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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「眠れる墳墓」
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鉄壁と重騎士



 ◇ ◇ ◇



 

 鉱床探査の任務における周辺野営地では、ピリピリと緊迫した空気が流れていた。野営地内部であるというのに、周囲への警戒は過剰な程である。


 これまで気を抜いていたというわけではないが、非常事態につき集められた魔法師達はまざまざと現実を叩きつけられた、ということなのだろう。

 現在は外界――鉱床近辺に設営された拠点は慌ただしい程の軍靴と、事務的な指示ばかり飛び交っている。


 本来、外界における野営地などあってないようなものだ。人間を捕食対象とする化物が跋扈する世界において、眠りやすいように布一枚仕切りを立てる程度の意味しかない。端的に言えば、本格的な城塞レベルの拠点でもない限り、時間稼ぎにもならないのだ。そもそも外界で一箇所に留まるという行為そのものが危機的状況を生み出しているとさえいえる。


 彼らの任務経験からも外界で休息を取る場合は、本来ひっそりと魔物から見つからないよう細心の注意を払うものなのだ。


 ましてや指揮官であり、あらゆる面で魔法師の中軸を担っていたオルドワイズが、精鋭部隊を引き連れ救出に向かったとなれば防衛能力は極端に下がったも同然である。詰めている魔法師に浮足立った気配が然程感じられないのが救いなのだろう。

 その理由の大部分は代役を任せられた副官が有能だったわけでもなく、如何なる魔物が攻めてこようと一歩たりとも踏み込ませない自信に裏打ちされているわけでもない。


 単に、周辺の魔物が一掃されたばかりだったから。

 ここに集った魔法師は一つの軍隊として統制が取れているわけではない。個々として経験豊富な魔法師が集められているに過ぎないのだ。任せた側としては、保護対象である学生に不甲斐ない姿を見せないため、くらいの気概は欲しいところなのだが、協会発足から間もない時期では致し方ない。もともと協会が軍隊の育成を主としていないのも原因である。


 つまるところ、フリーの魔法師の集まりでしかないのだ。軍務経験や現役・退役魔法師もいたが、慣れない状況に不安げな色が表情に混じっていた。



 救出、保護された生徒達は休息も取れないまま、状況説明のため各隊毎に隊長が即招集され、聴取を受け終えていた。

 着々と生徒達を帰還させる準備が進められるが、仮設幕舎内からは嗚咽を漏らす、その音で満たされていた。ある者は呆然と俯いたまま涕涙が膝の上を濡らし、ある者は泣き崩れた。


 嘆き終えた生徒達の姿は哀憐の情を催す。

 自らの不甲斐なさに静かな怒りを湛えて、拳を血が滲む程握ったままの者もいた。そしてその生徒達はアルファの第2魔法学院から選抜された部隊であった。


「フェリ……」


 目を赤く腫らしたイルミナは止まらぬ涙を流し続けた。腰に下げた装着されたままの鞘は空。

 今更助けに行ったところで結果は見えている。あの最後に見たフェリネラの姿が今もイルミナの脳裏に焼き付いて離れなかった。髪を乱暴に――まるで程よい持ち手でも見つけたかのように――掴み、力任せに引き摺られていくあの光景がまた目元を腫らす。


 報告を終えたのか、そんな陰鬱とした幕舎の中に表情を硬くし、仕事として割り切ったカリアが姿を見せた。慣れない松葉杖を操り、上着の下には厚く巻かれた包帯が見える。


 集められた親の仇のような視線。それをカリアは真っ向から受け止めた。

 行き場がないのだ。誰にぶつけることもできないと知りつつ、そうしていないと感情を抑制できないのだ。


 イルミナも目の端でチラリと見ただけでまた顔を伏せた。

 呪うならば力のない自分。カリアの選択は正しかった。フェリネラでもきっと同じことをするだろう。

 いや、今となってはわからない。


 セニアットなど、フェリネラが連れ去られたと告げた時にはその場で何度も確認していた。嘘だと、言わせるために何度も確認の声をぶつけた。最後に居た堪れなくなったイルミナの目に涙が浮かんだのを見た瞬間、彼女はその場で泣き崩れてしまった。

 両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。



 カリアは自分の隊へと向かわず、ぎこちない足取りでイルミナの前に立った。そのまま彼女の隣で松葉杖をテーブルに立てかけて自らも寄り掛かる。


「気休めかもしれないけど、オルドワイズ公が救出に向かったわ」

「――!!」


 イルミナは反射的にカリアを見返した。

 手際よく救出部隊が鉱床内部に入ったことや、第5魔法学院から二人が今も鉱床内部に取り残されていると、カリアは続ける。が、この二人に関しては少々事情が異なるようで、第5魔法学院の他のメンバーはほぼ無傷な状態で待機していた。イルミナ達とは異なり、あまり状況が飲み込めていないのか、それでもやはりどこか落ち着かない様子であったが。


 イルミナは複雑な感情を押し殺してカリアに問い質さずにはいられなかった。


「何故です、何故行かせたんですか!? あなただって見たでしょ……あれは私達の想像を絶する化物だと」

「えぇ、今のあなたに辛辣なことは言いたくないのだけど、私も言葉を選んであげられるほど大人じゃないの」


 そう言い返すカリアの手はまだ震えが止まっていない様子だった。傷だらけの身体は今も恐怖に屈していた。


「何をどう言っても、彼らの仕事だもの」


 指揮官としてオルドワイズの判断はカリア達の報告を聞いた上で、自らも出撃することで解消したのだ。恐怖に屈し、撤退を選んだ敗走者の言葉は往々にして誇張される。そうオルドワイズは判断したのだ。


 この時元シングル魔法師だったという経歴を差し引いても、カリアは……いや、イルミナもフェリネラが救出される可能性は低いと思ってしまった。


 時間が経つにつれて、生存率は下がっていく一方だ。何もしないよりはいいが、それでもあの化物を前に勝てる者などいないのではないかとさえ思えてしまう。


 協会本部から増援が来るとしても早くて明日。物理的に考えてもそれが限界だろう。

 カリア達が遭遇した【王の番人(セルケト)】や、フェリネラを攫って行った魔物を確実に討伐できるだけの戦力、それを集めるには……。

 数日では無理だ。


 直感的にカリアもイルミナも理解してしまう。各国が抱えるシングル魔法師には様々な制約が課されている。そうホイホイと他国の増援になど出向できるはずがない。


 無為な時間はイルミナ達に考える時間を与えてしまう。刻一刻と時を刻む度に焦燥感が自分を苛でいった。


 オルドワイズが鉱床に向かったと報告を受けてから程なくして、薄っすらと伸びた髭の男が帰還の準備が整ったことを告げにきた。

 気持ちは足を地面に張り付けるが、イルミナを始め第2魔法学院の生徒は皆、警護の魔法師達に背中を押されるように付き添われた。


 幕舎から出ると、隊列した魔法師がおり、帰還に向けて行動を開始していた。任務が始まる前、あれほど頼もしく見えた魔法師も今は、不安を助長させてしまう。あれほど頼もしく見えた隊列に効果の程を問いたいほどだ。


 何を見ても、不安でしかない。取り憑かれたように直面した恐怖と比較してしまう。

 すでにイルミナの目には自分も含め、どれだけ魔法師が集まっても、烏合の衆程度にしか見えなかった。こんなところで無駄に魔法師を動員するぐらいならばオルドワイズのように鉱床内部に入って、親友の救出に向かってもらいたいとさえ思った。


 そんな不安定な感情をイルミナは必死に押さえ込む。あの化物を目の当たりにしたのが、自分だけで良かったのかもしれない。すでに第4魔法学院の部隊の姿はなく、心身にダメージを負ったため先行して帰還されたようだ。


 全員が帰還に向けて重い足を運ぶ中、カリアだけは見送るように立ち止まったままだ。

 彼女は学生の代表としてここに留まる必要があった。正しくは更に上の者に事実をありのまま伝えるために。

 彼女はオルドワイズへと報告したが、その受け止められ方に懐疑的だった。一学生の恐怖に屈した言い訳を彼は過小評価した。前線を退いて久しい元シングル魔法師に一抹の不安を覚えたのだ。


 果たして後続の増援がどれほどの戦力なのか想像も付かないが、きっと自分の報告は役立つはずだとそう信じて残ることを願い出た。無論、彼女が生徒ではなく、現役の軍人であるということも残ることを許可された要因だろう。


 そんな折、イルミナが勇気を振り絞り引き返そうと身体を向き直した時。

 小さな地鳴りが仮設拠点内に響き渡った。まるで魔物の軍勢の大行進であるかのようだ。

 警護の魔法師が一斉に背中を粟立たせ、魔力が乱れ舞う。


 だが、警戒態勢に移るより早く、その正体が判明する。これだけの木々の中を物ともせず軽やかにそして、重々しい足取りで姿を現した軍団。


 その姿を目視しても警戒心が解かれることはなかった。

 鳴り響く金属質な音に続いてその者らが発する魔力は一体となっているかのように荒々しくも纏まったものだった。


 銀色の鎧・兜・小手などフルアーマーの十名程の軍団。中には一昔前に活躍した古めかしい武器が目立ち、あまり役に立ちそうもない盾を持つ者もいた。

 アルファやルサールカではほとんど見ることがない重騎士のその一団は、一糸乱れぬ動作で金属が擦れるような足音を奏でていた。


 先頭にいる一際目立つ赤黒い甲冑を着込んだ巨体は、左右から角が伸びるフルフェイスの兜で顔を隠していた。

 

 帰還するイルミナ達の前で、先頭の鎧姿の者はバイザーを上げて隠れた素顔を見せる。


「出迎えご苦労。オルドワイズ公の救援要請を受けた」


 すぐさま副官だろう男が眼を剥いて恭しく応対した。

 が、目を剥いたのはカリアも同様である。


 ボソリと口にしたその言葉を傍にいたイルミナは聞き逃すはずもない。


「対応が早すぎる!! ましてやハルカプディアの【赤光騎士団】が出てくるなんて!?」


 その言葉にイルミナは期待せずにはいられなかった。驚きもあるが今は強力な援軍はありがたい。


 ――【赤光騎士団】! なら、あの赤い甲冑の人は……ガルギニス・テオトルト!


 無意識に注いでしまう視線にガルギニスは気づいたわけではないだろうが、彼はふいに副官との話を中断して、視線を上空に向け、


「遅い到着だな」と愚痴っぽく溢す。


 その時、イルミナやカリアの傍で落石のような音が轟いた。

 慌てて視線を向けると、直ぐ傍には不思議な筒状の物が地面に突き刺さっていた。近代的でありつつもどこか古代的なアーティファクトを連想してしまう。人工物という印象が拭いきれないのは、筒状の表面に魔法式らしき印が見受けられたためだ。


 イルミナもカリアもすぐに降ってきたであろう空を見上げる。そこには小さな黒い粒がいくつか。それは空中の薄い膜のような足場に降り立ち段階を下りるようにして降ってきた。

 見上げて黒い粒が人影だと判別できた頃にはいくつもの影は音も無く、イルミナとカリアの目の前に降り立つ。


 下降ギリギリで何かを開いたように見えたが……。


「あ~あ、暑苦しいのに先越されたじゃない! ぷっ、というか何それ、ダサッ。エクセレスぅ~あれ、中蒸れてるわよ、絶対」


 その少女は外界には場違いな格好のみならず、さっそくとばかりに不機嫌な気配を撒き散らした。


 険悪なムードになるかと思われたが、周囲の――特にハルカプディアとクレビディートの学生は目を輝かせんばかりに立ち竦んでいる。



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