*番外編 父の日記念SS
*父の日ということで番外編です。
本編の季節はまだ春なので、数ヶ月ほど未来のお話になります。
* * *
朝食を済ませたあと、寝室でゴロゴロしているうちに十時近くになっていた。
早いもんである。さっき日の出を見た気がするのに、既に空気は朝から昼になりつつある。
歳を取ったせいか、なんだか一日が短く感じる。
とにかく体感速度が早くて、一年があっという間に過ぎていくのだ。
もう、六月なんだよな。
異世界の魔女に頭の中を弄り回されるというアクシンデントがあったせいもあるだろうが、五月は風のように過ぎ去っていった。
気が付けば一年の半分以上を消化しているのだから、驚きである。
今日は六月十七日。
父の日だ。
といっても異世界生まれのアンジェリカはそんな習慣なんざ知ったこちゃないだろうし、綾子ちゃんだって俺を父親と認識しているかどうかは怪しいところだ。あの子は俺を生殖対象としか見ていない気がする。
そしてフィリアに至っては、正気ですらない。
リオは……そうか、一番期待できるのがこのマゾヤンキーになるのか。現代人だし、発狂してる時は俺をパパと呼んだりもするので、父の日記念にバラの花でも贈ってくれるかもしれない。
まあ、何もなかったとしても、それはそれでいいんだけどな。
せっかくの休日だし、家の中でだらだらと過ごすのも悪くはない。
そういうわけで俺は今日一日、ベッドの上でスマホゲーに興じることにした。
ふかふかの寝具に寝そべり、寝間着姿でゲーム三昧。
めちゃくちゃ駄目人間っぽいけど、まだ本調子じゃないので大目に見てほしいところだ。
なんだか頭がボーっとするし、全身に倦怠感があるのである。
おそらく先日食らった洗脳魔術の後遺症だろう。
ああいう敵は二度と相手にしたくねえなあ……と身震いしながらアイドルゲームの編成画面とにらめっこしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「おとうさーん? 入って大丈夫ですかー?」
アンジェリカの声だ。
俺はスマホを枕元に置き、「いいぞ」と答える。
すると無礼なほどの速さでドアが開き、水色のキャミソール一枚のアンジェリカがズカズカと上がり込んできた。
温かくなったせいか、こいつの服装は無防備になる一方である。
下半身なんてパンツ一丁ときてるし。
「お邪魔しまーす。……あれ? なんで着替えの最中じゃないんですか?」
「着替えの最中なら『いいぞ』って答えないからな」
「お父さんはもっと無防備な姿を見せていいと思いますよ」
お前らがそうやってギラギラした目で俺の体を見てるのがわかるから、無防備な姿を晒さないように心がけてるんだけどな。
最近の俺はもう何をされるかわからないので、アンジェリカ達が側にいる時は肌を隠すようにしている。
今も必死に胸元のボタンを留めている最中だ。
こいつ部屋に入るなり俺の胸板をガン見してきたからな。
普通こういうのって男女逆だろ……。
「なんか用事あるんじゃないか?」
視線から逃れるべく、若干身をそらしながら声をかける。
アンジェリカのことだからどうせ「遊んでー」か「どっか行きましょうよー!」か「えっちして」のどれかだろう。前半二つならば、要求に応えてやらないこともない。
「あのですね、今日は父の日って聞いたんですよ。合ってますよね?」
「おお……マジか。アンジェの口からその単語が出てくるとは思わなかったぞ」
なにやら背中で隠してるものがあるっぽいし、ひょっとしてプレゼントを持ってきてくれたんだろうか?
「こっちの世界は色んな記念日がありますけど、まさかこんな素敵な日があるとは思いませんでしたよ」
「だろ? ちなみに十月の第二日曜日は父娘の日らしいぜ、そっちも楽しみにしてるからな」
「え……父✕娘の日ですか……?」
【アンジェリカの性的興奮が70%に到達しました】
「……けしからん祝日があるんですね、こっちの世界は……」
「多分アンジェが想像してるようなイベントじゃないからな」
システムメッセージのせいで心理状態が割と筒抜けなのだが、そのへんの事情を知らないアンジェリカは呑気にむらむらしているのだった。
逐一それを知らされる俺の方も変な気分になってくるから、正直やめてほしい。
が、言ってどうにかなる問題でもないだろう。
十六歳だしな。
頭の中が色恋沙汰でいっぱいになるのも、無理はないお年頃だ。
その倍は生きている俺の方が、ひたすら耐え忍ぶしかないのである。
美少女の義父ってやつは、日々が煩悩との戦いなのだ。
「で、父の日を知ったお前は何をしてくれるんだ?」
「あっ、そうでしたそうでした」
ようやく妄想から還ってきたアンジェリカは、腰に回していた両手を前に持ってきて、
「はい!」
と元気よく花束を差し出した。
「おお……!」
黄色いバラを、水色のリボンで包んだ小さなブーケ。なんとも可愛らしい贈り物だ。
「父の日って黄色いバラを送るんですよね?」
「ああ、調べたのか?」
ですよ、と胸を張るアンジェリカ。
いつもなら揺れる双丘に視線が向かうところだが、今の俺は目頭を抑えながら花びらを見つめる、健全なパパと化している。
なんてこった、こんなに嬉しいとは。
「すげえ嬉しいよ。ありがとな。なんかじんときちゃうなこれ」
「ほんとですか?」
「父親冥利に尽きるな……しかもこの花、なんかアンジェと似てるし」
「……私と?」
「黄色い花と水色のリボンだろ。金髪碧眼のお前とそっくりだよ。小ぶりなのに高級感あるとこなんかも、それっぽいしな」
自然に口から出てきた感想だったのだが、どうもアンジェリカは照れているらしい。
「そ、そういうの恥ずかしいんですけどー……」
もじもじと変な動きをしながら、頬を染めている。
今のってそんなにキザな言い回しか?
「大丈夫かよ? この程度で一々やられてたら、いつか悪い男に引っかかるぞ」
「お父さん以外の男の人に引っかかったりしないもん」
もん、と言い終わる直前で、アンジェリカはがばりと飛びついてきた。
全く、甘えたがりな娘である。花の次は自分自身を寄こしてくるなんて。
「おいおい、せっかくの花束が落ちちゃうって」
「えへへー」
アンジェリカはすりすりと俺の胸に頬を擦り付け、気持ちよさそうに目を細めている。
なんだか子猫みたいだ。あんまり愛らしいもんだから、つい頭を撫で回してしまった。
「……おとーさん、好き」
「わかってるよ、俺もだぞ」
「いつもお仕事お疲れ様です」
「アンジェも最近は皿洗いとかしてくれてるよな、そっちこそお疲れ様だ」
「……おとーさん」
「なんだ?」
甘い雰囲気。この先はきっともっと過激な行為を要求してくるんだろうな、と経験上知っている。
けれどそれだけは断らないと。どんなに可愛くてもスタイルがよくても俺を男として意識してても、アンジェリカは義理の娘なんだから……。
「その、お父さんのことが大好きな私のしたことだから、大目に見てほしいんですけども」
「なんか聞くのが怖いな。どうした?」
アンジェリカは翡翠色の目を潤ませながら、上目使いで言う。
「さっきお父さんのパソコン弄ってたら、今すぐお金を振り込んで下さいってメッセージがバンバン表示されるようになりまして……」
「よし今すぐ離れろ」
ひょっとして父の日に感謝を伝えるためじゃなく、やましいところがあるからご機嫌取りに来たんだろうか。
「……まさかこのバラも、PCの調子が変になってから大慌てで買いに行ったとかだったりするのか」
「ち、違いますよう! それは元々昨日の夕方から用意してたやつですから! レシートだってありますからぁ!」
「わかったわかった、信じる。……しょうがねえなあ」
とにかくPCの様子を見ないと。
俺はのっそりとベッドから起き上がると、リビングへと向かった。
右手にはバラ、左手にはビクビクとした様子で絡みついてくるアンジェリカ。
「やっぱ怒ってます?」
「パソコン触るのは別にいいんだが、変なサイトにアクセスするのは頂けないな」
どうせエロサイトでも見たんだろ。
自力でネットサーフィンできる程度には現代文明を学習してるんだから、ITリテラシーも学んでほしいものだ。
せっかく甘ったるい空気が充満してたのにな。
俺の休日なんてこんなもんか、と呆れながら廊下を進む。
ため息をこぼしつつドアを開け、リビングに到着。
「なるほど。ポップアップまみれだな」
どれ、とテーブルの上に置かれたノートパソコンを操作する。
わけのわからない警告メッセージを消去し、セキュリティソフトを起動。
仕事で使ってるわけでもないしクレカも持ってないので、致命的な情報が漏れたりはしていないはずだ。多分。
多分な。
自分に言い聞かせながら、知恵を借りるべく情報収集を開始する。
『ポップアップ 消し方』で検索検索。
ネットってのは便利なもんだ。変なものをもらうこともあるけど、役に立つ情報もたくさん手に入る。
「……あー大丈夫だ、これなら簡単に直りそうだぞ」
「ほんとですか?」
どうもブラウザの拡張機能の方に、勝手にポップアップを表示する異物が紛れ込んでいるようだ。
だったら話は早い。クリック一つで削除して終了だ。勢いよくエンターキーを打ち込み、ッターン! と音を立ててフィニッシュ。
「凄い……! お父さんはスーパーハッカーなんですね……!」
「お婆ちゃんかよ。ちょっとタイピング速いくらいで感心しすぎだって。……っていうか俺より綾子ちゃんに聞けばよかったんじゃないか? あの子の方が詳しいぞこういうの」
「アヤコなら今留守ですし。神官長のお散歩に行きましたから」
「神官長『と』お散歩じゃなくて、神官長『の』お散歩なのか。最近のフィリアの扱いって、大型犬みたいだよな」
運動不足はよくないということで定期的に散歩させられていて、若くして宗教界のトップに立った人物とは思えない有様である。
邪気が消えたのである意味幸せそうではあるが、以前のジャックナイフのようなフィリアを知っている身からすると、なんとも言えない気分なのだった。
「ところでアンジェに、一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんです?」
「あの手のポップアップって、大抵いかがわしいサイト見てる時に出てくるもんなんだが。お前一体なんのサイト見てたんだ?」
「えっ…………経済とか国際ニュースとかですけど…………」
「んなわけないだろ。いいよ、検索履歴見るから」
「あっ、あっ、駄目、駄目ですってば」
血相を変えて肩を掴んでくるアンジェリカに意地の悪い笑みを送りつつ、愛娘のプライバシーを探る。
これくらいのお灸は必要である。
「……ほーお。お前、俺の画像を検索してたのか。『中元圭介 筋肉』『中元圭介 番組』『中元圭介 剥ぎコラ』……こんなマニアックな需要に応えてくれるサイトないだろ。俺イケメン俳優でもなんでもないんだからさ」
「う、ううう……」
「……で、一生懸命探したけど見つからなくて……外国の十八禁サイトにアクセスしたわけか。アジア人男性と白人ティーンの組み合わせで動画を漁ってるけど、お前これ……何? 俺以外の男の体に興味あるのか?」
「違いますよ! ちゃんとお父さんに似てる男の人と、私に似てる女の子のペアを探したんですから!」
「なんでそんなもん探したんだよ?」
「……それは……」
アンジェリカはスカートの裾を握りしめ、頬を真っ赤に染めている。
涙ぐんだ目は泳ぎに泳いでいて、まるでエロ本を母親に見つかった男子中学生である。
「そういえばパソコンの横にティッシュの箱が設置されてるけど、お前これ……」
「……お父さんが悪いんじゃないですか……! お父さんが中々お手つきしてくれないから、私は……! 私は……!」
「待てマジ泣きはやめろ、悪かった俺が悪かったから」
ポンポンと頭を撫でて、あやす作業に入る。
娘に本気でぐずられると、折れざるを得ない。男親の悲しいサガである。
「そうやってまた触る……頭ポンポンとかする……!」
「え、これ駄目なのか? セクハラか?」
「お父さんがそうやって無自覚にドキドキさせるから、私は女子シングル王者になりそうな勢いなんですよ……? 私は早くお父さんとダブルスがしたいのに……なのに……」
「お前とダブルスやっちゃったら俺は捕まるんだってば。せめて成人するまで待て。いや成人しても父親と娘じゃ駄目だけど」
あくまでこれはスポーツの話題なのだ、きっとそうなのだ、と自分に言い聞かせながら、アンジェリカとじゃれ合う。
大分おちゃらけた雰囲気になってしまったが、こんな父の日も悪くないだろう。
「お父さんのドS。私は普通に優しいパパが好きなんですからね」
むー、と口を尖らせながら、アンジェリカは俺の膝上に座った。
今の俺はあぐらをかいているので、尻を乗せやすいと思ったのだろう。
女の子が男に甘える時の動作そのもので、全く言葉と行動が一致していない。
「今日はもっとお父さんとイチャイチャできると思ったのに、全然してくれないじゃないですか。もう」
むすっとした膨れ面。さすがに父の日の祝ってくれた娘に対して、意地悪をしすぎたか?
少々反省をしつつ、頭を撫で回す。
「いや、悪い悪い。お前からかってると楽しくてな」
「……やっぱりサドいじゃないですかぁ」
言いながら、寝癖を手櫛で整えてやる。アンジェリカの髪はさらさらブロンドヘアーで、指の間をするするとすり抜けていく。
時間を忘れそうなほどの手触りだ。
アンジェリカの方も気持ちいいらしく、「ふぁー……」と声をあげている。
なんというか、本当に毛並みのいい猫って感じだよなこいつ。
そうして娘の感触を堪能していると、玄関の方がにわかに騒がしくなり始めた。
「やべ、綾子ちゃん達帰ってきた。離れないと修羅場になるぞ」
「せっかくいいところだったのにー」
名残惜しそうにアンジェリカが立ち上がったところで、玄関の戸が開いた。
視線を向けると、ビニール袋を下げた綾子ちゃんと目が合った。
「おかえり。散歩じゃなくて買い物だったのか?」
「これはフィリアさんのフンを入れるための袋ですよ」
「……そんな領域まできてるのか……」
「冗談ですよ。……お散歩のついでにお花屋さんに寄ってきたんです」
綾子ちゃんならやりかねないから怖いんだよな、とは言えない俺だった。
この少女の謎の迫力は日々強まるばかりであり、最近の俺は気圧されることも多い。
数ヶ月前、もう一人の綾子ちゃんと出くわした頃からやけに自信をつけているように見えるのだ。
……一体あの時、何が起こったんだろう?
あれ以来綾子ちゃんは「我こそは本妻」みたいな態度をしているというか。
正直なことを言えば俺の気持ちはアンジェリカに向いてるのに、どうしてそこまで強気なのか。
謎である。
けれど女の子に懐かれて悪い気はしないし、孤独な一年前よりずっと恵まれているはずだ。
そうとも。女の子に好かれすぎて悩んでますなんて、贅沢にもほどがある。
「はい中元さん。……これは日頃の感謝を込めて」
綾子ちゃんは買い物袋の中から、小さな花束を取り出した。黄色いバラだ。
「……ありがとう」
にじんだ視界でスマホを画面を見やると、『新着メッセージがあります』の文字。
ひょっとして、と期待しながらタップすると、リオが『パパありがとう』と殴り書きした、塗り絵ノートを抱えている自撮りが表示される。
フィリアは……うーあー言いながらパンツを脱ぎ捨て、俺に手渡してきた。
よくわからないが感謝の気持ちなんだと思うことにする。黄色っぽい布だし、父の日記念のバラでいいやもう。絶対暑くなって脱いだだけなんだろうけど、昔好きだった女の脱ぎたて下着なんだから、大目に見るよ俺は。
畜生、変なオチつけやがって。
でも、いいのだ。
俺はこんなに幸せなんだから、今日くらいは頭の中をトロトロに溶かして、孝行娘達と楽しく過ごすことにしよう。




