第37話『同盟会議』
────時は少し遡り、同盟会議開始直前。
『紅蓮の夜叉』より招待された面々は、ヘスティアの私有地である黒森の奥深く……黒曜の洞窟にて、顔を揃えていた。
代表者のみ集合を掛けられたため、人数そのものはそこまで多くない。二、三十人程度だ。
でも、中には大型ギルドのギルドマスターも居るので味方になる人数は桁違いだった。
『これなら、ゲーム攻略も夢じゃない』と誰もが思う中、ただ一人異様な存在感を放っている人物が……それは────『虐殺の紅月』リーダーの『 』だった。
「おい、何であいつがここに居るんだ?」
「PK集団のリーダーなんて呼んだの誰だよ」
無名の参加に不満があるのか、同盟メンバー達は眉を顰める。
「PKされたら、どうすんだよ」
「なあ、会議が始まったら抗議しようぜ」
「いいな、それ!」
「誰が呼んだか知らねぇーけど、あんな危ない連中を同盟に招き入れるなんて絶対反対だ」
一致団結するプレイヤー達は、無名の呆れ顔に気づいていない。
それどころか、どんどんヒートアップしていく。
「つーか、呼んだの誰だよ」
「悪戯にしては、やり過ぎだよな」
「とりあえず、見つけたら皆でボコって……」
「────ほう?この私をボコる?出来るものなら、やってみろ」
そう言って、颯爽と現れたのは赤髪の美女だった。
銀のプレートに身を包む女騎士は、真っ赤なマントを揺らして彼らの前に立つ。
ペリドットの瞳に微かな怒りを滲ませながら。
「ひっ……!?へ、へ────ヘスティア様!?」
そう、彼女こそ『紅蓮の夜叉』のギルドマスターであるヘスティアだ。
火炎魔法を自在に操る魔法剣士である。
ガクガクと震えるプレイヤー達を前に、“炎帝”と呼ばれる彼女は『はぁ……』と深い溜め息を零す。
「その程度の実力で、私をボコるなどと言っていたのか。実に不愉快だ」
「ぼ、ボコる……?お、俺らはただあの名前のない男を呼んだ奴をボコりたいって話してただけで……!!ヘスティア様をボコるなんて、そんなっ……!!滅相もございませ……」
「だから────無名をここへ呼んだのは私だと言っている」
察しの悪い連中に、ヘスティアは苛立たしげに言い放った。
猫のようなつり目を更につり上げ、彼女は腕を組む。
「この私が無名を同盟会議に招待した。こいつらは嫌われ者のPK集団だが、実力者揃いのパーティーだ。その実力は一度敗北した私がよく分かっている」
「な、なっ……!?ヘスティア様自ら招待を!?」
「このPK好きのクレイジー集団を!?」
「そ、そりゃあ実力は確かですけど、こいつらは……」
「────文句があるなら、出ていけ」
「「「えっ……?」」」
キャンキャン吠える犬っころに、ヘスティアはキッパリと言った。
ヘスティアは理解しているのだ。
危険因子を排除することしか頭にない連中より、無名達の方が断然役に立つことを。
「無名は私が信用に値する男と判断し、招待したんだ。文句があるなら、出ていくがいい。それとも、この私をボコすか?」
「い、いや……それは……」
「……すみませんでした」
「もう余計なことは言いません」
「なら、いい」
早くも白旗を挙げた彼らに、ヘスティアは小さく息を吐いた。
と同時に、背を向けて歩き出す。
相変わらず、あの女は無茶をする……ここで奴らが『出ていく』と言っていたら、大変なことになっていたぞ。
だって、彼らは生産系ギルドのギルドマスター達なのだから。
彼らに抜けられれば、色々と面倒なことになる。
俺のために怒ってくれるのは有り難いが、もう少し先のことを考えて行動するんだな。
ヘスティアの未熟さに溜め息をつきながら、無名は葉巻に火をつける。
その瞬間、脳内にピロン♪と陽気なメロディが流れた。
なんだ?こんな時に……。
もうすぐ会議が始まるというタイミングで届いた、一件のメッセージ。
無名は小さく首を傾げながら、チャット画面を呼び起こした。
『シムナさんを回収後、移動中に魔物の群れと遭遇。ウエストダンジョンにて魔物爆発が起きた模様。これから、ウエストダンジョン上層魔物の駆除に向かいます』
魔物爆発……?そういえば、過去にそんな事例があったな。
まあ、ダンジョン内から溢れて来る魔物は上層魔物だけだし、ラミエル達を向かわせても問題ないだろう。
「なんだ?会議前に彼女とチャットか?」
ラミエルに向けて返信を打つ無名の元に、ヘスティアが現れた。
小中学生の男子のようにからかってくる彼女の前で、無名は小さく頭を振る。
「違う。仲間からウエストダンジョンで魔物爆発が起きた、と報告を貰ったんだ」
「ウエストダンジョンで魔物爆発?それはおかしいぞ。私は各ダンジョンにギルドメンバーを何人か派遣している。魔物爆発が起きないよう、上層魔物を処理させるために。なのに、何で魔物爆発なんか……見間違いじゃないのか?」
「残念ながら、その可能性は低いな。この報告をして来た仲間は、責任感の強いしっかりした奴だ。不確かな情報を俺に流すとは思えない。ましてや、見間違いなんて以ての外だ。派遣したというお前の部下達の方に、何かあったんじゃないか?」
「それは……考えたくもない可能性だな。でも、一応確認しておくか」
ヘスティアは言いようのない胸騒ぎを感じつつ、急いでフレンドチャット一覧を開く。
最近、同盟会議の準備で忙しかったためチャット欄は新着メッセージでいっぱいだ。
ソレらを眺めながら、ヘスティアはゆっくりと画面をスライドしていく。
「こ、れは…………!?」
大量の新着メッセージの中に一つ、驚くべき内容を綴った文章が紛れ込んでいた。
それは────『助けて』という一言……。
なんと、ウエストダンジョンに向かわせた部下の一人から、SOSが届いていた。




