蟲毒を極める
俺達を乗せた車は、駅前のグランドホテルに向かっていた。
パーティーはそこの地下一階にある、宴会用フロアで行なわれるらしい。
主に暴力団関係者が出席するようだが、建設業者や警察幹部、議員にタレント、それから半グレ集団なども招待されているようで、社会の闇を煮詰めたようなラインナップと言える。
「俺実は半グレ集団ってよくわかってないんだけど、あれってなんなんだ?」
ほんの一年前に異世界から帰って来た身なので、そのへんの事情は疎い俺である。
たまにニュースなどで見かけるのでなんとなく雰囲気で使っている言葉だが、彼らの実態はいまいち理解しがたい。
「あー? まあ新時代の犯罪組織かねえ」
権藤は気怠そうな声で解説を始める。
「今はもうおおっぴらにヤクザと関われない時代だろ? しかも俺らって上下関係厳しいからな。こういうのが嫌われて、近頃は若い奴らが全然入ってこねーんだ」
「そういやテレビに出てくる暴力団関係者って、中高年ばっかだな」
「そうそう。若い連中は地元の不良仲間とつるんで、ゆるーく徒党を組むんだ。で、気が付けば詐欺や恐喝で荒稼ぎする、巨大犯罪組織になってる。学生時代のノリのまま、ダラダラ悪事を重ねるんだ。俺らはもう古い人種なんだろうな」
権藤の口ぶりには、どこか哀愁を感じさせるものがあった。
自分が古い人種であることを自覚しているのだろう。
「ヤクザは……ろくなもんじゃねえけど、被差別階級の受け入れ先みたいなとこもあった。俺だって極貧の母子家庭出身だしな。でも今時の半グレってのは、都市部の中流以上の家庭で育った奴らなんだ。俺には理解できねえよ、そんな家に生まれたならいくらでも他の道があったろうに」
旦那も気を付けた方がいいんじゃねえかな、と権藤は言う。
「正直あいつらは何するかわかんねえ。まともな環境に生まれておきながら、進んで外道に堕ちた連中なんてよ」
「半グレのことをよく思ってないようだが、だったらなんでパーティーに招待してあるんだよ」
「……最近はあいつらの方が勢いあるし、なのにあんま俺らとは接点がなかったわけだから……まあ……このへんで仲良くしときましょうやってわけだ」
「要するにライバル企業に接待する感じか」
「そういうこった。俺だって気が進まねーよこんなの」
権藤は深いため息をついた。
中間管理職の悲哀というやつであろう。
「お、そろそろだな」
雑談をしているうちにかなりの距離を走っていたようで、前方にホテルらしき建物が見えてきた。
運転手は慣れた手つきでハンドルを切り、ほとんど車を揺らすことなく駐車場に侵入していった。
「そんじゃ行きますか。JKは何人来てっかなあ」
乱暴にドアを開けた権藤に続いて、後部座席の三人組も車を降りる。
女性陣の口元が固く引き結ばれているのは、権藤の話に何か感じるところがあったからなのか、それとも真面目な語りの後にJK大好きな本性が出てきたことを嫌悪しているのか。
早坂さんがスカートの下から拳銃を引き抜こうとしているのを見るに、まず間違いなく後者な気がする。
「すぐホルスターに手を伸ばすのやめた方いいですよ……」
「む」
場所が場所なだけに、パンツ見えそうになってるし。
私服姿の女性警官が太もものホルスターに銃を忍ばせてるって、ロマンだよな。
俺も俺で権藤に負けず劣らずの劣情マンだが、それを口に出さないだけのモラルがあった。
ここがカタギと犯罪者の違いなのである。
そんなくだらないことを考えながらホテルの自動ドアを通り、ロビーへと進んだ。
「うわぁ。既に人相の悪い男達が集まってる……」
心なしか受付のお姉さん達の表情が硬い。これ絶対そっち系の人達の会合だよね、うちのホテル暴対法でしょっぴかれたりしないの? とビクビクしてそうだ。
「こっちだ旦那」
俺達は権藤に案内され、四つある階段のうち最も近くにあったものを使って地下に降りた。
金色の手すり、真っ赤なカーペット。
建築技術に差があるから当然なのだが、異世界の宮殿よりずっと豪華な内装だ。
「すげえなぁ。俺こんなとこ初めてだわ」
茫然とあたりを見回していると、一際騒がしい集団を見つけた。
……何度か共演したこともある、お笑い芸人の一団だった。
強面の男達に囲まれながら、楽しげに歌を披露しているようだ。
「やってるなあー。旦那も一発かましてくれや」
「え?」
「得意だろ? ケツでバット折るの」
一体どこから用意したのか知らないが、権藤は数本の金属バットを手渡してきた。
「あそこに刀傷だらけの爺さんがいるよな。あれがうちの大親分だ。つーわけであの人の前で思いっきり芸を見せてきてくれ。もちろん俺の紹介で来たってアピールしながらな」
「急に言われてもなぁ……仕事以外でこういうのやるのって恥ずかしいんだぞ。ちょっと心の準備をさせてくれ」
「親分の周りに小奇麗な女の子達がいるのが見えるか? あれはあの人の孫娘だ。お笑い芸人が大好きなミーハー揃いで、興奮するとすぐ抱き着いてくる」
「中元圭介でーす! はい皆さん注目! なんとこの頑強な金属バットを俺のケツに挟むと……ああっ! 一瞬でへし折れた! なんのトリックなんだこれは!? 俺の尻に何が入ってるんだ!? おっとっと、そんなに抱き着いてきたら胸が当た……よーしもうおじさんもう一本折っちゃおうかなー!」
俺は女の子達にもみくちゃにされ、撫で回され、至福の時間を過ごしたのであった。




