戦闘民族ジャパニーズ
「成長率?」
フィリアは口の端から涎を垂らしたまま答える。
「本格的な進行の前に、地球人の潜在能力をテストしておきたかったんだと思います。ちょっと経験値を獲得しただけで強くなる人種なのだとしたら、戦争どころではありませんからね」
「ああ……なるほど」
「それだけ勇者殿の戦闘力が驚異的だったのですよ、私達の世界からしたら」
「って言っても俺、召喚されたての頃は弱っちかったけどな。潜在能力があったわけじゃなくて、酷使された結果レベルアップしまくったって感じだぞ」
「でしょうね。私が見るに、勇者殿に剣や魔法の才能はなかったと思います。勇者殿個人がどうこうというより、地球人全体が脆弱な民族ですね」
「言ってくれるな」
「ただ――」
フィリアはそこで言葉を切り、溜めを作ってから言った。
「――苦痛に耐える能力に関しては、目を見張るものがあります」
「なんだそりゃ」
「特に、この国の人間はおかしい」
フィリアはどこか哀れんだような目をして言う。
「毎日十時間近く働くのが普通だなんて、狂ってると思います。休日も月に数回しかないように見えるのですが」
「え、そうか?」
俺も今そんな感じで仕事してるし、親父だってそんな感じで働いてるしなあ。
日本人男子としては一般的な労働環境では?
「……あちらの世界だったら、労働者が暴徒化してるところです」
「異世界の連中が怠けすぎなんじゃねーの?」
「多分この件に関しては私の感覚が正しい気がしますが。意識がはっきりしてる間はこの国の文化について学んでいるのですが、貴方達日本人は外国から働きアリ扱いされてるのでしょう?」
「あー……そのへんを改めようって動きがあるみたいだけど、中々変わんないんだよな」
「しかもただのアリではなく、軍隊アリ」
「物騒だなおい」
フィリアは至って真剣な目をしている。
「最近、日本史に手を付けてみたのですが……なんというか、畑から狂戦士が採れる国としか思えませんね」
「こんな平和ボケした国もないと思うけどな」
「格上の国とばかり戦争してらっしゃるでしょう?」
「ん……それもそうか」
「しかも大きな敗戦はほんの数回」
「まあ、長い目で見れば勝率いい方かもな」
「捕虜になったら腹を切って情報漏洩を防ぐ。あるいは捕虜ごと射る。劣勢になったら降参せずに特攻する。死んだ味方の死体を食べて飢えを乗り切る。敗戦を受け入れず、数十年もジャングルに籠っていた歩兵が終戦後に見つかる。国土の大半を焼き払われ、建築物の七割が破壊されたところから数十年で惑星二位の経済力に回復する。生魚を食べても腹を壊さない。ほら、これが狂戦士以外のなんだというのです」
最後のやつはただの偏見な気がするぞ……。
異世界にも一応、生のニシンを食べる人達がいたりしたわけだし。
いやそんなことより。
「言われてみると、日本人って結構やべえ民族なのか?」
「歴史の大半をこの戦闘スタイルで来た民族が、たった七十年程度大人しくしていたところで、周辺国からは危険な人種に見え続けるでしょうね」
「デリケートなところに触れるんじゃない」
こほんと咳払いして、フィリアは続ける。
「要するに私が言いたかったのはですね。地球人の――いえ、日本人の身体能力や魔力は大したことがないのですが、気質は非常に兵士向きだということです」
「……かもしれないな」
そういう国際ジョークがあるし。
最高の軍隊とは、アメリカ人の将軍、ドイツ人の参謀、日本人の兵士からなるものである、だっけか。
「きっとここで地球人をレベリングしている男は、読み間違えるでしょう。地球の人間は大した潜在能力を持っていない、と。そしてそれを本国に報告するに違いありません」
「じゃあ、いつか異世界の軍隊が攻め込んでくるってことか」
「ええ。そして失敗すると思います」
フィリアはきっぱりと言い切った。
「この国の人々は、最弱ですが最強です。あちらの世界と戦争すれば、はじめのうちこそ苦戦するでしょうが、いずれ過酷な戦場に適応し、生き残った人々は次々と勇者殿のように強力な戦士と化すはずです」
「買いかぶりすぎじゃないか?」
「いいえ」
フィリアは首を横に振って告げる。
「私はようやく勇者殿が召喚された理由がわかりました。世界を救う英雄を欲したのに、どうしてごく普通の少年が出てきたのかと。……答えは簡単、この国の『ごく普通の男』は、異常だからです。貴方達日本人の従順さと苦痛に対する耐性は、もはや生体兵器の域に達している」
「褒めてんのかそれ?」
「半分は畏怖ですね。なにせこんな国民が、一億もいるのですから」
初期ステータスも成長率も良くはないが、残機が一億二千万あって、しかも何回ゲームオーバーしようがどんな苦痛を味わおうが、立ち向かってくるエネミー。
なるほど、これがゲームだったら絶対相手にしたくない敵だ。
「でも、このままだとデカイ戦争になっちまうのか」
防ぐ手段はないのだろうか?




