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挽回のため闇夜を駆けるⅢ




 アルスは身支度を整えて素早く【フォールン】まで駆けた。さすがに道中転移門を使わないと不審者とされかねないため、正確には学院から最も近くにある転移門までは走って向かう。

 伝手を使ってなんとか職人たちをブドナのアトリエまで呼び出すことには成功したのだが。


 集まること数十人の技術者たちが窮屈なアトリエに収まらず、外にまで溢れ出ている始末だ。しかし、今日という一日に備えていたこともあり、普段はAWRだったりと物騒な物を作っている連中も商戦に勝ち抜くために腕によりを掛けた品々を制作していた。

 もちろん、すでに店じまいした後のため売れ残りしかないのだが、それは致し方ない。寧ろこれだけ集まっただけでも感謝せねばならないのだろう。


 とはいえ、この街で店を構える者にとってアルスという上客を知らない者はいまい。万が一いるとすればモグリだと思われても仕方ないほどである。その素性について大半は知らないことではあるのだが。


 もちろん、今回集まった理由はただの上客だからというわけではない。寧ろ、ここにいる職人はそれほど食うのに困っている連中ではないのだ。

 だからこれは日頃の感謝という他ないのだろう。少なくともアルスが【フォールン】に足を運ぶようになって技術者たちの間では考えも付かなかった手法や魔法についての助言をもらえることもある。そのおかげで今がある者も少なからずいるのだ。


 AWRの生産量において軍や大手に適わないものの、こうして生き残っていられるのは独自の技術があるからだ。職人技とも言えるが、そこにアルスの知識や奇異な発想があることは疑いない。


 だからこそ、今日は利益のためではない。


 軽く挨拶を交わしたアルスは、事情を説明し、プレゼント用の品々を見せてもらう。

 喜々として風呂敷を広げるが、彼らの目は真剣そのものだった。


 だからこそ何が良いかを模索し始める。万が一にも下手なものは渡せない、ここで彼に見向きもされないような看板はないだろうが、それでも素通りされでもしたら技術者としての腕に差し障る。


「そ~か、内の嫁さんにはこういうネックレスを贈ったが、ちと婆婆くせぇな」

「おい、お前んとこの鬼嫁が聞いていても知らねぇぞ」

「ビビらせるなよ。とはいえアルスさん、どういうの、とかないんですかね。ここには結構種類があるとはいえ全部を見ていたら夜が明けちまいますぜ」


 確かに彼らはアルスからの号令で集まったために今日の売れ残りだけではなく、店中の商品をかき集めてきたのだ。

 ましてや事情を聞けばプレゼントだという、男たちは事前に言ってくれればと声なき声を聖なる夜に静かに響かせたほどだ。

 こういう時でもない限り彼らがアルスにできることは少ない。というのもAWRならばまずブドナが御用達となっているからで、たまに話を聞きに訪れるぐらいなのだ。


 しかし、今回本命となるのはブドナではない。ブドナはAWRに関しては【フォールン】随一だが、それ以外に関してはセンスがない。というか基本作らない。

 だから、こういう時は露店というしのぎを削ってきた者が陽の目を見るチャンスである。


 かといって下手な物を売りつけるわけにいはいかない。


「どういうの、と言われると困るな」

「ここにあるのは基本的には女性に向けて作った物が多いですが、それでもピンきりですからね。ネックレス一つ取ったって何十種類とありますぜ」


 アルスの口を遮り、真っ向から職人たちは意見を交換する。


「ちょっと待て、学院生ともなると少し大人っぽすぎしないか」

「いいや、今時の子はもう大人だ。そういう固定観念は古いぞ」

「ぐ、さすがに露店街ナンバーワンは言うことがちげぇ」


 今日に合わせて剃ったのかツルツルの顎を誇らしげに撫でる男は得意気に語る。


「今時は子供だなんだと括ってる内は客の真の要望に応えられねぇ。学院生っていやぁ、もう大人だ。子供だましが通用するはずがない。かと言って大人になりきれていなく、やり過ぎると扱いきれねぇんだ。だから…………あれっ」


 演説まがいに脇道で高らかと力説する男はこの話にアルスが混じっていないことを知り、素っ頓狂な声をか細く鳴らす。



 正直、時間がないのだ。

 ただでさえ見るのに時間が掛かるというのに。なのでアルスは無視して風呂敷をアルス一人のために並べ広げた商品を見て回る。


 そしてふとその足が止まると、技術者の親父共がこぞって覗きにくる。


「おぉ~こりゃすげぇな! 精緻な細工にこのデザイン、お前さんここらへんじゃ見ないな。それにAWR職人でもないだろ」


 親父の言うとおり、アルスも一先ず乗っかった。


「確かにな、材質がAWRに用いられるものじゃない。寧ろ、こういう材料はあまり好まないからなここにいる連中は」

「ハハッ、これは手痛いですぜぃ」


 そうAWR職人といえど、手先は器用なものだ。ただAWRに魅力を感じてやっているような連中なだけあり、材質にはそれなりのこだわりがある。要は丈夫な物であったり、が該当する。

 その点、目の前に広げられた品々はどこか脆そうな印象がある、その一方で繊細な細工は儚いが故の魅力があった。


「つい最近、ハルカプディアで修行を終えて、ここで店を構えた新参者です」

 

 職人にしては細身であり、その指は女性のように細い。ハットの下で細い目は常に柔らかい印象を見る者に与える。


「ハルカプディアか、あそこは確かにチマチマしたことをさせたら右に出るものはいないからな」


 そんな褒めているのか貶しているのか判断のつかないことを言う親父にアルスは溜息を溢しながら。


「おい、AWR職人が滅多なこというな。さすがにこっちが心配になるぞ」

「おっとこれは失敬失敬」


 アルスの諫言にペシペシと自分の頭を叩くが、この男も十分手先は器用な部類だ。そもそもここにいる職人は割りと魔法式も自分で刻むため決して不器用などではない。

 それでも、やはり着眼点は違うということなのだろう。


「私はてっきり集会か何かと思い、挨拶にと着いてきただけなのですが。噂はかねがね……是非お手にとっていただければ」

「おい、どんな噂を流してやがる」


 呆れながら見つめるが、男衆は苦笑を並べて流す。

 それに応えたのは新参者のやさ男だった。


「何でもアルファの【フォールン】は誰も思いつかないような匠技が広く多岐に渡ると、そして一際腕の立つ技術者界隈では一目で腕を暴かれるような慧眼の持ち主がいるとお聞きしまして」

「それほど大したものじゃない。が、ここにいる連中は【フォールン】でも特に腕の良い連中なのは確かだな」


 アルスにそう言われ、照れくささを隠すように鼻の下を擦る男たち。


 風呂敷を広げるやさ男の品物は基本的にはブローチしかない。しかし、花をモチーフにしており、一つとして同じものはなかった。


「こちらはハルカプディアに伝わる伝統のようなものです。元々は西から伝わったとされています。花の一つ一つに象徴的な意味を持たせたものなのです」

「それは面白いな、これは何ていう意味なんだ?」


 アルスが指差した先には琥珀色の花のブローチ、隣にも似た白い花があった。

 それを見た男は細い目を完全に閉ざし、吟遊詩人の如き音色で声を響かせる。


「そちらは【純粋】【無垢】【高貴】です」

「なるほど、意味を持たせるのは確かにアルファではない考えだな、そっちの五枚の花びらが付いた方は?」

「はい、【精神美】【優美な女性】となります。ただこちらの花については絶滅植物とされておりますので、今では図鑑でしか見ることはできないと思います」


 それからというもの、広げられた品物の全てを説明してもらい。

 最後の一つ、星型に近い鮮やかで透明感のあるパープル。


「これが最後になりますね【清楚】【誠実】【従順】……そして【永遠の愛】」

「かは~ダメだおりゃ、そういうこと面と言われると鳥肌が……ねぇダンナ?」

「それはあんただけだ。さすがに最後のは強烈だけど良いんじゃないか。お前も一つ買って、奥さんの耳元で愛を囁いてみたらどうだ?」


 ブルブルと身震いしながら顔を左右に振る男は次に「張っ倒されますぜ」と表情を強張らせた。


 確かに小っ恥ずかしさはある、しかし、それを補足するようにハットの下で苦笑いを浮かべて男は告げる。


「何も込められた意味を正直に伝える必要はありません。これは渡した側が内に秘めて贈るだけでもいいんです。それに普通は象徴とする意味など知らないものですし」


 そうであるならばアルスに迷いはない。まさに彼女たちにピッタリだろうと、四つほど頂くことにした。

 材質は一般的なもので、基本的にはAWRに用いられるようなものでなければ早々値が張るものではない。そんなこともあり、アルスは綺麗に梱包された丸箱を受け取る。


「お買上げありがとうございます」


 そして男臭い連中に背中を押されて、アルスは更けった夜を歩き出す。その指針は学院へと向いていた。




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