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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第4章:内戦から新たな形へ
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ミンダウガス包囲網を打ち破れ

 戦時中にも関わらず、周囲はミンダウガスをヴィスマンタス公未亡人モルタと再婚させた。

 敵将の妻を奪うとか、ミンダウガスの名前は「強欲」という悪名に塗れる。

 それでも彼等は、この再婚に意味があるものと思っていた。

 そして、実にあっさりと効果が現れた。


「状況を整理したい」

 内戦はヴォルタ城攻防戦と、シャウレイ襲撃後しばらくは、兵の動きが無くなった。

 代わりに水面下で様々な動きがある。

 故に、小康状態の今こそ状況整理をしたい。

 再婚後しばらくして開かれたこの幹部会議において、リトアニア筆頭公爵ミンダウガスは以前のような張り詰めた冷徹さを出すでもなく、妻を失った後の悲壮さを出すでもなく、妻にデレてる時のだらしなさも見せず、自然体で振る舞っている。

 恐らくこれなら、中々厳しい状態でも精神が持つだろう。

 国として、君主として独り立ちしたミンダウガスであるが、個人としては妻と二人三脚であった方が良いようだ。

 毎夜奥さんは、泣き言やら愚痴やら自慢話やらを聞かされるのだろうが……。


「では現状を説明します。

 斥候に出している軽騎兵や、行商人から聞いた話、更には敵から送られて来た使者による挑発から得られた敵情も込みです。

 まず、御子息ヴァイシュヴィルガス殿に任されていた南のポラツク公国ですが、もうほとんど失われました。

 ヴァイシュヴィルガス殿は居城に籠って敵を迎え打っていますが、持ちこたえられないでしょう」

「敵は誰か……って、そっち方面だと一人しかいないか。

 ハリチ・ヴォルィニ公ダニエル……。

 いや、最近じゃ(デューク)から大公(プリンス)に格上げしたらしいな。

 そうだろう?」


 最後のキエフ大公となったダニエルは、キエフ大公国が消滅した今も大公を名乗り続けている。

 ウラジーミル・スーズダリ大公国と並んで、キエフ大公国の正統を自称しているのだ。


「はい。

 ダニエル大公が大軍を率いて、我々やナルシュア公(ミンダウガスの甥のレンヴェニス)が奪ったルーシ各地を奪還に動いています」

「困ったものだ……」


 ミンダウガスは、散々ダニエル大公に迷惑を掛けているが、一方で彼の力量を見誤ってはいない。

「出来る男」というのとはちょっと違う。

 キレ者ではないし、剛腕という訳でもない。

 だが、問題に取り組む時の粘り強さが尋常ではなく、意思を貫き通す強さを持っている。

 正直、息子では荷が重い。

 ここは傷を拡げる前に撤退命令を出した方が良いだろう。


「続いてジェマイティアです。

 ヴィーキンタス公が元の所領に復帰。

 トレニオタは父に呼応して、我々への対決姿勢を見せております。

 また『シャウレイの英雄』であるヴィーキンタス公の名声を慕って、続々と兵が集まっています。

 どうにかジェマイティアへの入り口であるシャウレイは我が方の占領下にありますが、ジェマイティアはほぼ全土が敵に回ったと見て間違いないでしょう」

「まあ、元からジェマイティアは支配下に無かったからなあ。

 言葉も通じない連中だし、言う事は聞かないし……。

 攻めるなって言っても、懲りずにクールラントとかプルーセンに攻め込んでるしなあ」

「それもあって、ジェマイティアに恩があるセミガリア人、プルーセン人たちは中立となりました」


 リトアニアには、キリスト教徒に追われた様々な部族が逃げ込んで来ている。

 リヴォニア騎士団に圧迫されたセミガリア人やレット人、ドイツ騎士団に圧迫されたプルーセン人たちである。

 彼等はリトアニア各地にコミュニティを作って生活している。

 戦争には彼等も参加してくれる。

 故郷奪還の戦いには、特に力が入る。

 それ故、彼等を守ってくれるミンダウガス、故郷奪還の為に攻め込んでくれるヴィーキンタス、どちらにも刃を向けたくない。

 彼等はどちらにも味方しない道を選んだのだ。


「筆頭公爵の甥たちですが、ヴォルタ城から撤退した後、リヴォニアに逃げ込みました」

「リヴォニアに?

 ジェマイティアじゃなくてか?

 あいつら馬鹿か?

 確かに以前の帯剣騎士団のような、考え無しの暴挙こそ無くなったが、それでも奴等はキリスト教徒以外は人間と看做さないんだぞ。

 逃げ込んでも、良くて投獄、悪ければ処刑されるだろうに。

 俺に降伏すれば、命は取らないんだがなあ」

「それが……、彼等は改宗したそうです」

「は?????

 なんと?

 改宗??

 やりやがったな!」


 タウトヴィラス、ゲドヴィダス兄弟は、有り体に言えば国家を売った。

 改宗し、ローマ教皇に忠誠を誓うキリスト教徒のリトアニア公として、騎士を率いてリトアニアを攻める資格を得ようとしたのだ。

 どうせ自分たちの居場所は無いと考えたのか、もっと別の思考か。

 リトアニア人の上流階級が騎士団に味方をすると、極めて危険である。

 彼等はまだ若いとはいえ、沼地の隠し通路「クールグリンダ」とか、森の抜け道とか、湖の浅瀬部分とか、リトアニアの国防機密を知っている。

 これまでリトアニアを守って来た地の利が、一気に消滅する危険性がある。


「このように、北はタウトヴィラス、ゲドヴィダス兄弟とキリスト教騎士団。

 西はジェマイティアのヴィーキンタス公。

 東と南はハリチ・ヴォルィニ公国と、完全に敵に囲まれました。

 筆頭公爵のお考えを聞かせていただく存知ます」

 ヴェンブタス公が情報を纏め、ミンダウガスに尋ねて来た。

 ミンダウガスは

(ああー、もう、厄介だなあ。

 こんな事になるなら、スモレンスクの失敗に対し、あんな事するんじゃなかった)


 と内心愚痴っているが、実はこれも彼の復調の証明と言える。

 以前は内心ボヤいたりもせず、やらねばならぬと思い込み、クソ真面目に物事に取り組んでいた。

 それは良い事のように見えるが、実際は余裕が無く、意外な発想が全く出て来ない状態だったりする。

 現在のミンダウガスは、良くも悪くも遊びがある。

 張り詰めた弦は切れやすい。

 余裕が奇策を生み出したりする。

 或いは、面倒臭いから楽をしたいという思いかもしれない。

 有能な者の中で、真面目な方が参謀スタッフ向きで、怠惰な方は出来るだけ楽に、人を死なせずに勝つ事を考えるから司令官に置いた方が良い、なんていうのは至言であろう。


「ルーシと騎士団については、後で決めよう。

 奴らはまだリトアニア領内にまでは侵攻して来ていない。

 今、こちらから先に手を出せば、色んな口実を与えてしまうような気がする。

 対策は、俺の甥っ子どもだ。

 奴等だけは確実にまた攻めて来るからなあ。

 だが、前も言ったが、出来れば奴等を許して国に復帰させたい。

 悪かったのは俺だから」

 集まった人たちも、それは聞いていた話だから今更変な顔はしない。

「改宗し、騎士団を連れて攻めて来るタウトヴィラス殿を許して復帰させる。

 戦わない訳ではありませんよね?」

「戦って、勝つ。

 ただ、騎士団は殺すが、同じリトアニア人は殺さない」

「難しいですね」

「難しいな。

 だから、今ここでは結論が出ない。

 まだ連中は国境の向こう側に居る。

 今すぐ結論出さなければならない話じゃない。

 明日に持ち越そう。

 というか、持ち越させてくれ。

 正直、じっくりと考えたいから」

「筆頭公爵がそう仰るなら」

 それでこの日は解散となる。

 思考は少し余裕を持った方が良い。




「……ってな事があってねえ。

 困ったものだよねえ。

 あっちもこっちも色々あってさあ。

 もう、どうしたら良いんだか……って聞いてる?」

 久々に愚痴を零せる相手に巡り会ったミンダウガスだが、今度の相手は優しく聞いているだけ、本当に聞いているだけのルアーナや、30倍辛口で皮肉を言ってくるプリキエネとも違っていた。

 新妻モルタは、愚痴っぽい夫に溜め息を吐く。


 ある時、モルタは精神的に安定して来たミンダウガスを見た前妻の父・ビクシュイスから

「昨晩はお楽しみでしたね」

 とからかわれた。

 すると彼女はキッと睨みつけて

「昔は随分と男らしく、頼りがいがある方と思っていましたが、あんなに口数が多いんですね!

 別に、だからといって嫌いになったりはしませんが。

『お楽しみ』とは程遠かったんですからね!」

 と噛みつき返している。

 この女性はそういうタイプなのだ。

 娘とは違う気の強さに、ビクシュイスは苦笑しながら肩をすくめた。


 そんな訳で、とりとめのない話を一方的に話すだけのミンダウガスに対し、モルタは反論する。

「聞いていません!

 ミンダウガス様、良いですか?

 女性と話す時は、もっと分かりやすく話しましょう!

 男衆と違って、私たちが何を言ってもそれが政治や軍事に反映される事は無い、だから私たち女性は、そういった難しい話に興味無いんです!

 興味無い人に聞いてくれって言うなら、もっと興味を引くように話しましょうよ。

 ほら、私を出会った時の13歳の女の子だと思って」

「もうすぐ40歳のおばさんが何を言って……

 ……って、痛い! やめろ、噛みつくな!

 あお! 大事な所を蹴るな!」

「今のはミンダウガス様が悪い!」

「うぅぅぅぅ……久々に会った時は、歳を取っても可愛くてお淑やかな女性だと思ったのに」

「いや、貴方、一体私の何を知ってたんですか?

 私は子供の頃から、お淑やかどころか、嫌だと思ったら即行動に移してましたよ」

「だからあそこで出会えたのか。

 知ってるか?

 俺はあの時、美の女神に会ったような衝撃を覚えたんだよ」

「あら、嬉しい。

 お世辞だとしても気分良いですわ。

 嬉しいから、さっきの話をもう一回聞いてあげます。

 でも、分かりやすく、面白く説明して下さいね!」


 新妻にそう言われ、ミンダウガスは取り留めの無い説明を、簡潔に、例え話を交えながら話してみた。

 そして、その過程で彼なりに事情が整理されたようだ。

 人に分かるように話すという事は、自分がその話をしっかり理解し、消化しないと出来ないのだから。


「そうだった!

 騎士団はヴィーキンタスに手痛い敗北を喫しているし、ジェマイティアの連中は騎士団を魔物並みに嫌っている。

 騎士団はダニエルの領土をこの前まで占領していて、それを奪い返したダニエルを恨んでいる。

 ヴィーキンタスとダニエルは接点が、30年前の条約締結しか無い。

 つまり、3勢力に包囲されている、そう考える必要は無いんだ。

 単に異なる敵が3つ在るだけだ。

 これを結びつけられるのは甥っ子だけだから、これをどうにかすれば、後は個別に対処すれば良い。

 素晴らしい、モルタ!

 君と話しているだけで、対策が出来上がった!

 君は勝利の女神だ!

 美の女神も兼ねている!

 知恵の泉でもある!

 ああ、俺はなんと素敵な女性を手に入れたんだ!」

 そう言って抱きしめるミンダウガスを受け入れつつも、モルタは内心溜息を吐いていた。

(前の奥さんは、本当に大変だったんだろうなぁ。

 よく長年寄り添えたと感心しますわ)


……聞き流せばそれはそれで良いのだが、モルタは性格的にそれは出来ないようである。


 翌日、ミンダウガスは皆の前で、3勢力への対抗案を話し、皆の敬意を得ていた。

 各個に対応すれば良い、彼等は連携して動いていない、そういう分析は自分たちには出来ない。

 流石は自分たちを纏め上げたこの国のリーダーだ、公たちはミンダウガスを賞賛する。

 そんな中、ミンダウガス復活の首謀者たちは

(再婚させて本当に良かった……)

 と、モルタの苦労とか色々察した上で、自分の選択の正しさを嬉しく思うのだった。

おまけ:

一応ミンダウガスさん、女性の助言でどうにかなってるんじゃなく、

他人に喋っている内に問題が整理されて、自己解決しちゃうタイプです。

付き合わされる方が大変なだけで。

勝手に喋って、勝手に解決して、勝手に感謝し、愛情をぶつけて来る(うわぁ、書いてて面倒臭い旦那だ)。

なので、柳に風と受け流すのが一番です。

(なおかつ、愚痴を零す相手も選んでしまうので、そういう存在が居ないと……)

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