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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「苦悩と想いの果てに」
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魔法師とは




 自ら頼み込んだのにシュルトは俯いたまま口を閉ざしてしまった。

 彼がコソコソしていたのは周囲の目を気にしてのこと。更にいえばアルス達に気づかれるなんて夢にも思っていなかったことだ。


 とはいえ、実際アルスとロキも観戦していた生徒の一人一人を把握しているわけではない。無論、殺意や異質さ、その他大勢の中に埋もれない何かを持っていれば別の話だが。

 好奇心を瞳に反映した学生はアルスやロキにとって見れば烏合の衆程度でしかないのだ。


 故に二人がシュルトの存在に気づいていた理由は別にあった。


「お前が、アリスの言っていた下級生か……【不死鳥フェニックス】を使ったという」

「イッ! いえ、いえいえ滅相もない。形と系統だけの模倣です……」


 顔の前で両手と顔を左右に振るシュルトは恐縮だと言わんばかりだ。事実、あれを【不死鳥フェニックス】と呼ぶには未熟過ぎるのは自覚している。


 それに炎系統の召喚魔法でも【火鳥】と呼ばれる代表的な魔法も存在しており、【不死鳥フェニックス】との違いは情報量と魔力量にある。無論、魔力を多く注げばサイズが大きくなるというわけでもない。

 召喚魔法は発現の細部に至るまで膨大な情報量を内容し、魔力によって顕現しているためだ。


 自律プログラムの精巧さは現代の魔法学では解明できない部分もある。いや、正しくは公表していないのだ。それは過去の文献、いうならば遺跡の一部を書き写したものである。

 そもそも魔法を人が扱えるのは遥か昔から、それこそ魔力自体は体内に存在していたとされている。


 そして魔力を魔法へと構築するそもそものきっかけは遺跡――【最古の記述(レリック)】の発見に起源を発する。それらは魔法を構成するための魔法式だとわかったのは近年になってからだ。


 そんな古い文献の一つ――【最古の記述(レリック)】の写し――の解読にアルスは成功したわけだが、その難解な高位魔法故に大全グリモワールには収録されていない。


 とはいえだ、アリスの話によれば彼は【不死鳥フェニックス】を使ったという――その時は何故か半笑いだったのが少し怪しいのだが。

 そんなやり取りがあったせいでアルスは一応記憶に留めておくに至ったわけだ。



 実際に目で見ていないのだから確証はないが、劣化版だとしても【不死鳥フェニックス】を本当の意味で模倣することは不可能に近い。つまり、形態だけを真似た可能性が一番高いだろう。


 しかし、だとしても学院の生徒が召喚魔法を扱ったというのは驚くべきことではある。要は形状の指定やそれに類する膨大な情報量を彼は魔法にプログラムできるということだ――それも見ただけのものを。

 少なくとも魔力における操作技術はこれまでの生徒とは一線を画する。


 確かに召喚魔法などは向き不向きは顕著だ。テスフィアの【氷騎士】も同様に魔法師は系統分けから更に得意とする魔法が細分化されていくものだ。その中でも大別すると召喚魔法が得意かそうでないか、というのが最も分かり易い。


 テスフィアが召喚魔法をてんで扱えないのは、本人の努力以上に魔力の性質的な面――本人の性格――で向かないのだ。程度の差こそあるが、レティもあまり得意な部類ではない。

 それさえも器用にできる万能型もアルスのように当然いるにはいるが、傾向としては少なく、アルスの場合は単一魔法式を直接刻み込む、という異質な側面はある。


 目の前の少年は間違いなく、召喚魔法に適性があるのだろう。端的にいえば魔法についての理解が深い、学者タイプの魔法師なのだ。



「ま、それはそうと俺がなんでお前みたいな下級生のために時間を割かなきゃならん」

「そ、それはそうですが……」


 さすがのシュルトも叶うはずがないのはわかっていた。そもそもシングル魔法師に会うことすら難しいのだ。つい勢いに任せて口走ったのはメインに負けて苛立っていたせいもあるのだろう。


 後に続く言葉は出てこなかった。貴族としての振る舞い、その礼節を欠いた態度でこれ以上何もねだることは許されないのだ。ここから先は家すらも危うくなってしまう。

 だが……。


 姿勢を正したシュルトには気後れの気配は薄れていた。居住まいを正すその表情は貴族でありながら、魔法師としての業が勝ったような決意が込められていた。

 そう、こんなチャンスはもう二度と来ないかもしれない。


 この生涯に一度しかないかもしれない機会で手ぶらで帰るのはさすがのシュルトでも無能過ぎる選択だった。これまでの経験のおかげであと一歩踏み込むことができたのだ。貴族という枷さえも今はシュルトに歯止めをかけるには不足していた。


 そうありたいと望む存在が目の前にいるのだ。これまでは自らの糧となることだけを選別して取り入れてきたが、それはアルスという最強の魔法師を目指すためのピースでしかない。

 だから、ここで踏み止まらなければ何も得ることができない気がしたのだ。目標にし、尊敬するからこそ、アルスの全てが自分を逐一進化させてくれる。


 前髪から覗く視線は遮ることなく、アルスを捉えた。


「立ってるのも時間の無駄だし、一先ず俺は帰る。それまでなら時間を使ってやる」

「は、はいッ!! 申し遅れましたが、私はシュルト・ウェンコードと申します」


 今更だが礼儀は尽くす。


 当然のことながらシュルトの家名にアルスもロキも思い当たらない。二人してアルファ国内の貴族はほとんど知らないのだ。

 どのみち興味のないことではある。これまで生徒に名乗られた名前など一割も覚える気がないのだから。



 振り返らずに黙々と歩き出す、アルスの隣に少し小走りで歩み寄ったロキ。その二人の後ろ三歩後をシュルトは続く。


「あぁ、面倒なことをしたな。一人見れば、二人になり……」

「で、三人目、と」


 愚痴を溢すアルスの言葉を引き継ぎ、どこか頬を緩ませるロキ。

 シュルトの申し出は、先の腹立たしい下級生二人を想起させるのであまり良い気はしなかった。が、それでもチャンスを与えたアルスにロキは呆れつつも予感が的中したような気持ちになったのだ。


 せっかく二人きりの帰宅を邪魔されたのは甚だ遺憾だが、とチラリと意識を背後に回す。



 事実として彼のやり方は効率重視の頭の良い方法だとアルスは思っていた。最もそれは生存圏内という守られた中で個人が磨き上げられる限界をも指し示している。

 脅威というものをその身で実感しないうちは、何をしてもお勉強のできる優秀な魔法師でしかない。


 シュルトも含めた三人はノワールのお目付け役もしているし、テスフィアとアリスが眼を掛けている。だからこそアルスはメインとフィオネにお節介を焼いたのだ。そこには多少の興味もあったが。



 本校舎からアルスの研究室は歩いても大した時間はかからない。だというのに、シュルトは一言も発さずに後ろに続いて歩く。

 楽しい帰宅時間を過ごしたいがために付いて来ているのではないのだ。言葉は選ばなければならないし、礼を欠いてもいけない。


「ア、アルス様……」


 夜の静けさの中に溶けてしまいそうな程弱々しい声が背後で微かに鳴った。心の内では聞こえませんように、なんて願っていそうな潜めた声。


「様は付けなくていい」


 振り返らず、進行方向上に吐かれた言葉をシュルトは即座に受け入れた。本来ならば彼も是が非でも拒否したに違いない。

 しかし、今はこれ以上の悪印象を持たれないために受け入れた。


「アルスさん……一つだけお訊きしてもいいでしょうか?」

「着くまでならな」


 舗装された通路の上を三人分の足音が混ざって聞こえてくる。余裕のある歩調のアルス、その後を小さく続く足音。

 そして毎回松葉杖でも突いているかのような不規則で堅い足音。


 一度、大きく深呼吸してからシュルトは意を決して口を開く。メインに何をしたのか、その理由を聞くのはこの限られた帰路の間では足らない。

 だからもっと根本的なところ……彼がアルスを直感的に目標としているのもきっと元を辿れば一つの疑問にぶち当たる。


「…………魔法師って何なのですか?」

「は?」

「…………」


 僅かに先頭を歩くアルスの足が止まった。

 彼が言っているのは、人とは何か、人生とは何か、そして魔法師とは……何か。この質問にあまりに多くの難問を内包している。


 研究者たるアルスには彼の言わんとしていることの無意味さを理解して、同時に必要なことを覚る。哲学的な問題をぶつけられたのはもしかすると初めてかもしれない。


 言葉の上では魔法師は魔法を扱うものであり、かつ人類のため生命を対価に脅威に立ち向かう者。

 それ以下ではない代わりに、それ以上であリ続けるモノの名称だ。


「ロマンチックな夢想家か、お前は。そんなもの知らなくても人は戦えるし、魔法師にもなれる」

 

 珍しくアルスは疲れた目で溜息を吐いた。

 後ろの少年は知性的な部分はあるが、彼の本質はまったく別なところにあったのだ。少しは自分に似てなくもないのかもしれない、とアルスは考えを改める。


 この少年は外界で美しく生きることができるタイプの人間なのだ。合理性だけを重視し、冷徹さを飼いならしたアルスとは別物だ。

 ただ、アルスが外界で幾度と見てきた非合理的な行動はきっとシュルトのような人間が持つものだ。仲間を捨てられない、最後まで諦めない、といった非力を生命で補う愚行をやってのけてしまう。


「ただ、お前がいう魔法師は凄く人間らしいんじゃないか? ま、死にやすいけどな」

「――!! それはダメじゃ」


 研究棟の手前でアルスとロキは足を止めた。一拍ほど考え込んだアルスは受け売りではあったけれど、彼が求めた問いに答えようとしていた。

 自らもきっとそれを探し求めているのだろう、と思える。


「安心しろ。皆、自分だけの譲れない何かを守るため、貫くために戦い続けるんだろうな。魔法師は結局総称でしかないさ。誰も同じなんてことはありえないんだから。それを見つけるために魔法師を目指すもんじゃないのか」

「…………!!」

「アル……」


 得も言えぬ顔でロキはアルスを見上げる。

 彼女の中ではこれまでにないほど驚いていた。吐露するような抽象的な言葉がこれほど身にしみるのだから不思議だ。それと同時にアルスも自分もまだ道半ばなのだと気付かされる。


「うぅ……その目をやめろロキ。自分で言っていて死にたくなる」

「その時はご一緒しますよ」


 冗談なのか分からないほど屈託のない笑みをロキはアルスに向けた。





・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・三巻は2017年8月1日 発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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