紛れ込んだ卒業生
取り立てて親交が深いわけでもない、礼節に乗っ取った挨拶をフェリネラはカリアと交わす。
残念ながら全員の自己紹介とまではいかないが、副隊長を務めるイルミナは目を伏せて挨拶と代えていた。
顔合わせは一度協会本部で済ませているので、初対面の者は第2魔法学院側にはいない。
「ところでフェリネラさんは今回の任務どう思っていて?」
先程までの社交的な顔とは違い、カリアは神妙な顔つきをフェリネラとイルミナにのみ見せた。
その問いはフェリネラやイルミナからすれば意味がわからない。
今回の任務は任務とさえ呼べるのかわからないほど、お膳立てられたイベントなのだから。
外界という場所を考えれば、もちろん気を緩めるべきではないし、油断をしてはならないのだろう。
魔物の討伐が含まれている時点で、任務と呼べなくもないが、彼女らの認識は昨年行われた課外授業、その延長線とさえ思っていた。
率直に言ってカリアの真意が掴めなかったフェリネラは、一先ず素直に答えることにした。
「協会も各国と協力していくための実績作りという面が強そうですね。当然のことながらミスリルの希少価値も高いので、任務完遂時にはセンセーショナルな見出しで各国に報道されるのでは?」
これはイルミナや部隊員達とも交わした話だ。大凡の見当は外れていないだろう。
しかし、カリアは「そう」とだけで相槌を打った。
期待した答えではなかったのだろうか。
「カリアさんはどのようにお考えなのですか? 本格的な調査を始める前にお聞かせいただけないでしょうか」
「えぇ、もちろんよ」
カリアはそれとなく第1魔法学院の部隊――自分の部隊が聞かないよう確認してから口を開く。
「今回の任務は、ルサールカ内でも一部反発の声が上がっているの。中止といった極端な反対ではなく、もっと綿密な調査依頼を協会側にも伝えているはずよ」
「――!! ですが、現段階でも異例なまでの魔法師が警護に当たってくれているかと」
「そうね。でも鉱床内部についての調査結果で地質学者の間でも意見が割れてしまったのよ」
無論、そうした議論は満場一致とは為り難いものだ。一定の根拠とそれを支持する者達が極端に少なくない限りは反対派の意見を押し通すことは難しいだろう。
どこかで決断するのだとしたら、決定的な根拠を提示しなければならない。協会側が進め、各国が承認したのであれば少数派の意見は無視される。とはいっても反対派の懸念も考慮しての人員配置なのだろう。
カリアのすぐ後ろでイルミナがボソリと疑問を投げかけた。
「カリアさん、反対派は学生の起用を問題視したのでしょうか。訓練期間の短さなど、経験の話なのですか」
「いいえ、反対派といっても政治的な支持母体を持っていない学者が多いの。専門家としての知見ね。問題視というのも少し違って、専門家チームは鉱床内部の魔物の種類に着目したの。低レートの中に一体だけ新種が見つかったそうよ」
フェリネラもここに来て、余人が聞き耳を立てていないかをさり気なく確認した。
「新種という話は初めて聞きました。でも、それ以外の魔物は各国でも見られる一般的な魔物だとも事前に説明を受けていたはずです」
根拠としては不十分。
反対派とされる主張は退けられて然るべきだとフェリネラは感じた。昨今、魔物の新種報告は年に数十件近くにも上る。鉱床内部ということを考えれば特別な魔物が発見されてもおかしくはない。
「もちろん、新種ではあるけれど、高レートや変異体とも違い、早々に討伐されてしまったそうなのよ」
「では、やはり問題視されるようなことでは……」
イルミナは純粋な疑問の解消として不安を煽るような物言いのカリアに、良い印象を抱いていない。当然、他の仲間に聞かせる必要もないだろう。
客観的に見ても学生では手に負えないような魔物でないのならば、やはり学生が任務を遂行する意義と比べると弱い。
「もちろん、他にもいくつかあるわ。地質調査では分析データが不可解な数値を示したり、一部不十分だったりね。学生を起用するのだから、事前調査とはいえ魔物を狩り尽くすわけにはいかなかったのもあるらしいわ。でも、数日後に行われた再調査では鉱床内部の魔物の数はまるで減っておらず、寧ろ増えていたらしいの。こういった不可解な現象もあるけど、反対派は特にこの新種を対立意見の中心として意義を申し立てた」
一本道の先がまだ明るく見通しが良いことを確認してから、フェリネラは考える。カリアの言うように、そもそも任務自体を危険視する反対派の意見は、悪く言えばネガティブキャンペーンのようにも聞こえてくる。
どういう方向にカリアが話を持っていきたいのか、まるで見えない。彼女は事実のみを伝えてくれているのだろうが、今回のプロジェクトは国家間で決められたものだ。決定的な欠陥がない限り覆すのは難しい。
協会からも学生にそういった説明をしていない。然程問題はないと判断してのことだろう。事実、フェリネラでさえいらない憶測を呼ぶ可能性が高いと思った。
フェリネラとイルミナの半信半疑な表情を見ても、カリアはなおも続ける。
「協会側というよりも、調査に当たったのは各国が集めた研究者チームなのだけど、魔物の増加については見つけきれていない鉱床内部とを繋げる入り口が別にあるという推測だけで退けられてしまった」
業を煮やしたイルミナが口を挟むように、何より結論を急かすように割って入った。
「カリアさんの仰りたいことはわかりましたが、対立する意見は必ず出てくるものです。そうした中で判断するのは協会であり、各国元首のはずです。お聞きした範囲内では、棄却されるのは当然かと思いすが」
7カ国のトップ――元首の決定を覆すのは不可能に近い。反対派が激化すれば拘束されることもあるだろう。
「そうね。普通はそう……」
カリアの言い方はどこまで伝えるべきかを、悩んでいる風でもあった。
無論、ここまで話せば裏の事情に過敏なフェリネラが気づけないはずもない。
「もしかして今回の任務にカリアさんが加わったこととも関係があるのですか」
「無関係ではないわね。もちろん、私自身の力不足を自覚しているのもあってお願いしてみたのは確かよ。まさか本当に許可が降りるとは思わなかったけど。良い機会だから本格的に外界へと出ていく前に、経験を積んでおきたかったのもあるわ」
カリアが強く要望したということは正しいが、それだけでは不十分であった。それだけならば、なおのこと任務中にするような話ではない。
心なしカリアはフェリネラとの距離を詰めた。
「国家間の信用にも関わるから、口外しないでいただきたいのだけど……ルサールカの反対派がこれだけ声高になったのには、ジャン様の鳴らした警鐘が引き金でもあるのよ」
「「――!!」」
緊迫した空気が一瞬にして三人を包み込んだ。
声に出さずに驚愕を押さえ込んだフェリネラとイルミナ。ここまでの話が一気に信憑性を増したのだ。反対派に現シングル魔法師であるジャン・ルンブルズが名を連ねたとあらば、イルミナとて一蹴することはできない。
そして、今回の任務に何故卒業生であるカリアが参加することになったのか、その理由が今はっきりとした。
フェリネラはこれまでの話を整理する。協会側が配慮したのはジャンの名が上がったからだろう。無論、それでも覆らなかったことを考えると、ジャンでさえ明確な根拠を提示できなかったのだ。
「つまりカリアさんは、ジャン様から秘密裏に任務を与えられたということでしょうか」
フェリネラの問いはこの任務そのものの難易度を引き上げる可能性を示唆していた。
しかし、カリアは曖昧に首を捻る。
「そこまで大袈裟なことではないの。ジャン様も専門家ではないので、意見を述べた程度らしいの。ルサールカも奪還目標があってジャン様はそれに掛かりっきりなのよ。まさか反対派の筆頭にされるとは思われていなかったそうよ。だから、第1魔法学院から私を遣わせてくれたということ……」
「フェリ、ということは……バルメスの第5魔法学院が直前でメンバーを替えてきたのも」
イルミナの予想をフェリネラは頷いて応えた。
第5魔法学院に二人の少女がメンバーに加わったのだ、只者ではないとは思っていたし、彼女達は外界だというのにまるで臆する気配が感じられなかった。
「バルメスの秘蔵っ子、レア・メア姉妹ね」
「カリアさんはご存じなのですか?」
「先の会合にも出席されたそうよ。順位は120位。バルメスの数少ない戦力とされる双子ね。彼女達も保険のために組み込まれたと思っていいでしょう。万が一学生から死者を出せば協会への信頼は失墜、運用そのものを見直される声が高まるわ。だから各国も任務の成功より死者を出さないために戦力の強化を図ったってところ」
だとしたら、少し不自然なところがある。ジャン程の魔法師が警鐘を鳴らしたとなればいくらルサールカ国内の話だとしても、協会に二の足を踏ませられるはずだ。元首とて無視はできまい。
「ではそもそもこの任務は学生には難しい可能性があるのでは……」
「そこが争点ね。ジャン様の根拠は経験に基づいた予感なのよ。それを重要視するのは魔法師だけということ。実際各国の再調査では退けるだけの言い分を提示されてしまった。ただ、ジャン様は自分が遭遇していたら、細心の注意を払う、とまで仰ったわ。そして……」
心なしフェリネラの歩幅は先に進むことを躊躇うかのように狭まっていた。
ジャン自身がその予感が杞憂であるかもしれないとも言っていた。だから反対派の提案は十分な再調査とされていたのだ。
カリアはジャンから直接聞いた台詞を、そのまま伝える。ならば続く言葉はフェリネラやイルミナにとって、聞かなければならない重要なものだ。外界での任務は、経験者の培ってきた助言が時には生命を救う。すでに始まってしまった任務は臆病風に吹かれた程度では引き返すこともできない。
「そして?」とフェリネラは先を促すように反芻する。
「ジャン様は、アルス様でもきっと同じような判断をするだろうと」
「アルスさんが……」
自然と口をつく想いを寄せる人の名。今は魔法師の頂点としてその名は、何よりも重いものへと変わる。
この任務は想像以上に、警戒しなければならないのかもしれない。改めてフェリネラは気を引き締めた。
ただの予感であればいい。だが、長年外界で成果を出し、生き残り続けた魔法師というのはそういった些細な違和感の臭いを嗅ぎ取れるものだ。
「だから十分気をつけて、フェリネラさん。任務に関してはある程度調査が済んだら引き上げる方が懸命よ。可能ならば他の部隊との合流もね」
「わざわざありがとうございます。ですが、何故私達だけに教えてくださったのですか?」
「もちろん、あなたが7部隊1チームとして考えているからよ。何かあれば助け合わなければならない。なにより戦い慣れているし実力は、言わなくてもわかるでしょう?」
「はい、動けるということですね」
自分の部隊のみならず、非常事態の際には臨機応変に動くことをフェリネラに期待したのだろう。それができる魔法師だと判断されたのだ。事実、フェリネラは他部隊の心配もしていたし、全体的な部隊の動きを考えていた。
ジャンの鳴らした警鐘は、レア・メアにも間違いなく知らされているはず。他の部隊は不要な混乱を避けるために伝えられていないだろう。他部隊のために動ける力があり、現段階では余裕のある部隊は第1魔法学院、第2魔法学院、第5魔法学院しかいない。
三人の前に最初の分岐点である三叉の分かれ道が見えてくる。
これも事前にわかっていたことだ。本番という言葉を使うのならばここから、ということになる。
湿った風が背中を押すように吹き込み、通路奥から未知の恐怖が身体に粘りつく。
すると、鉱床奥から地鳴りのような奇声がどこからともなく響いてきた。それは自然に生まれた反響などではなく、なにかしらの生物が発しているような音を伴っていた。
威嚇のような、また同類間での交信のような、複数の音が入り混じっているようにも聞こえてくる。
不快な気分にさせる声。
鉱床に存在するモノなど一つしかない。
「【魔物】ね」
断言するフェリネラに同意の首肯が返ってくる。
地図を広げるまでもなく、事前に決めておいたルートへとそれぞれの部隊が向かう。
「フェリネラさん、脅かすつもりはなかったの。無事任務を完遂しましょう」
「いえ、お聞きできてよかったです。カリアさんもご武運を」
フェリネラの表情に意気込みの類は見られず、それどころか楚々として感謝の念が篭った会釈であった。




