死を跨ぐ者
二人は何体もの魔物を始末し終え、その数は過去数えきれない量に達する。
低レートからAレートまで。
Sレート級の魔物ならば、二人は直感にしたがって逃走を選ぶ。倒した数、そして逃走した回数。どちらも数えきれない。
癖のある魔物は経験から仕留め方を模索していった。外界での生活が長い二人にとって生死は常に隣り合わせだ。だから、獲物を狩ることに至っては無駄を省いてきた。
一撃でダメなら、まずは足を狙って身動きを封じる。修復機能に富んだ魔物ならば、まずは首を落とす。それがダメならば感覚器に類似する箇所を狙う。
自然と定石化された戦術は、生き残るための力となった。
殺し殺されは外で生活する上で、石に躓くかのように当たり前の出来事だ。
レアとメアは高速で揺れる視界の中で、確かに標的へと狙いを定める。どちらとも攻撃手段が似通ったのはやはり協力して生きてきた経験故だろう。
魔核という言葉は、シアンと出会うまで知らなかった。それまではキラキラした、もしくは汚く硬い塊を壊せば魔物は死ぬ、それだけが事実だった。狭い世界でも、知り得ることに内と外で大きな開きはない。
不思議とメアは昔を懐かしむかのように、全身の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかった。得体の知れない化物を相手に、生殺与奪を取り合う。
ゾワリと内側から湧き出る高揚感をレアも自覚していた。この肌から温度が失われていく感覚は、頭が完全に戦闘モードへと切り替わったことを知らせてくれているようだった。
二人は同時に壁面を蹴り、魔物までの直線を一瞬で駆け抜けていく。
大きく引いた鉈型AWRが魔力を受け取り、主人の願いを叶えるため刻まれた魔法式を発光させた。
二体の大男の脇をすり抜けた二人は地面に跡を引きながら、着地する。
ふんっと物足りなさを感じるようなため息はレアからだった。彼女は着地と同時に愛用のAWRを弄び、手元でクルクル回転させ、最後に肩に持っていく。
「こんなんじゃカッコがつかないのです」
目新しい化物に高揚感を抱いても、あっさり倒してしまっては拍子抜けも良いところ。
ほぼ同時にメアも倒し終え、レアのように感想を漏らした。
「柔らかいね。なんか獣の肉を斬ったみたい」
こちらは拍子抜けを通り越して意外感を含んだ口調だった。メアはここにきて倒した速さには言及しない。
二人がオーダーメイドで作ってもらったAWRは一流の技工士と鍛冶士によって鍛えられ、魔法式も刻んでもらった。二人の要望通りの武器ではあったが、製作に携わった者らは皆完成にぎこちない笑みで祝福した。
それもそのはずだ。二人はAWRに【肉断ち鋏】と名付けたのだから。
本来のAWRの性質とは違い彼女達は実用的な方面での利用を考えていた。要は外で調理するための道具として。
薪を割るための道具とし、戦闘面以外での実用性重視とでも言えばいいのだろうか。
いずれにせよ、二人のAWRはバナリス国内でも類を見ない上質な素材を使った至れり尽せりの至高品であった。
そのおかげもあってか、壁面に擦り付けようと今のところ刃毀れは見られない。
レアとメアは互いに微妙な顔を見合わせる。それもそのはず意気込みにしてはあっさりと倒してしまったのだから。
肩口から腰までを斜めに入った刃は、斬りつけたというより半分切断に近い。
予想外な点と言えば、想像していたよりも血が出なかったことだが。
「やっぱつまんないや。これだけ殺したんだから、シアンも喜ぶんじゃない?」
「言ってるのです。実際付いてきていた、生徒? 男と女? を置いてきちゃったのです。叱られる方が先です」
「えッ!? 来ないな〜とは思ってたけど、迷子?」
「レアもメアも地図は持っていないのです。迷子と言うならこっちが迷子なのです」
「レア、帰り道分かる?」
迷子など二人にとって大した問題にはならない——外界ならば、だが。
ここは外界ではあっても、二人の知る外界とは違う。他国の、それも鉱床となれば来た道を覚えているかも危うい。
記憶力は良い方なのだが、そもそも二人に覚えておく気がないので、迷路のような鉱床内部を把握するのは困難を通り越して不可能と言える。
ふと、レアは先ほどの会話を思い出し。
「そう。魔核を壊しておくのです、メア。じゃないと殺したことにはならない、です」
「えぇ〜レアだって一撃じゃ当たらなかったでしょ」
「だからなのです。殺した数に入らないのです」
講説するかのようにレアは、魔核について喋ろうとしたが、メアは機先を制して「ハイハイ」と軽く流した。
魔核については学院で真っ先に取り扱うものだ。どんな講義であろうと魔法師を目指す生徒達には必要不可欠な知識である。
「だ、か、らー…………!?」
手に入れた知識をひけらかしたいのはメアにも分かるが、一緒に聞いていた授業で同じことを改めてレアから聞かされては堪ったものじゃない。寝ていたわけでもないのに、とメアは面倒臭そうな視線をレアに向けた。
姉として背伸びするレアが鬱陶しく感じる一面でもあった。
「姉だ妹だ、なんて決めなくてもよかったのに」と愚痴っぽく吐かれた言葉は、レアに届くことはなかった。
それどころか、レアはメアの機嫌を取るようにポンポンとその肩を叩く。
メアの気も知らないで、レアは「ホラホラ」と似合わない大人びた口調で呼びかける。
ただ、レアの表情はどうしても子供の無邪気さが抜け切っていなかった。
「見るのです」と浮かれた調子で彼女が示した先には、先ほど殺したと思っていた大男の魔物が奇妙な体勢で立っている。二体とも肩口から裂かれて、腕が落ちかけようとしていた。
「へぇ〜死んでなかったんだ」
握るAWRに再度、狂気の力が籠る。
魔核を破壊しないうちは正確には魔物は死なない。それでもメアは瀕死に近い状態であると予想していたのだ。良い意味で裏切られたのだが。
しかし、大男の様子は次第におかしくなり、裂けた傷口は広がりを見せた——治るのではなく、悪化していた。
斬ったとは言うものの、完全に断ち切ったわけではない。だというのに、魔法の効果か、傷口は今や完全に魔物の胴体を上下に分けてしまっていた。
ズルッと妙に生々しい音とともに、魔物の上半身が斜めに入った傷口を滑るように落ちていった。
「——!?」
「なにさ、それ!」
上半身となった魔物は地面に剣を握ったまま腕を突いた。ペンキのような濃緑色の体液が地面を濡らし、その上で大男の上半身は片腕だけでバランスを取っていた。
そう思ったのも束の間。
大男の傷口から小さな足が生え、斬られた肉が盛り上がる。徐々に体色も濃くなり、皮膚としての肉感を取り戻していった。
まるで再生。再び命が生まれるに等しいと言える。
欠損箇所の修復は多くの魔物に見られるものだ。ただし、それは修復速度に差異がある程度で、今や魔法師を名乗る以上既知としていなければならない常識。
だが、この大男の魔物は欠損箇所を即座に修復——否、復元して見せた。
魔物が修復できるのは魔核の存在あっての性質といえる。この大男の身体は完全に分断されている。つまりはどちらかには修復可能な魔核が存在することは明らかだろう。ただ、もう一方の肉塊は通常ならば魔力へと還るはずだった。
だから、これは——。
「分裂してるのです」
その異様な様に釘付けとなったレアが、茫然と言葉を紡いだ。
下半身からも失われた腕と頭部がすでに生えてきていた。その様子はまるで穴蔵から這い出てくるかのようで、どんどんと傷口の肉を盛り上げていく。
そうこうしている間に、新たな仮面をつけた魔物が一体、下半身から生み出され、最初に倒した二体の魔物のうち、上半身だけとなった魔物も、すでに下半身が出来上がっている。
玉座の主人へと跪くかのように膝を突き、徐に立ち上がる魔物を見て、レアもメアもその眉間に嫌悪を湛えた深い皺を作った。
「魔核が分かれた、のです、か?」
茫然と発したレアは、魔核の分裂に思い至った。疑問形であるのは、彼女自身良く理解できていないからだった。学院の講義で学んだ知識程度では限界がある。しかし、常識外を受け入れるにはそうやって当て嵌めていくしかない。
そのため比較的勤勉なレアは外界で培った順応力も相まって、不合理な現象に持てる知識を総動員し、理屈をつけた。
奇しくもその理屈は見たままを表していたが、正しい答えでもあった。
元は一体だった魔物が二体に分かれ、自立的な動きを見せた時点で魔核の有無は明確だった。魔核を複数持つ個体もいるにはいるが、目の前の魔物はどちらかというと欠損を修復し、同時に魔核をも作り出してしまったらしい。




