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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第7章 「同化一体」
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知る必要の是非




 「数日前の話になる」、そう前置きをしたイリイスに打算はなかった。

 いくつかの懸念点はあるものの、いずれは知ることになるだろう——いずれは判明するだろうと、考えてのことだ。


 それを差し引いても彼らが怒る道理はない。要は疑問の解消こそファノンやガルギニスが望むものなのだ。

 彼らは知る権利を主張しているに過ぎず、それは共同戦線を強いたという意味でもある。


 依頼という形をあくまでも契約の履行とするならば、二人はさらにその奥、魔法師としての信頼を卓上に乗せて誠意と変えた。


(そこまで考えているか、だが……)


 交渉ごとにおいて、イリイスはクラマでの経験上深読みする癖がある。というよりも、はっきりさせないことでこそ交渉という物が機能するとさえ考えている。破棄されれば死というリスクをチラつかせながらだが、いずれにせよ一度吐いた言葉を覆すには彼らの立場はあまりにも高いところにある。


 だが、これはイリイスの土俵——。


 一方的な交渉の有利はイリイスの性分ではなく、おそらくそうならないために彼女も同席しているのだろうとそれとなく視線を上げる。

 エクセレス、いかにも出来る女の風貌はまるでこちらの出方を牽制しているかのようだった。


(実際にそうはならんだろうがな)


 交渉するための材料など最初からテーブルにない。であるならば、押し引きも賭け事も存在しないのだ。

 ただこちらだけが胸襟を開くというのも面白くはなかったので、せいぜい彼らがテーブルに乗せた誠意を利用させてもらうことで、イリイスは口を開いた。


「バベルについて、貴様らはどこまで知っている」


 逸れた話題に訝しむ視線が集まるが、イリイスの男勝りの口調が横槍を事前に制した。

 現在急ピッチで解明・解析が進められている極秘プロジェクト。口でいうほど大袈裟な名前などないが、ブラックボックスとしてこれまで人類を守護してきた【バベルの塔】、その解明に全力が注がれている。


 ガルギニスは無言を貫き。

 ファノンは興味なさげにエクセレスへと水を向けた。こういう内地の事情は本来外界の魔法師にとって二の次だ。

 ニュースにすら挙げられないのだから、率先して知ろうという気にもならないのだろう。


 もちろんシングル魔法師であろうと彼らが知るためには、七面倒な手順を踏まなければならない。

 直接的に関係の深いアルスだからこそ、知り得ることができた情報ではあるのだが。


 当然、ロキも首を横に振った。


「無理もない……」


 続けようとしたイリイスの言を遮り、ファノンが先を促すようにピンポイントで疑問を投げる。

 負傷していようとも、その尊大な態度は変わらず、彼女は溜息混じりに掌を返して指を立てた。


「問題は至極単純よ。鉱床の魔物が私達がこれまで屠ってきた個体とまるっきり別物ということ。【餓猿鬼シャヴァ】がいるなんておかしいじゃない」

「イリイス会長、【記憶大典テトプリフ】はご存知ですか?」


 エクセレスの補足でイリイスも要領を得たとばかりに、二つ返事で頷く。


「記録書だな。まぁ、信憑性には欠けるが、存在自体は知っている」


 現在のデータベースが確立される以前の記録。それは人の記憶という曖昧な物で構成されているため、誇張も多く、参考になるか際どいラインであった。


「そこに記されているのが【餓猿鬼シャヴァ】です。少なく見積もってもSレート級」


 語気を強めたエクセレスにイリイスは淡々とした相槌を打った。

 今更驚くに足らない。大きめの赤ローブを着込んだ幼女からは、そんな雰囲気が漂っていた。


 鉱床の異常さはすでに明らかになっているのだ。魔法師を殺さずに取り込む化物がいるのだから、すでに常識は覆されている。まして一箇所にこれほど多くの高レートが同居しているなど、鼻で笑い飛ばしたくなる悪夢だ。


「俺の方もだ。蠍型の魔物——【セルケト】だが」


 ガルギニスも付け加えるが、それについてはこの場の全員が周知している。


「強さだけじゃない。硬質な外殻を持つ個体は多いからな。それよりも、化物が人間を喰らわず、取っておくなんて聞いたことがねぇ。それにオルドワイズ公も失った。この報告は本国に説明しなきゃならん。知っていることは吐いてもらう」


 いわゆる早贄のようにオルドワイズらの部隊が刺し貫かれている光景は、魔物の性質として異質と言わざるを得ない。


 それらの疑問が現在イリイスに投げかけられている。

 彼女はうんざり気味に、一つ大きく息を吐き出す。


「まぁ、捕食は種としての進化を目的にしているからな。ならば必要なくなったと考えるのも一つだが……。そうでないならば……ふむ、それが問題なんだがなぁ」


 勿体つけた言い回しは、愚痴っぽく吐き捨てられたようにも聞こえる。

 イリイスは一旦、思考を休めるために隣のロキへと目だけを向けた。

 やはり嫌な役回りをさせられた感は否めなかった。ロキの背後にいるアルスを幻視するかのように、小難しい目つきになったのはやむを得まい。悪態の一つでも吐いてやりたいが、居ないものは仕方がない。


 そんなイリイスの視線に気づいたのか、ロキは眉間に皺を寄せて見返す。


「な、なんですか」

「気にするな。ただの八つ当たりだ」

「言っておきますけど、アルス様は今お忙しいんです」

「知っとるわ!」


 胸の内を見透かされたイリイスは思わず、反射的に返していた。

 こぞって負傷者ばかりが集まって、などと益体の言葉を胸中でついてみる。


「話は逸れたが、こうも予想を裏付ける結果になると、いよいよもって因果な物だと痛感させられるな」


 独白するイリイスはこれから話す内容に対して、食傷気味に顔を顰めた。

 バベルの塔はつくづく罪深いものだと、強すぎる負の印象が込み上げてくる。

 それでもバベルに囚われていた時を飛んだ少女——ラティファを思えば、多少なりとも救われる気分にもなった。


「バベルの塔、その地下から外界に向けた巨大な地下通路が発見された、らしい。アルス伝いの情報だ、確認する間はなかった。人聞きの人聞き、要は又聞きだな。だが、奴は……」


 そこでふとイリイスは言葉を切る。果たして目の前の人類最高峰の魔法師はここから先、特にクロケルが引き継いだとされる研究を知っているのだろうか。厳密には引き継ぐ前の研究を知っているのだろうか。

 クロノスを使った化物生成の外法を知っているのだろうか。


 率直に言えば、知らないなら口を滑らせるわけにはいかない。

 これらの機密は軍部のトップシークレットより、上位に位置する元首らが関わってくるためだ。


 勝手に踏み込むべきラインを敷く、そんな配慮さえも精神的な労力になる。

 ファノンもガルギニスもなんとも読み難い表情が故に、イリイスもどこまで話すべきか考えあぐねていた。


 わかりやすく驚いてくれれば、こちらの流れに引き込めるのだが。


(こうも徹底して、無表情なのも考えものだがな)


 ロキは、まるでそこに存在していないかのように微動だにしない。言葉の意味を理解しようとしているのではない。どちらかといえばリアクションを隠そうとしているのだろう。

 読み取られないための努力がこれほど顕著なのも珍しいが。


 イリイスが頭を悩ませている間に、先の言葉の続きを打ち消すかのように対面から声が届く。


「それが何だと言うんだ。お前の口ぶりだとバベルの塔の下から伸びた地下通路が鉱床に繋がっている、と聞こえるが」


 ガルギニスが明言する。

 それによって。


「そうね。どちらかと言うと、それで困るのは人類側よね。だって内地に魔物はパス無しで素通りできちゃうじゃない」


 先ほどから見守っているように背後に立つエクセレスの視線が微かに、隊長であるファノンへと落ちた。

 その所作が意味するところは。


(勝手に引っかかってくれたか)


 ニヤリとイリイスの心の口角が持ち上がる。

 要は彼らは知らない。知らないことを明かしてしまった。バベルで行われていた研究や、それが過去どういう物で、どういう結果をもたらしたのか、知らないのだ。


 正直、バベルの塔に関する研究はまだ始まったばかりなので、知らなかったとしても不思議ではないのだが。

 イリイスとてアルスから込み入った話をされるまで考えもしなかったのだから。


 そこでイリイスはほくそ笑んだ性根を思い直す。そう、今の自分はクラマではないのだ、と。

 それどころか、今や人類を守護する側の立場。

 履き違えそうになるが、協会という立場や、それを用意してくれたアルスのことを思えばイリイスの中で自ずと答えが弾き出されることになる。


「忘れていた。今や私は、無知な子等を守る立場にあった」


 小さく呟かれた独白に、全員が一瞬時を止めて彼女の次なる言葉を待った。

 一拍、十分な間を置いたイリイスは彼らが欲していた答えを明かす。



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― 新着の感想 ―
[一言] アルスとイリイスの一歩踏み込んだ感じの信頼関係いいですねほんと しかしクラマはイリイスいなかったら成り立たなかったのではと思います むしろ彼女がいたからそういう組織になったのかもしれませんが…
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