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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「勝者と敗者の区別」
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道連れの行方



「――速いッ!!!!」


 意表を突かれ、反応する速度を上回って振り上げられた【八津原の剣】はメクフィスの胸を切り開くように深く切り傷を刻む。

 これだ、これが怖かったのだ。

 傷口は斬られた後も余韻を残すように開いていく。魔力そのものを分離させる、剣。魔法や魔力を阻害することなく反射し反発させる。


 膨大な血液が噴出するが、それでジャンの手が止まることはない。微塵の思考を揺らすことはなかった。ジャンの目はただ真っ直ぐメクフィスを注視しているのだから。


 ――不味い!!


 一気に後方へと跳躍するが、即座に距離を離さないようにピタリと追いすがってきた。メクフィスにとってあの剣は天敵と言える効力を宿している。

 そしてこの確定的欠点にジャンも気付いていた。だからこそ、絶対に逃がさない。


 振り被るジャン目掛けて片手を突き出し、魔法を――。


「アアアァァァ!!」


 肘下までを縦に両断され、裂かれた腕が赤い血が異様なまでに溢れ出す。反射的にもう片方を突き出すが今度は手首から先が斬り飛ばされた。即座に修復することができない。斬られた箇所が反発するような効力をしばし残すからだ。

 数秒……数秒経てば…………しかし、そんな時間をジャンは与えてはくれなかった。


 溢れる血はメクフィスにとって重要な情報だ。身体の一部が体外に捨てられる感覚が恐怖を植え付けてくる。その奥で何かを近づけているような、不安とも期待とも取れる何かがある気がした。


 せっかく集めた素体が漏れていく。


 敵を目の前にしてメクフィスは感情のままに背を向けて一気に飛び上がるが。


「――!!」

「どこへ行く……」


 恐怖に駆られた行動は単調な逃げを選択し、案の定跳躍した直後に足をジャンに掴まれる。身体をそのまま地面に叩きつけられ。


「どれだけ溜め込んだ。後どれぐらい血を流せば死ぬ」


 冷淡に告げられる言葉の後。心臓の上を【八津原の剣】は容赦なく貫き、地面もろとも串刺しにした。


「アアアアアァァァァ……私の素体があぁぁ……」


 そう発した直後、アルスの表情が溶けるように崩れる。


 ――まずい、情報が漏れた!!


 身体を構成するための血液はその情報を含めてメクフィスに吸収される。それは彼の膨大な血液量が物語ってる。しかし、その膨大なまでの血液量に含まれる情報は混在した状態であるため、宿主であるメクフィスでさえ整理ができないのだ。

 だから、血を流せば補填が利くようなものではない。血を流すことは取り入れた情報が漏れることと等しい。


 どの素体が漏れたのか、感覚的にわかっても意図的に漏れないように隠蔽することはできないのだ。

 だからこそ、アルスの情報の一部が漏れたことは不運でしかない。


 しかし、少なくとも偶然ではないほどに数百、と取り込んだ素体は確実にその数を減らしていた。

 ただ何か、いつかの遠い記憶が蘇りそうな気がしていることだけは確かだ――人として生きていた頃の記憶が。



 胸に突き刺した刃がギリギリと身体の中の肉を裂いて進んでいく。そのまま真横に抜けようかという時。


 ――折角の素体を!


「――――!!」


 口からも大量に血を吐き出し、なおメクフィスは不気味な笑みを張り付けて刃を握り込んだ。


「認めましょう。あなたは私を殺せる――それは殺せる力を持っているという、だけっ。ククッ!!」


 ぎこちなく口元を緩めて最後の抵抗、アルスという素体情報が彼を形作る要素を損失させてしまう前に。

 むざむざ、せっかく手に入れた素体を手放したりはしない。しっかりと置き土産は残しておかなければならないのだ。


 メクフィスは走馬灯のような瞬刻の間に嫌な思考が過る。クロケルが死ぬと言っていたが、それはアルスと対峙した結果だと思っていたが、果たしてその運命が変わるのか。

 些細な博打だ。これで自分もすべての素体を損失させてしまえば果たしてどうなるのかわからない。

 だからこそ試す価値がある。


 ――これだけの至近距離で防ぎきれるかな?


「【空置型誘爆爆轟デトネーション】!!!」

「――ッ!!」


 メクフィスの目の前、ジャンの目の前に瞬く光点。いや、それは二人を取り巻くように視界の端々で一瞬の輝きを放つ。

 直後、人の身体など瞬時に吹き飛ぶほどの爆発の連続が轟いた。膨れ上がる炎の波、次々に重なるように押し退けては呑み込む爆轟。


 刹那的な爆発は対処すらさせまい。そう信じて発動した自爆。

 メクフィスは賭けに出たのだ。回避が不可能であり、防御すらおそらく間に合わない。ジャンのAWRをもってしても僅かに間に合わない。それは自らにも言えることだ。



 衝撃波だけで軒並み木々を圧し折っていく。それほどの威力、肉片すら残さない破壊力。そしてアルスの魔法工程を引き継いだのだ。その構成密度は彼には及ばないだろう。しかし、その発動速度は比肩する。



 時間にして数分程度だっただろうか。正確には居座ったように溜まった黒煙が晴れるまでの時間ではない。身体の一部が辛うじて残ったメクフィスが再生するまでにかかった時間だ。


 それはジャンに斬り飛ばされた片手であった。そこから腕、胴体と徐々に真っ赤な液体が形を作っていく。幸いにもまだメクフィスとしての根源的情報の基盤が片手に移動されていたのは万が一のために分身として切り落とさせたからだ。


 こんな保険を使うことになろうとは。


 色が付いた時、メクフィスは顔を歪めると同時にこの身体が最後に残った素体としてどこか納得できるような気がした。


「運は尽きていないようね。それにしても最後にこれが残るのね……ヨル」



 それは最初に姿を変えた妙齢の女性の姿であった。紫紺の髪に、肩側だけ纏めた団子を作るこの姿。しかし、唯一その服装は変わっていた。ダークスーツではなくどこか魔法師らしさが伺える変化。無意識に漏れた名前はどこか懐かしい響きを伴った。言葉遣いさえも自然に漏れ出たものだった。だが、その意味にメクフィスはまだたどり着けない。本当にあと少し……という感覚だけが胸の内で疼く。


 吸収を繰り返し記憶が混濁する中で、古い記憶は思い出すことすらできないほど上書きされてしまった。いつから過去に固執しなくなったのかもわからない。


 それでもその最奥部には自分が求めた生きているという実感があるのだろうと確信していた――いや、いまだからこそ確信する。


「あら! …………気持ちが悪いほどしぶとい人」


 薄れていく煙の隙間に白銀を見てメクフィスは呆気に取られたような顔で驚いてみせた。


 だが、ジャンの全貌が露わになった時、メクフィスは予想していたように頬を限界まで持ち上げる。まるで円弧を描くほど醜悪な笑み。


 それはジャンの防御が間に合わなかったことを意味した。

 前面に展開した白銀の盾は身体の半分ほどしか防げていない。そして彼が抱えるように腹部を押さえている。指隙間から抑えようもない血が止めどなく溢れている。

 左半身は業火に焼かれ、赤く爛れている。


 だが、瞬時にジャンは【フリーズ】で損傷箇所を凍らせた。その表情は苦痛に堪える。


 一方でメクフィスはほぼ無傷に等しい――外見上は。

 そうあくまで外見上、見た目の上での話だ。事実メクフィスに残された素体の数は現状ヨルと呼ばれた存在しかいない。

 だからこそ、勝利の美酒を味わうような緊迫感の欠片も感じさせない。それはこの素体が特殊で特別だからなのだろう。


 メクフィスにとっての単純な戦闘力で、という意味だが。





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