第64話『中央広場』
「あっ、吹雪が止みましたね」
救出したプレイヤー二人と別れ、街の中央広場を目指して歩いていると、天気が正常に戻った。
まだ空気は少しひんやりしているが、太陽のおかげで直ぐに暖かくなる。
多分、シムナさんと徳正さんが吹雪の元凶であるアイスゴーレムを倒してくれたんだろうな。
『助かった』と思いつつコートを脱ぎ、アイテムボックスに仕舞った。
『ゴーレムの討伐は順調に進んでるみたいだな』
いつの間にか通常バージョンの着ぐるみに戻っていたラルカさんは、ふと空を見上げる。
もうイライラも大分収まってきたようで、普段通りの態度と字体に戻っていた。
「そうですね。お二人と別れてから、まだ一時間も経っていないのに凄いです」
『まあ、徳正とシムナだからな。直ぐに片がつくと思うぞ』
「この調子だと私達より、討伐組である徳正さんとシムナさんの方が先に終わりそうですね」
『そうだな。討伐が終わったら、あいつらにもプレイヤーの保護や避難誘導を手伝わせよう』
「そうですね!」
私達は腹の奥まで響く“振動”と“破壊音”を聞き流しながら、平然と会話を交わす。
普通ならその原因を探るところだが、徳正さんとシムナさんの仕業であることは明白なので敢えて何もしなかった。
『派手に暴れているなぁ』程度の認識である。
「────あっ!着いたみたいですね!」
『そうだな。ここが中央広場だった場所のようだ』
散らばった大量の瓦礫、四方八方へ水を飛ばす壊れた噴水、瓦礫に埋もれた白虎のタイル。
昔見た中央広場の面影は、一つも残っていなかった。
ただ他の場所と違って、開けているからか瓦礫による被害は少ない。
少なくとも、人を生き埋めにするようなレベルじゃなかった。
これなら、歩いても問題なさそう。もちろん、怪我をしないよう細心の注意は払わなきゃいけないけど。
『転倒でもしたら、大変なことになりそう』と思いつつ、私はキョロキョロと辺りを見回す。
そのとき、ふと────黒焦げになった瓦礫を見つけた。それも、複数箇所。
炎……かな?でも、あの炎の壁はそこまで高温じゃなかった筈。
それにこんな狭い範囲だけ黒焦げにするなんて……明らかにおかしい。
でも、炎の壁の仕業でないとすると、一体何が……?
「おーい!あんた達ー!早くしゃがんだ方がいいぞー!」
「サンダーゴーレムの雷が来るわよー!」
「感電死したくなかったら、早く体勢を低くするんだなー!」
感電死……?って、まさか────この黒焦げになった部分は全部、サンダーゴーレムの仕業!?
だとすれば、色々辻褄は合う!
『そういうことこか!』と納得する中────上空から、ゴロゴロと嫌な音が鳴る。
ハッとして空を見上げると、漆黒にも似た分厚い雲が見えた。
これはもしかして……いや、もしかしなくても……落雷魔法の予兆だったりする……?
サァーッと青ざめ、表情を強ばらせる私は数歩後ろへ下がった。
と同時に、ポンッと肩を叩かれる。
『ラミエル、雷は僕に任せてくれ』
そう書かれたホワイトボードを私に手渡し、颯爽と横を通り過ぎたのは────ちょっと凛々しい顔立ちをした黄色のクマさんだった。
その手には、長い棒のようなものが握られている。
え?はっ?ちょ、ちょっと待って……!?その棒って、もしかして避雷針!?
いや、あの……!避雷針って、建物の屋根の上に取り付けて地下に埋めた金属板に繋がないと意味ないんだよ!?
持っているだけで雷を防げるとか、そんな便利アイテムじゃないからね!?
『お願いだから、思い留まって!?』と願うものの……ラルカさんはズンズンと前へ進んでいく。
そして中央広場の噴水前に辿り着くと、避雷針を高々と掲げる。
その着ぐるみの顔は、どこか誇らしげだった。
ちょ、ちょっと待って!?ラルカさん、考え直して!
というか、避雷針の知識を改めて!!いい!?それはあくまで、建物用だから!!人間用じゃないの!!
「ら、ラルカさん!早まらないでくださ……キャーーーーー!?」
ピカッと上空に怪しい光が走り、私は悲鳴を上げた。
と同時に、黄色……いや、白く光る何かが避雷針を掲げるラルカさんの元へ落ちる。
続いて、ドゴォォォオンと腹の底に響くような低い音が鳴り響いた。
「ら、ラルカさん大丈夫ですか!?お怪我は!?今、治癒魔法を……!!」
慌てて純白の杖を構え、私は詠唱準備に入るものの……無傷のラルカさんを見て絶句する。
だって、擦り傷はおろか……着ぐるみの布や服まで無事だったんだから。
『えっと……感電はしてないのかな?』と考え、私は一先ず傍に駆け寄ろうとする。
だが、しかし……ラルカさんに首を横に振られてしまった。
来なくていい、とでも言うように。
「えっ?でも……感電とか、大丈夫なんですか?お怪我は……?無理してませんか?」
心配になって声を掛けると、ラルカさんはアイテムボックスから予備のホワイトボードを取り出した。
そこに説明文をスラスラと書き込んでいく。
『このコスチュームには、感電を防ぐ機能と熱耐性が付与されている。雷の衝撃そのものは防げないが、そっちは僕の防御力でどうとでも出来る。だから、無傷なんだ』
「な、なるほど……着ぐるみにそんな機能が……」
ただ、お飾りじゃなかったんだ。
とは言わずに、ホッと息を吐き出す。
────と、ここでいきなり風が巻き起こった。
慌てて前髪とスカートを押さえる中、真後ろによく知っている気配が現れる。
「────ラーちゃん!悲鳴が聞こえたけど、何かあった!?」
耳馴染みのある声には不安と焦りが滲んでおり、私を心配しているのがよく分かる。
『はぁはぁ……』と珍しく息切れを引き起こしていることから、かなり急いで来てくれたことを理解した。
セトとの一件以来、過保護に拍車が掛かっちゃったみたい。
最近、些細なことにも敏感に反応するから。
『全く……心配性だな』と苦笑しつつ、私はゆっくりと後ろを振り返った。
すると、そこには────徳正さんの姿が。
「急いで駆け付けてくれて、ありがとうございます。でも、ごめんなさい。雷に驚いて、叫んじゃっただけなんです」
ペロッと舌を出して悪戯っ子みたいに笑うと、徳正さんはあからさまに安堵する。
そして、誰に言うでもなく『良かった……』と呟いた。




