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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第5章:ミンダウガス王の治世、そして大公国へ
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リトアニア国王戴冠

「おお、ついにリトアニアのヴィリニュスとかいう場所に聖堂が完成したのか!

 それは素晴らしいぞ。

 どこかは知らないが。

 まあ皆の者、よくやってくれた、余は嬉しいぞ」

 ローマ教皇インケノティウス4世は喜びを口にする。

 ある意味、リトアニアの地は東方正教会(オーソドックス)との奪い合いの地でもあった。

 地理的に正教会のルーシに隣接している為、もしも異教から改宗するにしても、正教会の側につく可能性があったのだ。

 それがカトリックを選んでくれた。

 ミンダウガスには大いに神の恩寵を授けてやらねば。


 ローマは新都市ヴィリニュスに司教を派遣し、ここを新しい教区とした。




 西暦1253年7月6日は、リトアニアにとって重要な記念日となる。

 ヴィリニュス聖堂において、司教ハインリヒ・ハイデンリヒ・フォン・クルムによるミサが執り行われた。

 その後、ローマから派遣された教皇の代理人アンドレアス・スティルランドが、ミンダウガスに王冠を授け、妻モルタにも祝福を与えた。

 こうしてこの国は「リトアニア王国」として、欧州世界にデビューしたのである。

 そしてリトアニア王となったミンダウガスは、早速政略結婚を推し進めた。

 相手はハリチ・ヴォルィニ公国の公子・シュヴァルナスである。

「とりあえずローマ教皇に報告だけは入れておくか」

 折角カトリックを受け容れた国が、正教会の国と婚姻とか、不信感を持たれてしまう。

 既に数年前に交わしていた約束で断れないという体裁を取り、正教会に転ぶという疑念を消しておく。

 補佐官クリスティアヌスは、王の命を受けて教皇に書状を送る。

 それを読んだローマ教皇インノケンティウス4世は両国の婚姻を喜んだだけでなく、

「賢い余は閃いたのだ!」

 とばかり、こちらも唐突過ぎて理解が追いつかない事をやってのけた。


「我々の最も新しい神の僕・ミンダウガスが縁を作ってくれたのだ。

 これを利用するのだ。

 ハリチ・ヴォルィニ大公ダニエル・ロマノヴィチをロシア王に叙するのだ!!

 これでダニエル・ロマノヴィチも余に感謝するだろう!」


 恐らく使者を迎えたダニエル大公も、頭の上に「?」の文字が乱舞する感じになっただろう。

 彼はキプチャク汗国からの離脱を考え、欧州各国に救援要請をしていたが、いずれの国にも断れている。

 一方で、ボヘミアに攻め込んで領土拡大をしようと画策するも、これに失敗。

 上手くいっていない中、隣国リトアニアの姫を迎える政略結婚が進んでいる。

 婚約をした時期には、ダニエルはハリチ公兼ヴォルィニ公で、最後のキエフ大公という称号を持っていた。

 それに対し相手のミンダウガスは、当時はキリスト教社会では非公認のリトアニア公。

 格としてダニエルの方が上だったのだが、つい先日それが逆転。

 ミンダウガスは「王」であり、「大公」のダニエルより格上となった。

 それも面白くなく、どうにかしたいと思っていた所に、正教会ではないカトリックの総本山から

「汝をロシア王にするから、有難く受けるのだ」

 と言って来たのだ。


 いきなりだったので理解が追いつかなかったダニエルだが、冷静になるとローマ教会の思惑が見えて来る。

 彼等は、モンゴル帝国に対する障壁として、ルーシ諸国を利用したいのだ。

 ただし、既にチェルニゴフ公国、ペレヤースラウ公国、モスクワ公国は滅亡。

 ハリチ・ヴォルィニ大公国と並ぶ大国ウラジーミル・スーズダリ大公国は、完全にキプチャク汗国の冊封を受ける事になった。

ネヴァ川の英雄(ネフスキー)」ことアレクサンドル・ヤロスラヴィチは、対ドイツ騎士団では強硬路線だが、対モンゴルでは真逆であり、不戦の姿勢を崩さない。

 このアレクサンドルが、ノヴゴロド公を退任し、父の後を継いでウラジーミル大公に就任。

 こうしてノヴゴロド公国とウラジーミル大公国は、ダニエルの「反タタール」の呼びかけに応じる事は無くなった。

 となると、ルーシにおいてモンゴルと戦おうというのは、ハリチ・ヴォルィニ公国だけである。

 ローマはそこを見逃さない。

 ダニエルを王位に就け、恩を売ると同時に可能ならカトリックに引き込み、最低でもモンゴルと欧州の間の壁にする思惑だった。

 状況が呑み込めたダニエルは、ロシア王の称号は受けるが、戴冠式と改宗については言葉を曖昧にして誤魔化す。

 とりあえず「全ロシアの王」という称号があれば、他のルーシ諸国や欧州諸国との交渉に多少はプラスになるかもしれない。


(まさか、リトアニアとの政略結婚が私にとって重大事になるとは予想していなかった。

 リトアニア王と私が手を組むなら、ノヴゴロドに圧を掛けられるし、ポーランドやハンガリーとの交渉も楽になるだろう。

 図々しくてムカつく奴だが、きっと姫はそうではないだろう。

 精々花嫁一行を丁重に迎えるとするか)


 この内心の呟きを、ダニエル王は後悔する事になる。




「もう何度目になるか分からんが、また言うぞ。

 どうしてお前まで来た?

 リトアニア王!」

 花嫁の一行の中にいるミンダウガスを見て、ダニエル大公はまたも頭を抱えながら問うた。

「可愛い娘を嫁がせるんだ……。

 お父ちゃん寂しくて寂しくて……」

「あなた! 鬱陶しいです。

 ロシア王陛下、お初にお目にかかります。

 この度リトアニア王妃という過分な立場に就きましたモルタと申します」

 流石に人前だからミンダウガスの尻を蹴り飛ばしはしなかったが、夫を窘めながらモルタが礼にかなった挨拶をする。

「おお、これはこれは、(あの男の妻とは思えない)丁重なるご案内、痛み入ります。

 ご夫妻揃ってご息女に着いて来られるとは、姫君は大層愛された方なのですね」

「そうなの~!」

「あなたは黙っていて下さい!

 失礼しました。

 溺愛しているのは国王陛下(バカタレ)の方で、私は国王陛下(バカタレ)暴走阻止役(つきそい)です」

「そうでしたか。

 何にしても、(お目付け役がいて)心地よい気分になりました。

 どうかごゆるりと滞在なさって下さい」

「そうだぞ!

 俺の事も丁重にもてなせ!」

「あ・な・た!!」

「はい……。

 ダニエル王、お前さんから何か言ってくれないか……」

「王妃様の仰る事をよく聞くのが、夫婦円満に繋がりますぞ」

「ダニエル王!」

「オホホ……、嬉しい事をおっしゃいますね。

 それはそうと、ロシア王陛下」

 声を潜め、モルタはダニエルに耳打ちする。

「この度のミンダウガス訪問の目的は、陛下が保護されている、あの方の甥を出迎える為です。

 リトアニアと貴国が姻戚になれば、甥殿も居場所を失うでしょう。

 連れ帰ってよろしいでしょうか?」




 リトアニア内戦に敗れたミンダウガスの甥・タウトヴィラスとゲドヴィダスの兄弟は、暫くはジェマイティアに在るヴィーキンタスの居城に匿われ、抵抗を続けていた。

 しかし、ヴィーキンタスは1251年夏のヴォルタ城攻防戦で騎士から受けた傷が次第に悪化し、同年中に死亡してしまう。

 ヴィーキンタスの嫡子トレニオタは

親父殿(おやっどん)を負傷させたが如き下手な(ゆっさ)バ二度とせん!

 くたばれ(チェスト)、ミンダウガス!」

 と戦意盛んではあったが、同じジェマイティア公エルドヴィラスに説得されてミンダウガスに降伏した。

 エルドヴィラスは、1251年のヴォルタ城攻防戦を見て、勝ち目無しと判断して即座にミンダウガスに帰順する。

 ミンダウガスはエルドヴィラスを単独のジェマイティア公に封じた。

 そして、ジェマイティアにおける最優先権を得たエルドヴィラスが、トレニオタを降伏させる代わりに命を取らないよう動いたのである。

 まあ、ヴィーキンタスへの嫉妬が微塵も残っていないミンダウガスには、姉の子でもあるトレニオタを害する気は無かったのだが。


 それでもタウトヴィラス、ゲドヴィダスの兄弟は抵抗を止めない。

 ミンダウガスは「許す」と宣言しているのに、ジェマイティアを脱出して、ハリチ・ヴォルィニ公国に逃げ込んだのだ。

 繰り返しになるが、ダニエル大公(当時)の後妻は、タウトヴィラスたちの妹である。

 義兄弟の縁で、彼等はルーシの地に匿われた。


 その後ダニエル大公は、先に述べたポーランド・ハンガリーへの侵攻を開始。

 この遠征にタウトヴィラス、ゲドヴィダス兄弟は従った。

 その地で弟のゲドヴィダスが戦死してしまう。

 兄のタウトヴィラスだけ生き残るが、弟の死はこたえたようだ。

 彼はすっかり覇気を無くしてしまい、このハリチ市において隠遁生活を送っていた。




「そうですな。

 義兄弟とはいえ、もうタウトヴィラス殿を匿う必要は無くなりました。

 貴国と我が国は親戚。

 タウトヴィラス殿も随分と気落ちされ、物静かになりました。

 ミンダウガス王が手を差し伸べれば、今なら素直に従うでしょう」

「ありがとうございます、陛下。

 あ・な・た!

 酒ばかり飲んでないで、タウトヴィラス様を出迎えに行きますわよ!」

「それはもちろん。

 じゃあな、ダニエル王!

 娘の式が終わったら、また飲もうな!

 ルーシの酒も中々美味い!」

「お断りだ!」

「あなたは、他の皆の前ではキチっとしているのに、どうしてダニエル陛下の前ではだらしないんですか!」

「俺とあいつの仲だし、いいじゃないかよ。

 廷臣たちも見ていないしさあ」

 ミンダウガスは若い時から、気を許した相手の前ではだらしなく、馴れ馴れしいのだ。

 例えそれが一方通行であっても……。


 遠ざかる騒がしい王を、生暖かい目で見ながら、ダニエルは盃を煽った。

(本当に、あの男は良い妻を娶ったようだ。

 今後もしっかり手綱を握って、押し掛けて来ないようにして欲しいものだ)


……願いとは中々叶わないものではある……。

おまけ:

戴冠日を7月6日というのは一説に過ぎず、正確な日付は分からないそうです。

リトアニア人がこの日で良いと言ってるんだし、学術研究じゃない小説なんだからこの日にします。

(というプラグマティズム)


それはそれとして、キリスト教に改宗した辺りから記録の質が良くなるんだよなあ。

本当に物事には正の側面、負の側面があるんだって思いますよ。

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