爆弾解除班
今夜の添い寝当番は、綾子ちゃんである。
零れ落ちそうなほどの巨乳でありながら、就寝中はノーブラ派。寝間着は薄手のパジャマ。
そんな男の欲望を体現したかのような少女との同衾だというのに、気分は爆弾解除班だった。
――女の子って、見えないところで溜め込むものなんですよ。色々と。
というアンジェリカの忠告と、なにより妄想日記が怖すぎたのもあり、念入りに綾子ちゃんを可愛がってみたのだ。
頼むから爆発するなよ、と祈りながらの作業であった。
処女を奪いそうで奪わないギリギリのラインに留めておいたのだが、どうやら満足してくれたらしい。
暗黒の少女は、穏やかな顔で寝息を立てている。俺の腕枕に頭を乗せ、両脚を絡ませながらの熟睡だ。
乳房は俺の脇腹に乗っかていて、どっしりとした重みが伝わってくる。
ほとんど事後にしか見えない状態だけれど、今は嬉しさよりも先に恐怖がくる。どうせこの中も脂肪の代わりに呪いが詰まってるんだろ? と言いたくなる。
「……女の子は見えないところで溜め込む、か」
かすかに湿った綾子ちゃんの髪を撫でながら、思考を巡らせる。
確かに俺は鈍い。見えないところで女に恨まれているかもしれない。
ひょっとしたらエミリーやレベッカとも異世界時代に因縁があったのかもしれない。
……一生懸命記憶を探ってみる。
が、何も心当たりがない。
駄目だ。これ以上は考えるだけ無駄だ。
俺は再び綾子ちゃんの髪に指を差し込み、感触を一通り楽しんでから、眠りについた。
朝になると、綾子ちゃんは俺よりも早くベッドを抜け出していた。
全員分の朝食を作るとなると、誰よりも早起きする必要があるのだろう。
毎日大変だな、と胸の中で労いの言葉をかけつつ、便所に向かう。
用を足し、洗面所で手と顔を洗い、歯を磨き、それから台所へと足を進める。
さて綾子ちゃんはどうなったかな、と首を伸ばして覗き込む。
いない。
「え?」
……いない。
無人である。
普段ならお鍋をコトコト煮込んでみそ汁なんかを作ってるはずなのに、いない。
ゴミ捨てにでも行ったのかな? と一瞬思ったが、今日はゴミ出しの日ではない。
「……」
不穏な予感に苛まれながら、リビングに向かう。
ここにもいない――違う。
ベランダだ。
窓の外に目をやると、パジャマ姿の背中が見えた。昨日俺と寝た少女の、細い背中。
「何してんの?」
窓を開けて話しかける。
綾子ちゃんは柵に肘をかけ、何をするわけでもなく佇んでいた。
ただただ外を眺め、風に髪をなびかせている。
「……おはようございます」
ゆっくりと振り向いた綾子ちゃんの目元は、赤く腫れ上がっていた。
コンディションはレッド。爆発寸前な模様。
なんで。
昨日あんなにサービスしてやったじゃん。
好き好き言ってやったじゃん。
これ以上何をすればいいんだよ!?
しかしそんな不満を口にするほど幼くはないし、勇気があるわけでもない。
俺は今すぐベッドに戻りてえという本音を押し殺しつつ、「何があったか聞いていいかな」と大人の貫録を見せつける。
「……急に、悲しく、なって」
「どうして?」
綾子ちゃんはそこで鼻をすすり、目元を両手で覆った。
これはもう爆発寸前どころか、爆発しているのではないか。
俺は爆発処理班ではなく、死体清掃班なんじゃないか。
失礼な感想を次々に浮かべながら、綾子ちゃんの頭を撫でる。
「……俺のせい?」
返事はない。
明確に否定してこないし、多分俺のせいなのだろう。
……。
めんどくせえ……。
不満があるなら、抱え込む前に直接俺に言えよ……!
こうなる前に言えよ……!
などと最低のモノローグを繰り返しているが、台詞の方は紳士モードを維持したままである。
「ごめんな。俺に原因があるんだよな。綾子ちゃんが泣いてると俺も辛いからさ、ちゃんと話してくれよ」
「……うっく」
そうして綾子ちゃんは、しゃくりあげながら説明を始めた。
中元さんに可愛がってもらった時は幸せな気持ちだった。
でも朝になったら、中元さんの手つきが慣れていたことが悲しくなった。
アンジェリカさんやリオさんとも同じことをやってるんだろうし、昔お付き合いしてたエルザさんともこういうことをしてたんだと思うとやりきれない。
私は中元さんの一番になれない。
大体こんなことを言いながら、グズグズと泣きじゃくっている。
「……でもぉ……こんなことを考えちゃう、自分も、嫌でぇ……もうどうすればいいのか、わかんなくてぇ……。私、嫌な女の子ですか……?」
もはや聞き取るのも難しいが、ケアが必要な状態なのは理解できる。
「……あのさ」
俺は綾子ちゃんが一番好きだよ、と囁く。
「……嘘」
「嘘じゃない」
慣れたものである。
だってこのやり取り、アンジェリカともリオともフィリアともやったし。
実はいうと、日替わりで起きてるイベントなのである。
なんというか俺はもう、最低だった。
綾子ちゃんを抱きしめ、「俺の本命は君だから」と小声で言う。
女性の部下を複数持った場合、全員に「一番贔屓されてるのは私」と思い込ませるのがコツだ、と杉谷さんは言っていた。
管理職としては普遍的なテクニックなのだろうが、ハーレム運営でも使えると俺は思う。
「中元さん……っ!」
綾子ちゃんは感極まった声を出し、強く俺を抱き返してくる。
俺はポンポンと背中を叩き、「気付いてあげられなくてごめんな」とメロドラマじみた台詞を吐く。
よし。
これで今日の爆弾は解除終了だ。
俺はすっかり機嫌を直した綾子ちゃんと共に台所に向かい、二人で並んで朝食を作った。
みそ汁とベーコンエッグとほうれん草のおひたし、それに焼き魚とご飯。
和風をベースとした、なんとも健康的な献立である。
「……中元さんのだけ、ベーコン多めにしちゃいました」
てへっ、といたずらっ子のように舌を出して、綾子ちゃんは笑う。
俺は共犯者の笑みを浮かべるが、実際は俺の単独犯であろう。俺は女心を弄ぶ、史上稀に見る凶悪犯なのだ。
「……いつか地獄に落ちるよな、俺」
「え?」
何か言いました、と綾子ちゃんは聞いてくるが、俺は「独り言」と答える。
「……作業に夢中になってると、ついつい出ちゃいますよね、独り言って。私もよく、お料理してると『中元さんだけを愛してる死んでも愛してる中元さんだけを愛してる死んでも愛してる』ってブツブツ呟いてるみたいで」
それ独り言じゃなくて発作って言うんじゃねえの? という本音は口にしない。
俺は努めて穏やかな笑顔を作り、何度もリビングと台所を往復する。
綾子ちゃんが作り上げた料理を運び、テーブルに盛りつけていく。
泣かせてしまった日は、家事も手伝って点数稼ぎをするのだ。
平成のパパが家庭をサバイブするためには、必須の技能である。
「次、このお皿お願いしますね」
綾子ちゃんは俺が台所に戻るたび、こっそりと口付けをしてくる。
すでにアンジェリカが起きているので、隠れるようなイチャイチャだ。
「……味見もお願いできますか?」
「なんでも手伝うよ、うん。今日はそういう気分なんだ」
「……ふふ。中元さんはいい旦那さんになりそうですね」
大和撫子な笑みを浮かべながら、綾子ちゃんは取り皿でみそ汁をすくい、口に含んだ。
そして、俺の両頬を手で押さえながら唇を重ね、コクコクと口内の液体を送り込んでくる。
……普通さ、味見って口移しでやらないよね。
朝から距離感近すぎだよね。
大和撫子どころか欧米の女でもここまでやんないんじゃないの?
でも、俺は知っている。
愚痴を吐き散らしたあとの女に優しくすると、いつも以上に擦り寄ってくることを。
こうなってしまったら、もう好きにさせるしかないことを。




