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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第5章:ミンダウガス王の治世、そして大公国へ
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キプチャク汗国戦の後

 リトアニア王国がキプチャク汗国を食い止めた。

 この報に接したローマ教皇アレクサンデル4世は狂喜乱舞する。

 どれだけ浮かれてしまったかというと

「タタールに対し、十字軍を派遣する。

 タタールに苦しめられている正教会の国々を救うのだ!」

 と言い出した程である。


……どの国も応じなかったが。


 一方、リトアニアという小国がモンゴルを撃退した事で、ヨーロッパ諸国は一安心したようだ。

 と同時に

「タタールも案外大した事ないのではないか」

 と気を緩め始める。

 この気の緩みは、今までは「対タタール」でリトアニアやルーシ諸国に譲歩していたものを、改めてしまう。

「タタールに対する障壁」となるから、多少の事には目を瞑っていた。

 しかし、なんかタタールに勝てそうだ。

 だったら、宗派が違うルーシ諸国や、小国のリトアニアに気を遣う必要もない、という事だろう。




「よし、タタールに降伏の使者を送るぞ」

 ミンダウガスは自国の勝利に、全くもって驕っていなかった。

 所詮は一部の軍を局地戦で撃破しただけのもの。

 焦土作戦によって、侵略する価値が無いと錯覚させただけのもの。

 勝利とは言っても、薄氷を履むが如きものであり、次の対応を間違ったら今度こそ潰される。

 王宮の一同は、事前にミンダウガスの方針を聞いていたから、驚く事はしない。

 リヴォニア騎士団から派遣されて補佐官を務めているクリスティアヌスが聞いたら、全力で止めたかもしれない。

 だが彼は、一時帰還したリヴォニアからまだ戻って来ていない。

 邪魔しそうな者が戻る前に、直ちに使者がキプチャク汗国に派遣される。


「我々に逆らっておきながら、今更降伏したいとは良い度胸だな」

 大ハーン・ベルケはリトアニアからの使者に怒号を浴びせる。

 幕舎の中の側近たちも同様だ。

 殺気が満ちている。

 普通の者なら、縮こまってしまい、使者としての任に失敗するか、自分だけ助かろうとキプチャク汗国に媚びを売って自国を売るような行為に至ったかもしれない。

 だが、この使者は曲者であるルシュカイチャイ家の最長老キンティブタス公であった。

 もう相当な高齢である。


「良い度胸と褒めて下さいますか、嬉しいですなあ」

「お前たちの厚かましさを責めておるのだ!」

「厚くお礼を申し上げると?

 いやいや、恐縮しますな」

「貴様! 我々を愚弄するか?」

「あんだって?

 ちょっと耳が遠くて聞こえませんな」

「お前はミンダウガスの使者だろう?」

「とんでもねえ、あたしぁミンダウガスじゃないですよ」

「一体何なんだ、この爺ぃは!」

 話の通じなさに、ベルケは周囲に聞く。

「この老人は確かに、リトアニアの公爵の一人です。

 我が国とも取引があったので、覚えています」

 降伏したハリチ・ヴォルィニの貴族の一人が、嫌な物を見る目でありながらも、正しく答える。

 この場合、嘘を言って後からバレる方が命に関わるからだ。

「本物か……。

 よし、お前文章で交渉しろ。

 貴族なら読み書きは出来るだろう?」

「その方、確かに読み書きは出来ますが、ルーン文字しか分かりませんよ」

「お前、そのルーン文字とやらを使ってみろ」

「あんな古代言語、もう知ってる人はルーシ人にはいません」

「なんという事だ……」

 ベルケは頭を抱える。

 とんでもないのが使者として来たようだ。


「大ハーンには、降伏をお許しいただけて幸せです」

「許しておらん」

「つきましては、降伏の条件として、朝貢は無し、出仕も無しという事で」

「降伏を許しておらんし、なんだ、そのナメくさった条件は?」

「おお、流石は大ハーン。

 我々のナメた条件を認めて下さると。

 寛大さを神に感謝します」

「貴様の神は許しても、我々の神は許しておらんぞ」

「とんでもねえ、あたしゃ神様じゃねえよ」

「ダメだこりゃ……」


 ベルケにしたら、既に様々な報告を受けている。

 沼ばかりで草原も広くは無く、無理して攻めても得る物が少ない。

 攻めても逃げるばかりで、まともに戦わない。

 かと思えば、実際に戦うと結構強い。

 そしてノヴゴロド公国とウラジーミル大公国から、赦免依頼が届いている。

 だからベルケとしたら、形だけでも降伏するなら、それ以上無理する気も無かった。

 ただし、使者次第では恫喝して、莫大な朝貢をさせ、自分の足元に王をひれ伏させるよう外交を行っていたのだ。

 まさか、暖簾に腕押しというか、ボケ倒すというか、コントのようなシーンを作り出す老人が出て来るとは思わなかった。

 怒って殺してしまっても良いが、それでも相手は降伏の使者。

 同じように降伏した周辺民族やルーシ諸国の者が居る前で、使者を殺すのも得策ではない。

 これが若い男で、ナメた態度を取るなら無礼を責めて殺し、代わりの使者を求める事も出来る。

 しかし目の前に居るのは弱々しい老人で、その態度は一応礼儀をきちんと守ってはいる。

 耳が遠い演技が鼻につくが、それを利用した交渉術は中々のものだ。

 普通なら委縮して、こんな演技をしていられないだろう。

 そのクソ度胸を買ってやろう。


「ああ、もう良い。

 リトアニア王の降伏を認める。

 後は臣下の者たちと話すように。

 次の使者は、その方以外を望む」

「次の使者も私を望む、と。

 気に入られたようで光栄です」

 ベルケはもう付き合い切れず、幕舎を出ていった。


「大ハーン、よろしいのですか?

 あんな態度の属国など認めてしまって」

「西に構ってはおられん。

 南の方が問題だ」

「左様でした」


 リトアニアには、またも国際関係上の問題が味方をした。

 この時期のキプチャク汗国は、南のイラン方面で勢力を築きつつあるフレグと対立状態にあった。

 ベルケの甥がフレグを呪詛したとか、援軍で出した親族が不審死したとか、それを毒殺と言った者が実際にフレグを呪詛したとか、そう言ったオカルトな事からモンゴル人同士の対立が起きる。

 ベルケにしたら、小国リトアニアよりも、同じモンゴル人のフレグの方が余程警戒せねばならない相手だ。

 ミンダウガスが降伏し、形式上領土に加わったのなら、もうこれはおしまい。

 以降は無視して問題無い。




 こうしてリトアニアは、対モンゴルの問題を片付けられた。

 大きな犠牲も出した。

 モヒルナの戦いに勝ちはしたが、モンゴル騎兵と戦った軽騎兵の損害は大きく、健在なのは2割に満たない。

 いくら奪われるものが無いとはいえ、焦土戦術を行った国土も荒れている。

 城や王宮も作り直さねばならない。


「軽騎兵たちは残念だったが、国民がほとんど無事だったのは幸いだ。

 キンティブタス公、大仕事ご苦労様です。

 貴方の老獪さが生きたように思います」

 ミンダウガスが満面の笑みで、生還した長老を出迎えた。

 その横では、リヴォニアから戻って来た補佐官のクリスティアヌスが渋い顔をしていたが、リトアニアの惨状は彼も道中見て来た為、文句は言わないようだ。

 これ以上「ヨーロッパの為の障壁になれ」とは言いにくい。

「王よ、もう老体をこき使わんでくれ」

「分かっています。

 ですが、これは貴方にしか任せられなかった」

「もうこれっきりだからな。

 わしはもう死ぬからな」

「そんな事を言わずに、長生きして下さい。

 死の神ピクラスには待って貰うよう、祈りますので」

「王はもうキリスト教徒、ピクラス様は願いを聞いてはくれんでしょうな」

 その会話に、敬虔なキリスト教徒クリスティアヌスは、またも嫌な顔をするものの、老人に対する礼儀なのか特に何も言わなかった。


 キンティブタス公は役目を負えたその年、ピクラス神の住まう冥界に旅立った。

 21人の公爵の最年長は、この世での仕事を全うして去った。




「陛下、一大事です」

 モンゴル問題という、生涯をかけて対応して来たミンダウガスの肩の荷が下りたにも関わらず、彼に平穏な日々は来ないようである。

 何が起きたか報告を聞く。

 それは甥で、ジェマイティアの総督トレニオタがクールラントに侵攻、そこで多数のドイツ騎士団の騎士を殺したというものであった。


 ジェマイティアは、カトリックへの改宗をしていない。

 ジェマイティアは、ミンダウガスがリヴォニア騎士団に加入する際に寄進した地である。

 現地ジェマイティア人と、ドイツ及びリヴォニア騎士団とは対立していた。

 ミンダウガスは「寄進はしたが、騎士団の一員である自分が統治を任されるべき」と主張し、今まではそれでどうにか収まっていた。

 小競り合いは続いていたが。

 しかし、ミンダウガスは対モンゴルに掛かり切りになり、トレニオタに自由裁量権を与えた。

 その上、時機が悪い事に先任のジェマイティア公で、21人の公爵の一人でもあったエルドヴィラス公が寿命で亡くなってしまう。

 足枷が外れたトレニオタは、クールラントに侵攻した。

 そこで騎士団に支配されているセミガリア人の解放運動を行う。

 このトレニオタを迎撃に来たドイツ騎士との戦闘が起こった。

 スクオダスの戦いである。

 その結果、トレニオタが勝利し、クールラントではセミガリア人の大規模な反乱が起こる。


「まあ、確かにタタールに俺が殺された場合を考え、トレニオタには好きに動けと言ったのだが……。

 勝って帰って来た以上、頭が痛い問題だなあ」

 そうボヤいている所に、クリスティアヌスが駆け込んで来る。


「ドイツ騎士団本部より、使者が来ています」


 ミンダウガスに謁見した使者だったが、もう気を遣う必要がないせいか、実に横柄な態度であった。

「其方から寄進されたジェマイティアから、異教徒トレニオタが我がクールラント領を侵した事は知っているな?」

「知っている」

「其方にこれをどうにかする力は無いと見た我々は、直接トレニオタを討つ。

 今回はその通達に参った」

「待って欲しい。

 あれは我が甥だ。

 どうにかするから、俺に任せて欲しい」

「タタールとの戦い、実に見事であった。

 褒めてやると、我が騎士団長は言っていた。

 だが、被害も大きいようだ。

 其方は大人しく国の再建をしていれば良い。

 トレニオタは我々が討つ、これは決定事項である」

「国王陛下、これは我々の落ち度です。

 もうどうにも、騎士団本部の怒りは収まりますまい」

 クリスティアヌスが代弁し、ミンダウガスも下唇を噛んで悔しい表情となった。


 東が片付いたら、西の問題が発生する。

 リトアニアの綱渡り状態はまだ続く。

おまけネタ:

(あくまでもジョークで)

ミンダウガス「それにしてもキンティブタス公、耳が遠いフリでよく乗り切れましたね」

キンティブタス「まあ、あの時は神が下りて来ていた。

 あの芝居でも、ベルケ汗は苦笑して付き合ってくれたよ」

ミンダウガス「はて?

 どのような神でしょう?

 心当たりがないのですが」

キンティブタス「笑いの神ケンシムーラとか言って、本当は今から800年後の神だそうじゃ」


そのお陰で、どうにか「ダメだこりゃ」で済ませてくれた模様。

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