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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「最強の担い手」
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変革の決断



 アルスの空間干渉魔法から脱した女性は何事もなかったかのように着地した。標的を見失ったように真っ直ぐ誰を見るでもなく、視線を固定する。すでに彼女は身動きができない状態であるのは誰の目からも明らかだった。


 ここに来て動き出したのはジャンであった。タイミングを逸したものの、全ての状況が終わりかけたこの一瞬を見逃すはずもなく、的確なタイミングで動き出す。

 降り立った女性に息をもつかせず、額に二指を付けるジャンの目は相手の僅かな行動も許さない鋭いもの。


 そしてほぼ同時に背後でレティが眉間に皺を寄せながら、女性の曲線的な背中に掌を添えていた。

 内側からの爆破を予告しているのは、彼女の特性を考えれば容易に想像できた。二人は挟むように女性の身柄を拘束する。


 自国の元首を守るため、状況を見守っていたが、脅威となる男女を拘束し、主犯を突き止めた時点で敵は無力化されたも同然であった。

 もっとも、敵であるならば……だが。



 エクセレスに形ばかりの凶器を突きつけられたレハイルの口元には、薄っすらと笑みが浮かぶ。


「彼らの拘束を解いてくれますか? 特にそっちの方はできるだけ早くしていただきたいのですが」


 手を挙げていたレハイルは、片手の二指で突きつけられたフォークの柄を挟み、ゆっくりと遠ざける。彼の意識はフォークではなく、レアとメアを吹き飛ばした男のほうへと向く。

 解放して欲しい、そう発したレハイルの視線の先ではアルスの眼前で氷の彫像と化した男がいた。


 片手を突き出したアルスは身体ごとロキの方へと向いており、まるで歯牙にもかけずに男を捕らえていた。それも内部構造を理解しているかのように男を覆う氷は空間干渉魔法を併用された無干渉空間を築き上げている。


 つまり、本来意味などないはずの魔法自体を保護するという行為。アルスは他者から魔法の干渉を受けないように強固な空間を男の周囲に築き上げていたのだ。そうすることでレハイルからの魔力伝達を絶つことができる。


 戦闘態勢へと移行していたレアとメアは唖然と氷の彫像を見る。対人戦闘には自信のある二人だが、魔法という力では目の前の光景は段違いのレベルを見せていた。

 相手を凍結する魔法というのは本来、一瞬とはいえ凍結箇所から全身に広がっていくものだ。しかし、圧倒的な動体視力を持つ二人にも何が起こったのか、上手く説明することができなかった。


 血祭りに上げようかと、完全に戦闘体勢へと移って、一歩……そう、戦いの口火はとっくに落とされていたのだ。だというのに、レアとメアの目の前で起こったのは、不気味な男が一瞬にして氷塊へと変貌した姿だった。その意味、それが意味するところを二人の知識程度では説明できない。

 だが、感覚的に……外界で培った嗅覚が警鐘を鳴らす。レアとメアが信じるのは外界で培い、生命を繋いできたといっても過言ではない、己の直感である。


 これが野生動物ならば、毛を逆立てていただろう。自分を強く見せるために、威嚇しただろう。だが、レアとメアは気づく――自分たちが直感に従った結果、身体は正直に距離を取っていたことに。


 それもアルスという最強の魔法師への警戒心故の行動であった。

 二人がやっとのことで警戒を解いたのは、アルスが突き出した腕を降ろし、彼女らに一撃を見舞った男が氷の牢獄から解放された後のことだった。


「そのままでは僕の魔力情報が伝わらないのでね……君達もすまなかった。怪我はなかったかい?」


 社交的な笑みをレハイルは顔に浮かべて、子供に好かれそうな優しげな言葉で謝罪した。


「ない!!」

「まったく問題ないです」


 メアは即答し、レアも落ち着きを取り戻したような口調でお淑やかに言い放った。実際、二人は纏われた風系統の魔法により吹き飛ばされたに等しい。


 ジャンとレティも女性への警戒を解いて、事の真相がレハイルから語られるのを神妙な面持ちで待つ。


 アルスも同じようにレハイルの裏表のない目を見据えていた。手合わせや、新シングル魔法師としての力を見せつけたといった意図が感じられない。彼が何故このような強引な手段に移ったのか、少しだがアルスはわかった気がしていた。


 そしてそれは各国元首とバラール城に仕える使用人たちも同様に初めから聞かされていたのだろう。正しくはこの状況そのものを知っていたといった雰囲気だ。

 それと……もう一人。


 ――クレビディートのエクセレス・リリューセム。ここに来た時に逆探知したのは彼女か。


 どこかリンネと似た雰囲気を持つ女性である。大広間に着いてアルスが、ジャンやレティと話している間、彼女はリンネと会話をしていたと記憶している。

 プラチナ・ブロンドの長い髪は背中で軽く一本に結われており、ほっそりとした手はそれこそ上品な印象を与える。

 クリンとした優しげな目元……その下、片側の頬には痣のような奇妙な紋様が浮かんでいることにこの場の全員が気づいただろう。それがフッと剥がれるように衣類の中へと消えていく。


 そんな一瞬の変化をアルスは見逃さず、意図せず険しい目で見ていた。が、そんなアルスへとエクセレスは微笑を浮かべて目礼してくる。アルスの探知に気づき、逆探知のことを言っているのは明らかだった。


 ――リンネさんが2位に甘んじているのは外界に出ないからなのかと思ったが、探位1位を冠するにはそれ相応の奇特な異能があるということか。


 面倒ごとばかり起こるが、さすがに人類の最大戦力がここに集結しているとあって、随分と面白い人間が多いと感じるアルスであった。


 先程まで氷漬けにされていた男が、アルスの横を無表情で通り過ぎていった。足音という人間味のある動作とは違い、ぎこちない足運びは床の上を滑っているようにさえ見える。そしてジャンとレティに拘束されていた女性も徐にレハイルへと向かって歩き出す。

 そして二人がレハイルの両隣に立ち……。


「お騒がせして申し訳ございません。この二人は既存のAWRとは少々機構が異なりまして、今回このような手段を用いたことをお詫び申し上げたい」


 大広間に広がる動揺をよそにアルスは「だろうな」と予想が的中したことを確信する。

 レハイルの説明は淡々としており、最大の目的は二人がAWRを組み込んだ「人型AWR」であるということ……そして……。


「この二人は元は人間です……そしてとても優秀な魔法師です」


 レハイルの言葉は会合前にジャンから聞いた内容からアルスは大凡の経緯を想像した。そう、レハイルは三人での軍務に就いていたという話。

 彼の口調は哀愁や後悔を含むものではなかった。寧ろ、禁忌とさえいえる所業についての理解を求め、二人の人型AWRの可能性を示した。


 屈強な肉体を持つ男性型。

 長身で素早く、しなやかさも合わせ持つ女性型。

 どちらも人間をベースとしているからこその関節可動域を実現できている。


「召喚魔法の構成プロセスに近い。ある程度、魔法に頼らず科学的に実現しているわけか」

「その通りです。重量は500kg、魔導車と同じ原理により二人は接地面から浮いています」


 まるで研究者としての見地を言わせるために、アルスを狙ったのではと思わせる即答ぶりである。


 言わずも、レハイルがシングル魔法師に加わった時点で、倫理的に容認されているはずだ。もちろん、これがまかり通るようでは人類の人間性はとうに崩壊しているわけだが。


 精巧に作られていることは間違いない。さすがに表情までは作り物めいた空虚そのものではあるが。


 おそらく出るであろう、懸念をハイドランジの元首が事前に潰す。彼曰く、人型AWRは設計までを軍が管理しているとのこと。何より、人型AWRにはメテオメタルが使用されているらしく、だから現代の技術では量産はもちろんのこと、そもそも作ることすら難しい。そもそも新技術とは認められない領域である上に、AWRと呼べるのかすら微妙なところである。


 とはいえ、そこに魔力情報が介在している以上、何かしらの制約もあるのだろう、とアルスは予想した。

 認知のために仕組まれたことで、倫理的問題はここで議論すべき内容ではないし、どうやら事前に元首の間で結論はでているのだろう。

 彼が新シングルとしてこの場に立っていることが、何よりの証拠だ。



 唐突に手を打ち鳴らす音が大広間内に響く。それは拍手などではなく、意識を自分に集めるために用いられた手段であった。それも分厚い手の皮から打ち鳴らされる音は、軽快な音とは言いがたかった。


 大柄な身体、その背中。

 気がつけばハオルグを筆頭に全元首が身体ごと、アルスへと向き直っていた。


「では、話を戻すぞアルス・レーギン。バルメスの戦力を見て、協会としての決断を今ここで聞かせてもらおう」

「聞くだけで良いのですか?」


 アルスは口約束だけで良いのか、と言外に言ったつもりだ。7人の元首を相手に契約書、同意書といった物が必要なのではないかと思ったのだ。


「構わん。貴様の言質が取れれば我々は、反撃のための狼煙を上げることができるのだ」

「いいでしょう。それでは協会はバルメスへ、保有戦力の40%を提供することをお約束します」


 歴史的な一幕、今人類史に新たな1ページが刻まれたことは間違いない。一世紀もの間、耐え凌いだ人類の反撃。

 その戦力が整ったことをも意味していた。シングル魔法師として、一桁に値する人類の矛が揃ったのだ。動乱の突入である。

 これはアルスがバベルの防護壁を……人々を縛り付けていた檻を取り去ったことに起因しているのだろう。


 瞬く間に議定書に王印が押され、それを円卓中央にいる老齢の男が正式に読み上げた。波紋が広がるように大広間は厳粛な空気で満たされる。

 この会合で決まった大いなる計画は、近い内に全世界へと流布されるはずだ。7カ国の隅々まで、魔物を知らない者も無関係ではなくなるだろう。何十年も魔物の脅威に耐え続けて、いつしか耐えることが当たり前になって久しい。世界が内側で完結して久しいのだ。それは何十年先も、何百年先も変わりないはずだった。少なくとも内側で平和に暮らす人々にとって、外のことなど対岸の火事も同然だった。


 もっといえば外など必要なくなっていたのかもしれない。幸せな夢を見て、現実から目をそらす。だが、バベルの防護壁が解かれた今、内側の人々は夢から覚めた。現実を直視し始めたのだ。


 これを機に各国が防衛に徹した歴史を覆すことだろう。耐え忍ぶ時期を過ぎ、魔法師は人類にかつての地を取り戻すための使命を果たすことになる。


 もう誰も馬鹿げたことだと思わない、夢のままでよかったとは思わないことだろう。もう人々に内側も外側も存在しなくなったのだから。見てみぬふりができず、一人一人が当事者として人類の繁栄を、かつての栄華を取り戻すために関わっていく。







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