ファインプレー
よろしくお願いします。
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一クラスの舞台の幕があがる。
「とある国に、可愛らしいお姫様が生まれました。国中大喜び。国王様は、早速お姫様の誕生パーティを開きます。ただ困ったことに、祝いの席で使う食器が一組分足りないのでした。」
ナレーションは、うまく行った。
「困ったことだ。どうしようか。」
「貴方、あの意地悪な魔女を呼ばなければ良いのでは?」
棒読みだった台詞も、完璧になっている。
順調に、物語は進んでいた。
クラスの皆が、一つになっていて、練習よりも、本番の方がよくなっている。
「私の祝福を決めたよ。この子は、十六歳の誕生日を迎える日、棘に刺さって死ぬのさ。あーはっはっは!」
ベルの台詞も、いつも以上の悪役っぷりだ。
さて、そろそろ私の出番だ。
「お姫様の健康に気をつけて、健やかに育てます。」
たった一言だけれど、緊張する。
噛まずに言えた。
後、一言言えば、私の台詞は終わりだ。
薔薇の鉢植えが、舞台に上がってくる。
あれ、あの薔薇、アリッサが触る予定の所が濡れている様な気がする。
「お姫様が薔薇を摘み取ろうと触ると、薔薇の棘がお姫様の指に刺さりました。」
ナレーションが終わると、アリッサが薔薇を触る。
「っ、痛い。」
彼女の指から血が垂れた。
演技ではなく、崩れ落ちる。
あれは、まずいんじゃない?
「ああ、お姫様。あれほど、小屋の外には出ないように言っておいたのに。」
私は台詞を言いながら、アリッサに近寄ると、回復魔法をかける。
劇の進行とは違い、アリッサの姿が白く光るが許して欲しい。
緊急事態だ。
明らかに顔色が悪く、ちゃんと呼吸できてなかった。
回復魔法をかけた後は、顔に赤みが戻り、呼吸もきちんとできている様だった。
「この薔薇がいけないのね。」
私はさりげなく、ハンカチで薔薇の濡れている部分を拭った。
「この様な所では、可哀想ですわ。運んでベッドに寝かせましょう。」
「とびきりのベッドを用意しましょう。眠り続けるお姫様の身体が、少しも痛くならない様に。」
ハンナとエスタの台詞が続くと、場面の転換のために、一度幕が降りた。
大道具のベッドが運び込まれ、アリッサがその上に横たわる。
「ハナさん、感謝しますわ。」
アリッサが私の手を握り、小さな声で囁いた。
私は無言で頷く。
幕が上がった。
「それから、お姫様は眠り続けました。知らせを聞いて、王様と王妃様が駆けつけます。」
その後、劇は何事も無かったように続いた。
「こうして、隣国の王子様がお姫様の国から呼ばれました。」
「姫、眠られてしまったのですね。私が助けに参ります。」
「王子がお姫様の国に行くのに、何の障害も無いはずでした。隣の国の為、馬車で一日で着くはずでした。しかし、王子の前には、意地悪な魔女の手先が、剣を構えて待っていたのです。」
「ここから先は、通さない。通りたければ、俺を倒してからにしろ。」
シャキン。
鞘から、剣を抜く。
「力ずくでも、通らせてもらう。愛する姫を助けるためだ。覚悟しろ。」
スッ。
ショーンも鞘から、剣を抜いた。
ハンレーの顔色が、変わる。
二人は、そのまま剣を撃ち合う。
キン。
何だか金属の音がする。
ハンレーの剣の様子がおかしい様だ。
ハンレーの剣は、ショーンの剣と峰の方で撃ち合っている。
まさか、ハンレーの剣は木刀ではなく、真剣になっていたのだろうか。
台本通りに、ハンレーとショーンは二、三度打ち合い、ハンレーが倒れる。
「魔女様、申し訳ありません。」
ハンレーは、その場に倒れながらも、やりきった表情をしていた。
「その後、王子は馬を走らせ、お姫様の待つ王宮の小屋の寝台へと急ぎます。」
もう一度、幕が下がり場面転換が入る。
ハンレーが起き上がった。
「ショーン、すまなかった。これから俺は、国王陛下に事情を説明しに言ってくる。劇は頼んだ。」
「気にしてないよ。勿論だ。」
小声でそれだけ言うと、舞台を後にした。
大道具や小道具の場所が動き、幕があがった。
最後だ。
私もアリッサのベッドの近くに、役として立つ。
アリッサが眠るベッドに、一歩一歩、ショーンが近づく。
「姫、お待たせしました。」
ショーンは、優雅に一礼した。
「王子は、姫に近づき、そっとキスをしました。」
ナレーションが入り、ショーンがベッドの手前で屈み、アリッサの口元に顔を近づける。
あ、本当にキスした。
「「きゃあー。」」
その瞬間、会場中から黄色い悲鳴が聞こえる。
アリッサは、顔を赤らめ、震えながら起き上がる。
「あ、あれ、ここはどこ?」
「美しい人、名前は何と言うのですか?」
「私の名前は、アリッサですわ。」
「アリッサ姫。私の名前は、ショーンと言います。是非、私と結婚してください。」
「はい。喜んでですわ。」
「こうして、二人は無事に結ばれ、楽しく暮らしました。おしまいです。」
今までで、一番の拍手の音がする。
幕は、ゆっくり下がっていった。
劇は大成功だ。
「国王陛下がホールに来ているんだ。近衛も近くにいるだろう。どこに居る。会場を封鎖しろ。」
ショーンの鋭い声が、舞台上に響いた。
左右の舞台袖から一人ずつ、騎士がやってきた。
「王太子殿下、どうされましたか?」
「木刀が真剣にすり替わっていた。一歩間違えば、怪我をしていた。後、途中でアリッサにナコッタ男爵令嬢が、回復魔法をかけていたな。それも、何かあったのだろう。」
「ショーン様、仰る通りです。薔薇の棘に、毒が塗ってありました。私は優しく触っただけだったのですが、植物の方が意識を持ったように、私に棘を刺してきたのです。演技ではなく、本当に倒れて、呼吸ができない所でした。ナコッタ男爵令嬢がいなければ、死んでいたかもしれません。」
「そこまで大事だったのか。」
ショーンの顔色が変わる。
「ええ。悲しい事に。」
「直ぐに会場を封鎖しろ。一人も外に出すな。それに、意識を持った様に、動く植物か……。魔法で植物を動かせるものを容疑者として、別室で一人ずつ話を聞け。薔薇は、証拠として抑えろ。」
「「かしこまりました。」」
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