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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第3章:新国家リトアニアの苦難
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モンゴル・ルーシ・騎士団・ポーランド、そしてリトアニア

 ダニエル公は1239年までにトゥロヴ・ピンスク公国とキエフを領内に加え、名乗りをキエフ大公としていた。

 この勢力をもってモンゴルに対抗したが、

・1238年、バトゥ軍クリミアとモルドヴァを襲撃

・1238年冬、バトゥ軍グルジア、アルメニア、チェチェンに侵攻

・1239年、モンゴル軍の攻撃でチェルニゴフ公国とペレヤースラウ公国滅亡

・1240年9月5日から12月6日にかけてキエフの戦い、キエフ完全に破壊されキエフ大公国完全滅亡

・1241年、ハリチ及び領内数ヶ所をモンゴル占領される

 と全く歯が立たなかった。

 結局ダニエル公はバトゥに降伏し、ルーシ戦役はひとまず終了する。

 そして「タタールの(くびき)」と呼ばれる、モンゴル支配時代が始まった。


 それに対し、ノヴゴロド公国は狡猾である。

 モンゴル軍はノヴゴロドまであと少しの所まで迫った。

 しかし、ノヴゴロド公アレクサンドル・ヤロスラヴィチは敢えて迎撃に出ない。

 そしてノヴゴロド市長が何事か手を打ったようだ。

 モンゴル軍はノヴゴロドへの侵攻を止め、引き返してしまう。

 ノヴゴロドはモンゴルへの貢納を約束したのだが、それ以上の制約を加えられていない。

 彼等は抵抗しない事でモンゴルの注意を引かず、利を与える事で侵攻を防いだのだ。


 そんなずる賢いノヴゴロド公国だが、決して無抵抗主義の国ではない。

 ノヴゴロド公アレクサンドルはネヴァ川の戦いでスウェーデン軍を討ち破っている。

 しかし今度は、リヴォニアに居るドイツ騎士団がノヴゴロドを狙っているようだ。

 この商業国家にとって、モンゴルは物を与えれば帰っていく相手、一方でカトリック諸国は貿易利権を根こそぎ奪いに来る、共存困難な相手であった。


 さてモンゴル軍だが、ルーシを一通り占領して属国にすると、ハリチ・ヴォルィニ公国に物資を供出させながら二手に分かれ、ポーランドとハンガリーに侵攻を始めた。

 まさにこの辺り、ミンダウガスが看破した「この大地全てを征服するつもりだ」を証明するものである。

 そして、リトアニアはモンゴルの気を引くような行動を一切しない。

 辺境の小国として息を潜め、その暴風が来ないようにしたのである。

 ミンダウガスは沈黙しながらも、モンゴル軍の行方に注目していた。

 何故なら、このままならばモンゴル軍をドイツ騎士団が迎え撃つ事になるからだ。

 東の脅威モンゴル、西の脅威ドイツ騎士団、どっちが負けてもリトアニアには有難い。




「ヴェンブタス公、君に頼みがある。

 何人かの公を連れて、密かにドイツ騎士団とタタールの戦いの様子を見て来て欲しい。

 俺みたいに参戦とかせず、通りすがりの商人や旅人のような風体で」

 副将ヴェンブタス公は少し考え込む。

「私もそうですが、公爵は誇り高い。

 商人のような風体に変装するだけで不満を持ちますな。

 また、戦いがいつどこで起こるかも分からない中、領地を空ける事に不安を覚えましょう」

「北の騎士団の事か?

 それなら俺がどうにかしよう。

 変装の事は、まあ公爵たちの好きにさせよう。

 ともかく、リトアニアにとって東西の脅威であるあの2つがぶつかったら、一体どうなるのかを見て来て欲しい。

 特にヴェンブタス公、君にはタタール人たちを知って欲しいのだ。

 いや、兵を率いる君は知っておかないと困る」

「分かりました。

 筆頭公爵の指示通りにします。

 ところで、軍事上の重要な情報であれば、ヴィーキンタス公も必要ですね?」

「あの人は行かないんじゃないかな?

 クールラントの件で忙しそうだし。

 彼が行かないからこそ、君が重要になって来る」


 ミンダウガスの発言は、嘘ではないが、彼も気づかない、あるいは目を背けている事が含まれている。

 ミンダウガスはヴィーキンタスに嫉妬している。

 シャウレイの戦いは、国内にもう一つの旗頭を作ってしまったようなものだ。

 これ以上ヴィーキンタスに人心を集めさせたくない。

 その思いが、無意識に近い形で彼にモンゴルの情報を与える事に消極的とさせていた。


 ともかくも、ヴェンブタスは何人かの公爵の説得に成功。

 ミンダウガスも

「もし実際にタタールを見て、大した事は無いと思う勇者には、筆頭公爵の座と、俺が父から相続した分を除く所領を譲渡する」

 と言って、公爵たちの欲望を刺激した。

 こうしてミンダウガス以外のリトアニアの公たちは、モンゴルを見物しに旅立つ。

 ポーランドに潜んだ彼らは、斥候を放ち、いつ両者が衝突するかを探らせた。

 そして、その時は案外すぐにやって来た。


 西暦1241年4月9日、ポーランド西部レグニツァにて、ポーランド及びドイツ騎士団他キリスト教連合軍とモンゴル軍が激突。

 やって来る2万人のモンゴル軍を、2万5千人のキリスト教連合軍が待ち構えていた。

 リトアニア諸公は、代理人も含めてだが、身を隠して見つからないようにしながら会戦を見る。


「まさか、これ程とは……」

 ヴェンブタスは開いた口が塞がらなかった。

 戦闘は、いわゆる「釣り野伏せり」にキリスト教連合軍騎士が引っ掛かる形で推移する。

 そして包囲に成功したモンゴル軍は、遠巻きからの騎射で徹底的に騎士を痛めつけた。

 その弓矢は小型なのに威力が高い。

 単純な威力なら、巻き上げ器を使って装填する大型のクロスボウが上だろう。

 しかし戦場での使い勝手を考えると、モンゴルの弓の方が上に思える。

 あの騎士たちが甲冑ごと貫かれている。

 まあ流石の重装備、当たり所が悪くなければ死亡にまでは至らない。

 とどめを刺したのは、モンゴルの重騎兵である。

 重騎兵と軽騎兵の差は、鎧が革製あるいは無装備か、鉄製の物を着込んでいるかでしかない。

 重騎兵も近づきながら矢を乱射に、至近距離で槍に持ち替えた。

 そして馬上戦闘で、あの戦争慣れしたドイツ騎士を圧倒する。

 確かに矢を受けて消耗しているが、彼等は信仰の力で痛みを克服する。

 だが技量の差は埋められない。

 明らかにモンゴル騎兵の動きが良く、個々の戦闘で騎士は敗北した。

 そして総崩れとなったキリスト教連合軍を、足の速い軽騎兵が追いすがる。

 軽騎兵は逃げるキリスト教徒を背後から射殺していく。

 もう一方的な蹂躙と姿を変えた。


 啞然としているリトアニアの公爵たちの元に、モンゴル軍の方から騎兵が1騎近づいて来た。

 軍装から見てルーシ人であろう。

 その騎兵は大声で

「隠れている者ども!

 居るのは知っているが、ここは見逃してやる。

 我々の強さを、お前たちを寄越した王に伝えるのだ。

 我々の強さが分かったら、貢ぎ物を持って挨拶に来い。

 戦う前に降伏するなら、寛大な心で接してやる。

 将軍はそう仰せだ。

 では、残党狩りが本格化する前にとっとと去れ!!」

 そう伝えると、戦場に戻って行った。


(ミンダウガス公が、身を隠せ、相手にされないようにしろと言っていたが、こういう事か。

 誇りとか勇気とか、そんなのはここでは意味を持たない)

 ヴェンブタスは、呆然としている同僚に喝を入れると、そのまま戦場から離脱、大回りをしてリトアニアに帰国した。




 このレグニツァの戦い、あるいはドイツ風に「ワールシュタットの戦い」というものを観戦した公爵と、無視した公爵との間で意識が完全に分断された。

 モンゴルを見た者は、ミンダウガスが昔から言っていた事をようやく理解する。

 そして「軍の指揮権の統一」「軽騎兵を主体とする軍事改革」「それを実現する為の技術改良」が呑み込めて来たのだ。

 今までは「ドイツ騎士団が居るからなあ」という消極的な意思でミンダウガスを盟主としていたのだが、この観戦以降は「我々には方針が見えない、だからミンダウガス公の言う事に従おう、死にたくないし失いたくないから!」と、積極的に支持するように変わる。


 一方の非観戦組は更に楽観さを増した。

「騎士団も大した事ないな」

「東から来たタタールとやらがどれ程のものかは知らないが、少数の敵に負けるなんて騎士もだらしない」

「この調子なら、クールラントを取り戻す事も可能だ」

「タタールとやらが攻めて来ても、騎士団と同じく沼に沈めて勝利すれば良い」

 こんな感じである。


 ミンダウガスは、レグニツァの戦いの結果に、それ程驚いてはいない。

 何となく予想はしていたが、予想よりモンゴル軍が強かったくらいのものである。

 そして、自分の軍事改革の方向性に自信を持った。

 軽騎兵主体で間違い無い。


 一方でミンダウガスは、ヴェンブタスに対してこうも言った。

「ドイツ騎士団はボロボロになったようだ。

 これは好機だな。

 我々の方から打って出て、西のキリスト教国の力を弱めようか。

 タタールのおこぼれを貰う形だが、東西の脅威の内、西を弱め、その物資を奪って我々が強くなるのだ」

 ヴェンブタスは何も言わない。

 モンゴルを見た事で頭がいっぱいいっぱいになっているのもあるが、誇り高い部分が

(それは流石に狡いのではないか?)

 と思ってもいたからだ。


 そんなヴェンブタスの心を読んだように、ミンダウガスは続ける。

「リトアニアという全体が生き残るには、なりふり構わっている余裕なんてないんだ」

 後の東欧の大国リトアニアに繋がる拡張路線は、この時に始まったのである。

おまけ:

ワールシュタットの戦いも、無かった説が(この時代、こんなのばっかり!)。

まあ、モンゴル側の「元史」に無いという理由なら

「あいつら元々マメに記録残す連中じゃないだろ」

と思うので、強引に有った事にしました。

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