアグストの家の敷地から出た。

 車は助手席に座るデアグストの案内のもとで暗い道を走り抜けていく。車載のナビマップを見る限り、家から最も近い民間港湾に向かっているようだった。


 港湾区画のゲートをデアグストが開けて敷地に入った。

 車を駐車スペースに止めた。

 4人は車から降り、そろって港の建物の中に入った。中は明るい。

 正面のカウンターで経っていた係員の男が立って待っていた。


「デアグスト様、このような時間に珍しいですね」

「あぁ、友人に一晩船を貸してくれと頼まれてね。私の船は出せますか?」

「もちろんです。いつもの出港ゲートに用意させましょう。お乗りの方はそちらの三人ですか?」

「そうです」

「規則ですので、姓名を登録させていただきます。お名前を」

「メイア=レイヴィル」

「シーア=アズナ」

「サツキ=アズナ」

「ありがとうございます。船は20分ほどで用意できるかと」


 男がカウンターの上にカードキーを出した。


「ありがとう」


 デアグストはそれを受け取り、ロビーのはずれにあるエレベーターへと向かった。

 4人がエレベーターに乗り込むと、行き先は自動でインプットされたらしく、エレベーターが動き始めた。

 まず下へ、次に橫へ。


「出港ゲートまで直通のエレベーターです。燃料等を補給するまですこしお待ちいただくことになりますが」

「大丈夫です。先に船内部の案内をしていただけますか」

「かしこまりました」


 ほどなくエレベーターが止まった。扉が開く。

 エレベーターを出ると、ちょうど正面に船がせり上がってくるところだった。

 白く美しい船だ。


「私の船、<うたたね丸>です」


 エレベーターから降りてすぐのところには待合室のような部屋が合ったが、一行はそこには入らず直接船へと向かっていく。

 港湾の係員が船の搭乗口を開けた。中から階段状のタラップがせり出してきた。

 タラップを登って船内に入った。

 船内の内装も白で統一されていた。


「左手前が食料庫で、10人が10日過ごせるだけの分量を常に積んであります。その奥は物置で道具類や時間つぶしのネタなどが置いてあります。右が寝室で5室。そしてこの先が操縦室です」


 デアグストは食料庫と物置の間にある階段を上っていった。

 操縦室は広い。

 操縦席があり、その背後にソファーとテーブルがしつらえていて、多くの人数が集まってくつろげるようになっていた。


「サツキ、出港準備を」

「はい。すぐに取りかかります」


 サツキが操縦席に座って、操作卓をたたき出した。


「お手伝いしたほうが?」

「大丈夫です。出港マニュアル見つけました」


 デアグストの申し出をサツキは断った。すぐに操縦室のモニターが点灯し、様々な準備が並行して進められていった。

 その手慣れた様子にデアグストは感嘆した。


「有能な秘書をお連れですね」

「えぇ、よく尽くしてくれます」


 出港準備を終えてデアグストを降ろし、<うたたね丸>はレール上を滑って船舶用の巨大なエアロックへと進んでいった。


 埠頭側のゲートが閉じ、船の周囲から空気が吸い出されていく。

 エアロック内の大気が十分希薄になったのが確認されてから、外側の扉が開いた。


 開口部の先に星の輝きが見えた。


 港湾側の操作で船がレールを伝い開口部から外に滑り出していく。


「操縦室、重力制御境界まであと10秒です。8、7」


 サツキのカウントがゼロになると共に、セツトたちの体が浮かび上がった。

 セツトとメイリアはソファーの縁を掴んでその場に留まった。


「船体全ての境界越境を確認。本船の重力制御を始めますね」


 重力が戻った。


「セツト様、出港終わりました」

「よし、では微速前進」

「はーい。微速前進、加速開始!」


 <うたたね丸>のスラスターがかすかに噴射を始めた。






 3時間後、デアグストは部下からの報告の電話をうけた。


「閣下、指示されたポイントで小型艇を発見し、中を確認しました。残念ながら、対象は死んでいました」


 セツト達が離宮からの脱出に使った小型艇である。

 デアグストはセツト達と別れてすぐ、信頼できる部下に小型艇に残されているはずの捕虜の確保に向かわせていた。


「自殺か?」

「他殺です」

「……わかった」


 デアグストは通信を切った。


「くそっ」


 拳が机を叩く。


(殺したのは誰だ。彼が嘘を言ったのか、それとも敵の手が思ったより広く速いのか)


 今夜は寝られそうになかった。

 デアグストにしても、皇帝を悼む時間は与えられない。


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