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異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに  作者: タカハシ ヒロ
第七章 スパイ大作戦

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非人間の証明


「つまり君は人間兵器を主張するのか。しかも核をも凌駕すると」

「そ、そうなりますね」

「……どこからどう見ても普通の男にしか見えないが……まあ、きっと精力に関してはずば抜けたものがあるのだろう」


 大槻教授の視線は、俺にしがみつくエリンに注がれていた。


「確かに生殖能力の高さは、生物にとって最強の武器と言えるかもしれない」

「いやそういうんじゃなくてですね。……とりあえず車から降りたら色々見せる。それで納得してくれるはずだ」


 そうやってしょうもない会話を繰り広げているうちに、俺達を乗せた車はどんどん見覚えのある道へと入り込んでいく。

 人気のない道路を進み、歩道橋の下をくぐり、公衆トイレが見えてきたところでブレーキがかかる。

 どうやら大学付近まで戻って来たようだ。

 

「さて」


 俺は隣で腕を組む大槻教授に、車を降りるよう促す。


「騙されたと思って付き合ってほしい。損はさせないから」

「……いいだろう」


 義理の息子になる男の頼みだしな、と教授は渋々応じた。

 ゆっくりとドアが開き、教授、俺、エリンの順番で車外に出る。

 杉谷さん達は車内から見守っているつもりなようだ。


「このへんでいいかな。よ……っと」


 俺はエリンをベンチに座らせると、その場で垂直に跳び上がった。飛距離はざっと二十メートルといったところだろうか。

 ゴウゴウと風を切る音、ズガンという着地音。

 誰がどう見ても異常事態だとわかる、ワイヤーアクション顔負けの跳躍力だ。


「感想は?」


 大槻教授はしばらく口を開けていたが、しばらくして我に返ると「トリックだな」と呟いた。


「事前にこの公園に何か仕掛けていたんだろう。場所を指定したのが怪しい」

「じゃああんたが選んだ場所で跳ぶよ」


 俺は教授と一緒に横断歩道を渡り、数百メートルほど離れた木陰でもう一度跳び上がる。

 飛距離はやはり、垂直に数十メートル。


「どうだ?」


 着地と同時にたずねると、大槻教授は顎に手を当てて考え込んでいた。


「まだ疑うつもりなのか? 次はデコピンで遊具でも壊すか?」

「いや、いい。君が超人なのは信じる。しかし……」


 まだ何か気になっているというのか?

 教授はしきりに独り言を呟いている。


「一体何が気になってるんです?……とにかく見ての通り、ドローンなんかなくっても俺がいれば大体のことは収まるんで、安心して――」

「君、女の声が聞こえることはあるか?」

「――はい?」


 急に顔を上げたかと思うと、妙なことを聞いてきた。

 しかも心当たりがあるだけに、無視できない話題だ。


「……女の声ってのは、具体的にどういうのを指してるのか聞いていいっすか」

「配偶者や恋人の声が、意思とは関係なく頭の中で再生されることはあるかね」

「……あるって言ったらどうするんです」

「そうか……なら本当に異世界帰りなのか……」


 大槻教授が俺を見る目が、どことなく優しくなったように感じた。

 この人は俺の何を知ってるんだろうか?


「杉谷さんから俺のこと聞かされてたんですか?」

「ある程度はね。ここではない別の世界から帰ってきた男がいると、その程度の情報だが」

「なんでそれで、俺がエル……女の声が聞こえる状態にあるってわかったんだ?」

「少し長くなるがいいか?」


 構いません、と俺は了承する。


「私がゴブリンなる怪生物の脳を調べているのは聞いてるんだろう? それで判明したのだが、彼らもあれはあれで同情に値する境遇らしい」

「どんな風に?」

「どの個体からも、脳内に巨大な腫瘍が見つかった。不審に思って切除してみたところ、それは腫瘍ではなく小ぶりな脳だった。……私は真っ先に胎児内胎児を疑った。これは本来双子の兄弟として生まれてくるはずが、受精卵の段階で上手く細胞分裂できず、大きい方の胎児が小さい方の胎児を飲み込んでしまうことで起きる」


 有名な医療漫画で、そんなキャラクターが出て来た気がする。

 あれは女の子の形に組み立てられた末、育ての父である主人公を愛するようになってしまったが。

 あれもある種のファザコンなのか? と脳内で脱線しつつ教授の言葉に耳を傾ける。


「しかし歯や髪の毛の一部、断片的な脳組織が出てくるというのは報告事例があるが、完全な形の脳が見つかるというのはまず聞いたことがない」

「頭の中に兄弟が住んでたことになんのかな。気味の悪い話ですね」

「ゴブリンの場合は、兄弟の脳ではなかった。大きい方の脳と、摘出された方の脳は染色体の構造が違ったのだ。簡単に言うと、二つの脳は性別が違う。雄ゴブリンの脳に、縮小された雌ゴブリンの脳が入り込んでいた」

「……双子の妹?」

「おそらく血縁者ではないだろう。まだ意識のある頭部から得られた証言によると、ゴブリン達は死んだ恋人や妻の声に導かれて、戦闘行為を行なっていたそうだ。そういうことじゃないか?」


 心臓が早鐘を打ち始める。

 俺が殺したゴブリンが、亡き妻や恋人に導かれていた?

 それはつまり――


「こんな実験がある。まず、雄のマウスを雌のマウスと遊ばせて、楽しい思い出を作らせる。その時に脳の中で活動的になった部分を記録しておく。次いでそのマウスを一種の拷問にかけ、鬱状態にする。大好きな砂糖水も飲めないほどにね。しかし、雌と遊んでいた時に活発になっていた神経細胞群を人為的に刺激すると――彼は鬱状態から立ち直った。異性との思い出で意欲が回復したのだ」

「……ひでえ実験だな」

「ゴブリンが受けた処置は、発想としてはこれに似ていると思う。脆弱な精神を補強すべく、頭の中から激励する仕組みを植え付けられたわけだ。……時々、ゴブリン以外の亜人もうちに送られてるが、やはり同じ処置が施されている。『異世界』から送り込まれてくる刺客は、どれも戦闘向きの心に作り替えられているのだよ。ならば異世界帰りの君も、と考えるのは自然ではないかな」

「俺も頭の中を弄り回されていると?」

「スキャンしてみるかね」


 大槻教授は親指の先で、自身の勤める大学を指していた。


「あそこには機材がある。……そうだな。君の体を検査させてもらえるなら、ゴブリンの研究を中断してもいい」


 君の方が面白そうだからな、と教授は青白い顔で囁いた。

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