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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「メメント・モリ」
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落胆の戦い



「何を……!?」


 何をした、というメインの驚愕の声は瞬く間に激痛によって遮られた。

 弾かれた剣が身体を引っ張り、体勢そのものが崩れたのだ。踏ん張るための足は地面を探してもつれる。その直後、メインの足が地面を踏みしめようと降ろされた時、自らの脇腹に突き刺さるような衝撃が走った。

 一瞬の猶予も与えず、アルスの左膝は容赦なく少年の身体を穿つように食い込んだ。


「ぐっ!!」


 これまでに感じたことのない痛みにメインは奥歯を噛む。迫り上がってくる熱い息が歯の隙間を通って漏れた。

 頭痛として反映される攻撃はまるで脇腹から駆け抜けていくように痛みを訴えてきた。最初にズキンッと脳が脈動したと思えば、瞬く間に置換値を越えた脇腹が熱を持ったように痛みだす。呻き声が微かに喉から漏れた。


「いくらなんでも冗談だろ」


 中腰になって脇腹を抱えたメインをアルスは冷ややかに見下ろしていた。小芝居だったらまだ許せる。しかし、今、彼は脇腹の激痛に耐えるようにグッと目を瞑り、痛みをやり過ごそうとしていた。いや、それに邁進しているのだ――目の前に敵であるアルスがいるにも関わらず。


 魔法が未熟であるのならば、それは新入生だからという言い訳も通用するだろう。だが、これはどうだろうか。痛みというものに対しての耐性が皆無である証だ。


「さすがに拍子抜け過ぎるぞ。まったくもって今年は……特に不作なようだ」

「――ッ!!」


 メインの手の中に生み出された冷気。それは握りコブシの中で構成されていた。

 俯き、悟られないようにメインは痛みを一瞬だけ跳ね除けるために大きく息を吸い込む。


 アルスの言葉に即座に反応したメインは瞬時に魔法を構築して上体を起こした。一矢報いるためならば卑怯だと誹られてもいい。自らを信じて磨いた力を「不作」の二文字で片付けて良いはずがない。だからこれはただの意地であったのかもしれない。


 メインが今使える魔法はたったの二つしかなかった。一つは誰もが最初に習得する初位級魔法の【アロー】。そしてもう一つはテスフィア指導の元、やっとのことで習得した魔法である。


 俯いた視界の中ではアルスの爪先が映っている。そこから推測される距離は十分射程内にあった。

 寄りかかるために地面へと突き刺した剣を抜き、手首を返す。息を止めて全力で下段から斬り上げる。

 

 だが、斬り上げた剣は最高速度に到達する前にピタリと止められた。それも足で踏みつけるように刃を足底で受け止めていたのだ。


「嘘だろ……」

「嘘だとよかったな」


 愕然とする暇は寸刻もなかった。それでも最初の一撃を弾かれた経験が活きたのかもしれない。受けた衝撃は言葉ほど深刻な遅滞は生まなかった。


 空いたもう片手をメインはアルスの顔目掛けて突き出し、同時に掌が開かれる。そこから生えるは氷の棘、生み出される速度は更に縮まった距離に反応できるはずがなかった。


 しかし、それも……。


「――ッ!?」

「これも嘘だとよかったか?」


 軽く開いた手の指先が氷の棘の先に触れただけで押し留めさせていた。これ以上進むことを拒むように氷の棘は停止してしまっていた。

 生身で魔法を受け止めるという光景は、魔法という武器の優位性を否定するものだ。


 無論、アルスは生身で受けたわけではないが、やはり魔力操作という技術についての知識が浅ければ当然の反応。

 彼がテスフィアの指導を受けている理由というのは、少年が持つAWR――その魔法式を見れば検討はつく。

 そこから考え出される魔法の系統も容易に推測できた。推測する必要があるかと聞かれれば、やはりないのだろうが。


 アルスの魔力操作、それを魔力刀のように強固に定義付けてやれば、下級生程度では突破することはできない。それほどまでにメインの魔力は純粋であり、未熟である。そこから組まれる魔法は当然、脆弱なものだ。


 順位からしてもそうだ。当時のテスフィアやアリスとは更に比較にならないほど酷かった(・・・・)


 ――理事長があの二人を推したのは、本当に優秀だったからか。


 少しアルスの頬が引き攣ってしまうが、それも仕方のないことだ。学内という小さな枠の中ではあるが、テスフィアとアリスは当時から異彩を放つだけの才覚があったのは確かだ。片鱗は感じていたが、それが開花したのは本当に最近のことなのだろう。


「……!! おい! 何を呆けてる」


 ぐぐっと軽く指先を押し込むだけで氷の棘は崩壊していく。パキパキと構成が砕けていく無残な音が魔法を塵芥と還す。破砕された氷は地面に到達する頃には全てが霧散していた。


「さて、じゃ行くぞ。死なないことだけに専念しろよ」

「……うッ!」


 メインの腹部に食い込む拳。その痛みは身体を駆け抜けて初めて気づくものだった。打たれるという認識や、心構えがあれば自然と防ぐために筋肉は反射的に備えるものだ。

 だが、メインは殴られて初めて殴られたことを認識した。身体が殴られてから硬直する。


 身体をくの字に曲げて、膝が折れようかという時、メインの身体はそれを許さないように襟を引っ張られた。休息を求めた足は意思に反してみるみる地面から離れていく。


 身体を滑らせるようにメインの脇を抜けたアルスはそのまま襟を片手で掴む。

 メインはそのまま片手で投げ飛ばされた。

 僅かな浮遊感の直後、更にもう一撃、腹部に蹴りが見舞われた。それは放られただけの身体に更なる加速を与えるほどの衝撃であり、メインの身体は放たれた矢の如く一直線に吹き飛んだ。


 朦朧とする意識の中で、メインはやはり悔しさのみを抱いていた。勝てないことはわかりきっていた。当てればよいなんて条件が簡単ではないことも。

 それでも少しは自分に期待していたのだ。思いだけは屈さない。そうすれば想いは力を貸してくれるのだと。



 壁面への衝突を待たず、吹き飛ぶメインを爆発的な速度で追い抜いたアルスはその背中を蹴り上げた。またしても直角にメインの身体は進行方向を変える。

 高く高く、照明に届きそうな勢いは後少しのところで上昇をやめてしまった。


 メインの視界にはそんな白色の光で満たされていた。それが照明であるのか、今の彼にはわからなかったことだ。ただ明るく、至近距離から注がれるその光に目が眩むことはなかった。


 上昇が止み、僅かばかりの滞空時間を少年は朧気に体感していた。薄目を開けて意識が夢の中に誘われるような感覚が満たされていく。


 だが、そんな照明を覆い隠して人影が視界の中に飛び込んできた。その人物の陰影は頭上から光を浴びて薄ぼんやりと輪郭を浮かび上がらせていた。


 アルスは飛び上がり、頭までつきそうなほど足を引き、半円を描いて踵を振り下ろした。


「――!」


 アルスの予定としてはこれで十分な成果を得られるはずだった。テスフィアとアリスのように直接的な魔法は使用していないが、それでも同様の成果が期待できるだろう、と。

 そう思ったのだ。

 だが、実際はどうだろうか、勢い良く決着の踵を振り下ろした直後、少年は確かに腕を交差させて防いだ。


 威力までは殺せないが直撃を免れたことにアルスは意外感を禁じ得なかった。

 猛スピードで落下する少年。アルスは振り下ろした足の勢いのまま、空中で上下逆さになる。背後に生み出されたのは空間干渉魔法による対物障壁だ。

 それを足場にアルスは面白みを覚えたように急降下して追いすがった。


 落下までの時間は一秒程度。

 その間にアルスは拳と蹴りを一発ずつ放った。どれも意識を断ち切らせる目的ではなく、先程防いだのが偶然ではないことの確認作業であった。だから威力も組手のように押さえられている。

 だが、メインは全ての攻撃をその身に受けた。


 その意味をアルスが察したのはメインが地面に足を向けた時だった。着地の態勢になったのだ。

 受け身などまるで出来ておらず、直感的に少年は地面に激突することを避けた――それがもっとも自らに与えるダメージが大きいと判断して。

 両手、両足を地面につけてなんとか無防備で衝撃に晒されることを逃れたのだ。


 彼の目はすでに焦点が定まっていない。あれほど息巻いていた口も不規則で荒々しい呼吸を繰り返すのみだった。

 それでも、意志の力のみで立ち上がろうとする――刹那。

 メインの胸にアルスの手が添えられた。


 腕の伸縮だけで、それこそ軽く押されたようにメインは感じた。何よりそれを見ていた全員がハタリと仰向けに倒れるだろうと思っていた。

 しかし、次の瞬間、メインの身体は何かに引っ張られたように吹き飛んだ。

 目の前で強風に晒された羽根のように荒々しく、見えざる力が少年のひ弱な身体をやすやすと攫っていく。


「…………こいつ」




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