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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「ミスリルが眠る地にて」
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刃鞭



 魔物を視界に収め、魔物の視界に収められたイルミナは心臓の鼓動を落ち着けるかのように、一度高鳴る胸の上へと手を添えた。

 張り詰める神経をなだめることは難しい。いくら貴族であるイルミナといえど、魔物と相まみえた経験は数回程度しかない。それも護衛の高位魔法師を連れていたことを考えれば正直戦った内に入らないのだろう。


 一部貴族の間で今もなお続く嗜み、娯楽、そんな調子のショーでしかなかった。名目上動物を狩るために赴いた外界は、実質低レートの魔物狩りである。馬鹿げたことではあるのだが、貴族の間では時折行われる魔物狩り。実に馬鹿げた慣習、そんなことでしか娯楽を味わえないというのもなんとも奇妙な話だ。いずれにせよ、イルミナにとってまだ動物を無闇矢鱈と狩猟するよりは気が楽だったことは確かである。


 貴族社会において、古き慣習を現代でも残す家は存在する。ソルソリーク家にはそういった悪趣味はないが、付き合い上同席せざるを得ないのだ。低俗な遊びではあったが、魔法師を目指す上で無意味だったかというと、そうでもないのだろう。


 基本的には雇った魔法師に討伐させ、それを高みで見物するという、醜い自己顕示欲を満たす意味合いが強い。いわば囲っている魔法師の強さ、それを可能にする自分に陶酔しているのだ。


 だが、醜い部分を経験してきた自分よりも、みのりのある経験を積んだ幼馴染のフェリネラとでは雲泥の差だ。

 貴族である以上、魔法師への道は半ば強制されたようなものだが、ソルソリーク家の財力ならば傘下の魔法師を充てがうこともできるし、事実ソルソリーク傘下の貴族やお抱え魔法師、他国からの移住者などを軍への仲介もしている。


 だから魔法師への道は選択肢の一つでしかなかった。ソルソリーク家が貴族として名を連ねているのは財閥としての身分保障やその他の制約緩和など営利目的の側面もある。


 それでも魔法師という険しい道を選んだのは、貴族としての責務だからではなく、幼きフェリネラとともに成長してきたからなのだろう、とイルミナは思っていた。

 同性から見ても彼女の誇り高さや品位は眩しいものだった。人が真っ直ぐ目標を立て、それを愚直に目指している姿というのはなんであれ、見る者を魅了し憧憬させられる。


 イルミナは歩みながら、心を落ち着ける。音楽を奏でるように自分の中ではメトロノームが一定のテンポを刻む。呼吸も、歩幅も次第に同調していった。

 彼女の腰に刺さる鞘は通常の剣を収めるには少し幅広であり、同時に片足を湾曲した防具が覆っている。鞘というよりは腰巻きのようであり、ロキがナイフを収納するために改良している収納着のようでもあった。


 だが、その鞘の端にはしっかりと柄があるのも事実。


 【不完全な獣(ヨーフ)】は警戒しながらも、死んだような飾りの顔を向ける。奇声を発するでもなく、それこそ死の間際を思わせる声なき息遣いだけが鳴る。

 絞り出すように発したそれは、この魔物がただの動物であったならば、助けを求めるものに聞こえただろう。


 だらりと垂れ下がった鳥の顔、その濁った目だけは確実にイルミナを捉えている。捕食者として弱者に向ける類の目。

 刹那、餌に群がる野獣の如く、ヨーフは馬の蹄で地面を掻く。一足飛び、それに足り得る脚力は異様な足音を響かせ、不自然に生えた翼が後押しするように羽ばたき、さらなる速度を与えた。助走のように一歩一歩が、とてつもない飛距離を稼ぎ、段々と加速していく。


 決して魔物にとって広いとは言い難いこの通路内で、それは真っ直ぐイルミナ目掛けてまさに飛来した。背後に散った羽は舞うことなく、重りのように地面へと急降下していく。


「…………」


 無言で魔物を見据えたイルミナは身構えることもなく、じっと待ち構えた。

 飾りのような頭はあまりの勢いに揺さぶられていた――が、そのクチバシから漏れる炎の揺らめきが魔法の兆候を見せる。

 背後で見ているフェリネラも他の生徒も、思わず加勢に乗り出そうかという刹那。


 眼の前でイルミナの身体が揺れるように傾いた。


「【部分断裂アンドファシル】」


 全身を使って鞘から引き抜いた刀身。

 それはこの狭い空間を跳ねながら伸び、縦横無尽に走った。イルミナの新しいAWRとは一言でいえば【多節剣】である。薄い刃の連なりであり、その間には細い伸縮ワイヤーが覗いていた。

 抜いた瞬間に耳を劈く高音が響き渡り、イルミナの目の前に編まれたのは長大な刃の鉄格子であった。鉄格子という程規則性はなく、壁面を幾度も弾き、伸びった結果として【多節剣】が作り出したに過ぎない。


 断続的な金属音は【多節剣】の剣先が壁面を打ったからではなく、鞘内部から引き抜く際に刃と刃が擦れ合って鳴っていたのだ。その速度は断続ということさえ違和感を覚える、一つの音として聞こえていた。


 聞き慣れない魔法名の後、全員が目を細めた。刃がブレて見えたのだ。視力の問題ではなく、そういう魔法であるのはその後すぐに証明されることとなった。


 繰り出された【多節剣】の一連の動きは衰えることなく、瞬時に【不完全な獣(ヨーフ)】の首を巻いた。正しくは上半身上部というべきなのだろう。肩甲骨辺りに生えた羽も巻き込み、刃はワイヤーを軋ませて巻き付いていた。


 イルミナの腕が微かに波打ったかと思った直後、ヨーフの首から下、胸の辺りから上が切り離されるようにして切断された。残像すら見える凄まじい速度で胴体を切りつけたのだ。その光景は鋭利な刃物による切断というよりも、どちらかというと肉を分け入って飛ばしたように見えた。


 空中で残された馬の下半身が躓くようにして放り出され、続いて飛ばされた部位がボトッと空気の抜けたボールのような音を立てて地面へ落ちた。


「さすがイルミナさん」


 フェリネラの耳元でセニアットの感嘆が漏れ聞こえる。速く鋭い、何より一瞬の躊躇いがないその光景は安堵こそすれ、忌避を抱かせる類のものではなかった。もっともそんなことを言い出せば魔法師などなれるはずがない。


 一瞬たりとも見逃すことを良しとしないフェリネラは首肯だけで同意を示した。

 同時に頭の中で、魔法の特徴のようなものに引っかかりを覚える。


 ヨーフの切断された身体の断面から、それこそ噴水のように勢いよく吹き出す血飛沫。それをイルミナは気味悪そうに一歩引いて避けた。魔力の放出調整で濡れることはないが、付着するような感覚にはなるので、それでだろう。


 一段落したことで、全員がイルミナに向けて歩み始める。先頭にいるのは無論、フェリネラであった。

 彼女は素直に驚いた表情を浮かべ、腰のレイピア型のAWRの柄を握る。

 そしてスッと引き抜くと切っ先を下へ向けた。


 そう、まだ魔物の身体は崩壊していない。


「なるほどね。凄いじゃないイルミナ。そのAWR、あれ(・・)を元にしたんでしょ?」


 フェリネラの足元に横たわったままの魔物の上半身。だらりと地面を嘗めるその姿は本当に死んでいるようだった。

 突如として首をもたげたヨーフの上半身が発動待機状態にあった魔法をフェリネラへと放つ。口の最奥部から吐き出すように放たれたのは火球である。

 フェリネラの全身を真っ赤に染め、熱を浴びせて迫る。


 それをフェリネラはチラリと視線を下げ、AWRの切っ先だけで迎え撃った。火球に尖端を飲ませると――火球は内部から渦巻くように爆ぜ、焼け付く風を吹き渡らせる。

 上位級魔法【逆鱗の渦風(テンペスト)】。最低威力で放たれたそれは魔法のみならず、それを放った魔物さえも巻き込んだ。

 地面に上半身をねじ込ませ息絶えたヨーフは即座に灰となって崩れていく。


「イルミナ、そっちもお願い」

「言われなくとも」


 すでにイルミナの【多節剣】が鞘に引き戻すついでとばかりに、馬の下半身を切り刻んでいた。しっかりと地面に無数の切りつけ痕が網目状に走っている。


 魔核と切り離されても一定の魔力が残っていれば多少動くことができるのだ。もちろん魔核が破壊されてしまえばその限りではないのだが。

 今回の場合はフェリネラの手応えからして、下半身の方に魔核があったようだ。


 魔法の発現手前にも関わらずイルミナに分断され、なおも魔法の構成が維持されていたというのは実際驚くべきことだ。魔物にはあることだが、人間では到底できない芸当だ。

 痛覚の存在が構成を著しく阻害するためだ。魔法の構成には冷静な状態であることが求められるわけで、暴走もそういった正常ではない状態が招く。


 イルミナの伸縮AWRは通常でもそれなりの長剣だ。節々に見える亀裂が関節となって伸縮性を実現しているのだろう。


 霧のように消えていく魔力の痕跡は、それと同時にミスリルをも淡く輝かせた。


「Cレートを瞬殺じゃ、魔物も形無しだな」と仲間の一人が精一杯の軽口で会話に参戦するも、おもねった口調までは隠しきれていない。

 学内でもトップに君臨するフェリネラは当然としても、やはりその陰に霞むとはいえ、イルミナも相当な実力者だと改めて認識したのだろう。

 彼の表情にはどこか服従の色が窺える。


 初戦にしては隊の士気を高めるだけではなく、幾ばくかの不安が解消されたはずだ。フェリネラも一度魔法を使うことで気が解れていくのを感じていた。


「初戦にしてはそこそこのレートだったけど、無事に討伐できてよかったわ」

「何はともあれ、ね」


 事も無げにイルミナは【多節剣】を鞘へと戻すが、鞘の長さと刀身の長さには差があり過ぎた。どうやって仕舞っているのか、といえば、刃が内部で折り畳まれるようにして収まるのだ。加えて湾曲していることで、スムーズに抜くことができる。


 平静を装っていてもイルミナもまた、緊張していたのか、この程度で掻くはずもない汗が頬を伝っていた。それも無理からぬこと。

 通常の魔物とはいえ、他国の魔物で【不完全な獣(ヨーフ)】はアルファではあまり見られない。何をしてくるのか、経験としての蓄えがそもそも乏しいのだ。


 だが、フェリネラが幼馴染に向ける視線は勝利を祝福するものではなかった。


「それが第一号ってわけね。アルスさんのAWRを使った」


 やや皮肉った声がイルミナの緊張から解放された意識を一瞬で、再燃させた。


「フェリ、それは言わない約束でしょ!?」


 普段の冷静を絵に描いたようなイルミナがこの時だけは、幼馴染にしか見せない慌てた表情であった。

 何のことを指しているのか、二人にしかわからず、他の生徒は不思議そうに顔を見合わせ、心当たりがないか確かめ合っていた。


「どうせバレるのだし、アルスさんにもスカウトするのでしょう?」

「それはまだこれからの話よ!」


 諦めたように、はぁ~とイルミナは額を抑えて盛大なため息を吐き出した。


「フェリから教えてもらって動き始めたことだけど、それ……反則よ。いっておくけど、私が経営者とはいっても実質的な権限なんてほとんどないんだから」

「でも、ソルソリーク財団が立ち上げた新事業でしょ。というか、良くアルファでAWR市場に参入する気になったわね」

「あぁー、それは言わないで」


 頭痛に堪えるかのようにイルミナは肩を落とした。


「えーっと、盛り上がっているとこ悪いんだけど、何の話? AWR?」


 二人だけの空間に勇気を振り絞ったセニアットが割って入った。セニアットから見ればこの二人は貴族界に関わらず知らぬものがいない程の名家だ。言ってしまえば住む世界が違う。

 普段はそんなことを感じさせないが……いや、品位とか礼儀作法とか言い出せばキリがないのだけれども、時折ただの生徒には触れられない会話が飛び交うのだ。

 

 とはいえ、部隊の中で多少セニアットも一枚程壁を越えてみる気になったのかもしれない。

 フェリネラの「バレる」という言葉があったからでもある。


 ニッコリと爽やかな笑顔を向けるセニアットを前に、イルミナはいまさら拒むことができなかった。この状況下、垣根を作るのは良くないことだと重々理解しているし、そうでなくとも目の前の出来すぎた幼馴染は喋ってしまうだろう。


 長年の付き合いで彼女が考えていることはわかってしまうのだ。


「今度、うちでAWR関連の商品を製造・販売する、その……お、お店をやろうと思っているの」


 一般的な感覚に合わせて彼女達が必要以上に萎縮してしまわないよう、イルミナはまるでパン屋でも始めるかのようなニュアンスで言葉を選ぶ。

 貴族というだけでなく、金持ちというのは何かと距離を置かれてしまう傾向が強いことを自覚してのことだ。


 「へぇーすごいね!」の感激の声は言葉ほど陳腐なものではなかった。それどころかイルミナが一歩たじろいでしまうほど熱烈な感想。寧ろ、「店」なんて偽った自分に罪悪感すら湧いてくる。

 そんな小規模店舗ではなく、工場まで構えて、敷地だけでも第2魔法学院に引けを取らないほどだ。


 ふと、余計な一言がフェリネラから漏れ聞こえた。


「お店ね……ダミー会社まで作って」

「…………」


 独自に調べたのか、そこまで彼女には口外していない、寧ろ秘密にしていたことでもあった。イルミナは肯定も否定もせず、さらりと聞き流すのであった。





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