アイドルが死んだ日
もっとも、そう簡単に都合のいい人材が見つかるとは思えないが……。
「お、変わったな」
信号が青になったのを確認すると、俺とリオは腕を絡ませながら横断歩道を渡る。
真ん中ほどまで進んだところで、前方からやってきた女子高生の集団が、「あれ中元と斎藤理緒じゃない?」と声を上げた。
遅れて聞こえてくる、スマホのシャッター音。きっと俺達のイチャイチャを撮影し、どこかのSNSにでも上げているのだろう。いいねに変換されるプライバシー。
だが、何も恐れることはない。
この国のSNSは公安が日夜監視しており、俺にとって不利な世論が掲載されないよう、工作活動を行ってくれているのだから。
俺はリオの尻を撫でながら、さきほどの女子高生に視線を送った。
……試してみるか。
「ステータス・オープン」
「?」
柔らかな尻肉の感触を楽しみつつ、少女達の能力鑑定を行う。
「……やっぱな」
「ねえ、何してんの? 人の体まさぐりながら他の女を見るとか、やめてくんない? そういうの興奮するんだけど!」
「本音漏れてんぞ」
リオはこういう扱いをされると喜ぶから、このままでいいとして。
怪訝そうに俺を見つめる女子高生達は、全員がレベル1。ただし、MPは20~30前後はある。
「悪くないな」
「……」
リオの唇が、小刻みに震えているのがわかる。
そろそろ誤解を解いてやらないと、嫉妬のあまりこの場で性行為をねだってくるかもしれない。
「別に女漁りしてるわけじゃない。人材発掘の一環だ」
「……あいつらに才能があるっていうの?」
「全くないわけじゃない。根気強くレベルアップさせたら、そこそこの使い手になるだろうな」
「嘘でしょ」
リオは自らを無断撮影した少女達に、凄まじいガンを飛ばす。
「あの子達を鍛えるつもり?」
「いや。あの程度の素質だと、年単位の修行が要るだろうな。とてもじゃないが開戦までは間に合わない」
「ふうん」
今度は通りがかりのOLを鑑定する。
こちらもMPは20前後。十年ほどみっちり鍛えればよい魔法使いになれただろうが。
「なんでさっきから女の人ばっか調べてんの……戦力を探してるなら、男の人に声かければいいじゃん」
「確かに男の方が物理方面のステータスは高いんだが、そっちは現代兵器で代用できるからな。自衛隊が出動すれば、異世界の騎士と対等に渡り合えるだろうさ。問題は科学では補えない力――魔力だ。魔法方面のステータスは、女の方が高い傾向にある」
「ふうん」
きっとその言葉では説明のつかない力を、人々は霊感や呪いと呼んできたのだろう。
巫女や魔女、占い師に霊感女。女性が神秘に惹かれる傾向にあるのは、偶然ではないのだ。
「そして若くて精神的に不安定な女の子ほど、魔力が高い」
「要はメンヘラ女ほど魔法の才能があるってこと?」
「もうちょっと言葉を選んでくれ」
あとお前も一般人にしては高いMPだったからな。
「ってことは、精神科に行けばいいんじゃない? 不安定な女子がいっぱい転がってると思うけど」
「……それこそなんとかに刃物だろ。力を与えても、悪用しない人間を選ぶ必要がある」
「じゃあ、適度に狂ってる女を見つけなきゃいけないんだね」
適度に狂ってるって、どういうことなんだろうな。
情緒不安定だけど、きちんと話の通じる若い女。そんなのがたくさん集まる場所というと――
「あ」
灯台下暗しとはこのことだ。
俺達がこれから行こうとしている施設――テレビ局には、そんな輩がいくらでもいる。
芸能界に所属している女の子は、皆どこか壊れているのだから。
「大当たりだな」
楽屋に入るなり、俺は共演者の女の子を片っ端からステータス鑑定してみたのだが、MPが100を超えているような者がゴロゴロと出てきた。
前にやった時は、クロエの鑑定妨害のせいでよくわからなかったんだよな。
まさかこんなに才能豊かな集団だったとは。
考えてみれば、芸能は本来、宗教行事と密接な関係にある仕事だ。
歌や踊りで神々と対話する、シャーマンのような存在。それが本来の「芸能人」なのである。
モデル上がりの女の子より、音楽活動をしている子の方がステータスが高いのも頷ける。
しかも人気グループに所属している子ほど、レアなスキルを持っているのだ。
自分の魔力やスキルを、無自覚のうちにパフォーマンスに生かした結果かもしれない。
つまりは俺がすべきことは――人気アイドルとお近付きになり、異世界絡みの事情を全て話した上で、レベルアップさせる。ひたすらこれを繰り返す。
もちろん、そこまでの信頼関係を築き上げるには、男女の仲になるのが手っ取り早い。
「……」
向こうが恋愛禁止だろうとなんだろうと、一切関係ない。
この星を守るため――
俺は――
アイドルを、食い尽くす。
「もしもし、黒澤プロデューサーですか? 急な話で申し訳ないのですが、最近、司会者に芸人を据えたアイドル番組が増えてますよね? ええ、はい。もし枠が空いてるなら……」
俺は若干の後ろめたさと、微かな高揚感を覚えながら、売り込みを始めた。
すまないドルヲタの皆。
仕方ないんだ。世界の命運がかかってるんだ。背に腹は代えられないんだ……!




