終末の炎
要塞が割れる。
最初にその様子を目撃した連邦軍の兵士は、最初『勝った』と思った。大口径ビーム砲の直撃を受け内部から崩壊したのだと。
どうやらそうではないことに気づくまで、長い時間は必要なかった。
たしかに要塞は割れている。
しかし、その割れ方は上下左右が対称で、何の爆発も伴わず、割れたパーツは明らかに制御された動きをしていた。
完全な球形に見えた要塞が、細長く、扁平な形状へと移行していく。
球形から扁平な円錐へ。
球形が全方位に対応する形状なら、円錐は対正面に特化した形状である。
球形時の外部装甲板はそのまま外装として使われ、設置されていた砲塔のほとんどが正面を攻撃できるように、大きく翼を広げていった。
物資集積所を背に布陣していたサルコウ大将は、その形状変化の意図をほぼ正確にくみ取っていた。
「艦隊を散開させ、機雷の防御効果を最大化させよ」
命令が下された。
サルコウ配下の参謀がその命令を具体化して下級指揮官に伝達されていった。
連邦軍の主力は要塞の背後を衝いているレイゼ艦隊である。
正面のサルコウ艦隊は、ダミーバルーンで艦隊数を水増しして要塞の目を欺き、背後からの奇襲を成功させる役割でしかない。
その後は機雷で要塞の接近と蹂躙を防止し、集積所が破壊されるより先にレイゼ艦隊が要塞を破壊または無力化することを狙っていた。
サルコウの散開命令は、その基本方針に沿ったものであった。
間違ってはいない。
しかし正解でもない。
連邦軍が散開を始めたことは、要塞の司令室にいるセツトにもすぐに伝わっていた。
艦隊がどう動こうが、セツトにはもはやあまり関係はなかった。
「変形完了しました」
要塞の変形が完了した。正面に攻撃を集中させることができる強襲形態だ。
球形に比べれば、正面への砲打撃力はほぼ倍になる。
だがもう一つ。
もう一つこの形態でのみ使用可能な兵器が存在する。
「ミツキ、終末砲による攻撃準備を」
「了解。終末砲<黄昏払うスルトの炎>による攻撃を準備いたします。照準を連邦軍物資集積所と設定しました」
いつものように、ミツキが準備を進めていく。
それがどんな破壊をもたらすものであろうと、ミツキにとっては淡々と進めるものでしかない。
「照準地点までの距離に基づき炸裂時間を算定しました。縮退炉心の質量調整を行います。反物質反応炉及び核融合反応炉を最大出力へ」
どんな準備をしているのか、具体的なことはセツトには分からない。
縮退炉心にあるというブラックホールがどんなものなのか。
質量調整が何を意味し、なぜ今行うのか。
理解する物理学の知識を、セツトは、いやおそらく現在の人類宇宙の誰もが持っていなかった。
「質量調整完了まであと1分。砲門開きます。砲弾加速機構及び艦体保護機構起動。最終発射準備完了しました」
仕組みは簡単だ。
縮退炉心のブラックホールを砲弾にしてそのまま敵に向けて撃ち出す。
それがもたらす結果だけは、試射の映像を見て分かっていた。
これを撃てば戦いは終わる。
故に終末砲。
要塞の先端が2つに分かれ、要塞の中心部から砲弾を撃ち出す経路が開かれた。
「砲門完全解放確認。質量調整完了。縮退炉開口。攻撃準備、すべて完了しました」
「撃て」
「了解。<黄昏払うスルトの炎>発射します」
引き金が引かれた。
縮退炉の中心にあったブラックホールが加速され、開口された縮退炉から飛び出していく。
砲弾は、砲弾のために開かれた狭間を通るにつれてさらに加速が加えられ、目標地点に向かって飛翔していった。
砲弾は超高温の熱を放ち光り輝いていた。
ブラックホールは、その質量に応じて熱を放つ。
かつてはホーキング放射として知られていた現象である。
放つ熱量は、ブラックホールの質量が小さければ小さいほど大きくなり、ブラックホールは熱を放つほどに質量を減らしていく。
すなわち、質量を減らしたブラックホールはさらに大きな熱を放ってさらに質量を減少させ、最後には莫大な熱とそれが生み出す光を放射して蒸発する。
光さえ脱出できず、一切の光を反射しないブラックホールだが、蒸発する直前には自らの放つ熱によって爆発的に光り輝くのである。
地球連邦の学者たちは、宇宙の終焉には、銀河規模の質量を持った無数のブラックホールがすべてを飲み込んだ後、宇宙を焼き払うかのように蒸発し、あとには何も残らないだろうと予測していた。
これこそ宇宙の終末の最後の炎。
このブラックホール蒸発時の熱放射によって攻撃を行うのが<ヴァーラスキルヴ>要塞の切り札<黄昏払うスルトの炎>であった。
縮退炉による質量の継続供給を絶たれた砲弾は、質量を減少させながら宇宙空間を飛び、時間経過と共に加速度的に放出する熱量を増大させていった。
機雷原に入っても砲弾が止まることはない。
砲弾が放つ莫大な熱量で機雷が溶け、機雷に仕込まれた反物質が対消滅を起こして爆発していく。
誘爆していく機雷の閃光が宙域を彩った。
ビーム攪乱粒子はもちろん、反物質の対消滅によるエネルギーも、機雷自体の質量も、なにもかもを飲み込んで、光り輝くブラックホールはさらに輝きを増しながら直進していく。
砲弾が機雷原を突破し、蹂躙の対象を連邦艦隊に移した。
艦体の中心部、砲弾に至近で接した艦は一瞬で蒸発した。
サルコウ大将は不幸なことに艦隊の中心部にいた。サルコウは、何が起こったのか理解する間もなく旗艦もろとも蒸発しプラズマと化した。
それより少し距離のあった艦は、艦体が溶け、持っている反物質の対消滅によって爆散した。
それよりも遠い、艦体の最外縁にいた運の良い艦ですら、外装が溶け、すべての兵装が使用できなくなった。
砲弾は今や恒星よりも強い輝きを放っている。
立ち塞がるすべてを圧倒的な熱と光でねじ伏せて、物資集積所のある小惑星に着弾した。
砲弾は、最後にひときわ大きい輝きを放って蒸発した。
その様子は、要塞の背後で乱戦となっていた連邦艦隊と海賊艦隊にも観測されていた。
砲弾が蒸発した後、宇宙は何事もなかったかのような平穏を取り戻している。
「なん……だ……あれは……」
レイゼは指揮所で呆然としていた。
物資集積所のあった小惑星は消滅していた。正面にいた連邦艦隊も、再起不能の損害を負っているだろう。
被害の詳細を観測し測定するまでもない。壊滅的打撃である。
海賊艦隊との戦いは止まっていた。どちらの陣営の艦も攻撃の手を止め、宙に漂っていた。
何が起こったのかという戸惑いは共通しているのだろう。
アレがこちらに向けられたらどうなる。いや、味方がいるからさすがに撃つまい。それよりもこの戦場だ。物資集積所を失った以上連邦軍の敗北である。
「……撤退する!」
指揮官としての責務がレイゼに即決を促した。
そのころ、セツトも司令官室で呆然としていた。
かなりの被害になると予想していたとはいえ、予想以上だった。小惑星と、正面の連邦艦隊の3分の2は消滅。残りも継戦能力を失っている。
撃った要塞ですら無傷ではない。
外装への損害は大きく、多くの砲塔が使用不能と評価されていた。
炉心そのものを放出した縮退炉はもちろん停止中。再起動プロセスから始める必要がある。
「連邦艦隊が撤退していきます」
ミツキだけが唯一冷静を保っている。彼女にとってはこの結果はむしろ当たり前ですらあった。
「海賊艦隊は追撃しません」
「うん。ミツキ、要塞を球形に戻してくれ」
連邦艦隊が撤退していく以上、戦いは終わった。
これにて1章完結!
続いて2章が始まります。2章は書き進めながら投稿しておりますので、ゆるりと読み進んでいただければと覆います。
2章はまだまだ書いている途中なので、是非ここでブックマークや評価をしていただけるととても嬉しいですー!




