向日葵
よろしくお願いします。
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ナサリーのマッサージのおかげだろうか。
今日は、いつもより身体が軽い気がする。
皆でお揃いの青いリボンをつけて、心も軽やかに登校する。
魔法学園の景色もすっかり夏の物になった。
花壇に向日葵畑ができている。
何処からか、蝉の声もする。
日差しが強いから、日傘は必須だ。
噴水の水も少し、ぬるい。
生垣の穴もなくなり、どこか青々しさが増している。
あれ、生垣の隅の方に、生徒が1人しゃがんでいる。
あの髪色は、もしかして……。
「王太子殿下、この様な所でいかがされましたか?」
「……ナコッタ男爵令嬢か。頼む。見なかったことにしてくれ。」
ショーンは、静かに泣いていた。
「一体、どうされたのですか!?」
慌てて、ハンカチを取り出して、殿下の目元にあてる。
「すまない。少しやるせない事があっただけだ。自分の不甲斐なさが悔しくてね。鐘が鳴るまでには、教室に行くから、心配しないでくれ。」
「流石にこの場面に出会って、その様な事は出来ませんわ。何があったか、お話して頂けませんか?」
「君は……。いや、ナコッタ男爵令嬢は関わっている。聞いてもらった方がいいか。」
ショーンは、ハンカチで目元を拭うと、こちらに少し赤くなった目を向けた。
「学園祭の事件は覚えているかい?」
「勿論です。クーヘン公爵令嬢の件と王太子殿下と先生の件を忘れる事などできません。」
「そうだよな。昨日、その犯人が捕まった。」
「犯人は、アンドリュー様だったのでは、ないのですか?」
「共犯者と言ったら、いいかな?アンドリューを唆した貴族がいてね。それがムパイ伯爵だった。」
「ムパイ伯爵……。もしかして、昨日のムパイ伯爵子息は、その件で近衛騎士団に連れて行かれたのですか。」
「そうだ。黒幕はムパイ伯爵自身だったが、カイもそれに大きく加担してしまった。眠り姫の脚本を書いたのも彼だ。ムパイ伯爵からの指示をアンドリューに伝えていたのも彼だ。」
「そうだったのですか……。」
衝撃が大きい。
特に、殺される所だったアリッサとショーンは、尚更だろう。
「今回の件を仕組んだ理由は、ゲッティ皇国の皇子の留学が取りやめになったからだそうだ。留学は、私とクーヘン公爵の2人で取りやめにしたからね。ムパイ伯爵は、ゲッティ皇国との交流が深く、今回の留学で面倒を見る予定だった。留学が無くなったことで、取引も幾つか無くなり大損したらしい。その恨みで、私とアリッサを殺そうとしたそうだ。」
「留学が取りやめになっただけで、その様な事に……。」
「ああ。私も国内で大事になると思っていなかったんだ。ゲッティ皇国には十分な注意や補填をしたから。ただ、ムパイ伯爵は、取引が無くなったことで、借金が出来、伯爵として生活するのが困難になったらしい。私ももっと深く考えて、留学がなくなった後の補填をするべきだった。カイもこのままだとムパイ伯爵領はなくなり、平民になると伯爵から脅されて犯行に及んだらしい。」
「そうだったのですね。」
「カイとは仲が良かったつもりだった。それがこの様なことになるなんて……。もっと色々な事を考えて、物事を進めるべきだった。私は、自分のことを王太子として失格だと思うよ。」
「その様な事はありません。王太子殿下は命を狙われたのです。悪いのは、狙った方に決まっています。それに、私たちは学生です。失敗して学んでも良いはずです。」
「ただの学生なら、失敗して学ぶ、それでも良いのだろう。ただ王太子は間違えてはいけないんだ。国や国民が困るからね。」
「それなら、これから間違えなければ良いのです。王太子を辞めるのではなく、王太子として行動するべきです。留学の件や今回の事件で、困った国民がいるのなら、それを助ければいいのではないでしょうか。そうすれば、第二第三のムパイ伯爵をだしません。そもそも、今回の事件、困ったのは、クーヘン公爵令嬢と王太子殿下の2人です。クーヘン公爵令嬢は、私が助けました。後遺症もありません。王太子殿下も元気です。先生も犯人が捕まった事で、罪に問われていません。だから、王太子殿下は何も間違えていませんよ。」
「ありがとう。ナコッタ男爵令嬢。君の言葉に少し楽になった気がする。」
「それは、良かったです。さあ、そろそろチャイムがなります。私は先に行きますね。」
ショーンの目元に、回復魔法をかける。
「目元の赤さは、これで取れました。王太子殿下、教室でお待ちしております。」
その場で礼をすると、私は足早に教室へと向かった。
後ろから、微かな笑い声が聞こえる。
元気になった様で良かった。
「ハナ、ご機嫌よう。今日は遅かったわね。」
「ご機嫌よう。向日葵に見惚れていたら、遅くなったわ。」
「確かに今の季節は綺麗だよね。」
鐘の音がなる。
鐘の音と一緒にショーンも教室に来た様だ。
良かった。
なり終わると、ハンレーが教室に来た。
「皆に伝える事がある。昨日付でカイ=ムパイが魔法学園を退学になった。そして、ムパイ伯爵領は無くなった。詳細は訳あって伝えられない。ただ一つ言わせて欲しい。悩んでいる事があったら、相談してくれ。どんな事でもいい。この間のテストの事でも、家のことでも何でもいい。1人で抱え込まないでくれ。以上だ。」
教室中を一気にひそひそ声が広がる。
「急に退学って。しかも、領地没収って何しちゃったのかね。」
「昨日、近衛騎士が来たの、その件らしいよ。」
「ハナ、詳しいの?」
「後で話すね。」
「わかった。」
ドン。
ハンレーが教卓の上に何かを置いた。
「さあ、算数のテスト返しの時間だ。」
あ、私終わった。
「ハナ=ナコッタ。」
「はい。」
「後で、職員室に来い。」
「はい。すみませんでした。」
テスト用紙には、100+α点と書かれた上から二重線が引かれ、0点と大きく書いてある。
本当に申し訳ありません。
「やってしまった……。」
テスト用紙を受け取ると、つい自分の机の上で正座をしてしまう。
「ハナ、きっと次はいい事あるから、元気出して。」
「無理。今、とても辛い。」
でも、ショーンの気持ちに比べたら、私のこの気持ちなんてミジンコみたいなものかな。
「でも、元気でてきた。エスタ、ありがとう。」
「良かったわ。」
算数の授業に集中する。
あ、やっぱり、中学生の内容だから、集中しなくても大丈夫そう。
鐘の音がなる。
「私、テストの結果で、職員室に呼ばれたからいってくるね。」
「「「いってらっしゃい。」」」
3人の声が優しい。
「さて、ハナ。言いたい事はわかるか?」
「誠に申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げる。
「まったく、テスト全教科満点。数学は今までなかった解き方で証明されていて、+αの点数だから、本来は表彰物なのに、名前がないせいで、0点。何もかもがこの学園始まって以来だ。本当にやってくれたな。」
「え?全教科満点?」
「そうだ。算数以外はパーフェクトだ。しかも、算数も名前さえあれば、+αだからな。夏休みに補習をする意味があるのか、上に相談している所だ。」
「補習ないかもしれないんですか?」
「まだ掛け合っている所だから、何とも言えない。」
「是非、よろしくお願いします。以後気をつけますから。」
「まあ、期待して待っておけ。」
「ありがとうございます。」
「まあ、名前は置いておいて。よく頑張ったな。」
ハンレーに頭を撫でられる。
「授業中差しまくった甲斐があった。これからもがんばれ。」
「はい。頑張ります!」
ハンレーに褒められた。
嬉しい。
これからも頑張ろう。
褒められて頭撫でられただけで、気分は急上昇。
私、ちょろいな。
補習もなくなりそうだし、本当に良かった。
「ハナ、おかえり。どうだった?」
「算数、満点だったから、名前なくて0点でも補習なくなるかもしれない。今、上の人が考えてるらしいわ。」
「良かったじゃない。そのまま無くなると良いわね。」
「良かったですわね、ハナさん。」
「これで、夏休み楽しめるね。」
「3人ともありがとう。」
そして、授業が全て終わり、帰りがけにテスト順位を確認する。
「ハナ、400点じゃない!もしかして、名前書いていたら。」
「先生に、全教科満点だったって言われた。」
「凄い。私より、上だったのね。」
「エスタがわからない所、教えてくれたおかげだよ。」
「わかったわ。でも、次回は負けないからね。ハナは私のライバルよ。」
「うん。お互い頑張ろうね。」
「私も頑張らなきゃですわ。」
「私達の順位でも十分上の方なんだけれどね。エスタは、上昇意欲が凄いから。まあ、私も頑張ろう。」
寮に帰ったら、ショーンに貸したハンカチがきれいになって帰ってきたのと高級なお菓子が届いていた。
このクッキー美味しい。
もうすぐ夏休みだ。
ナコッタ男爵領に帰ろう。
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これからもよろしくお願いします。




