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帝国存亡戦の始まり

【東暦 一〇〇六年 二の月 四の日】


 夜が明けた。日が昇り始め、辺りを薄く照らし始める。シオンの隣にいるココが両手に息を吐き掛け、寒そうに擦り合わせていた。


「ココ、敵の陣形が知りたい。あと、左翼は誰が布陣するか見てきてくれ」

「あいあいさー!」


 シオンはココを走らせる。実際にぶつかるのはもう少し明るくなってからだと考えていた。まだ光は浅く、あたりを朝靄が支配していた。


 傭兵たちは既に起床し、朝ごはんをたらふく平らげて準備万端のようであった。対照的に孤児兵たちは緊張からか、顔色が良くない。


「何でも良いから今のうちに無理やり腹の中に入れさせておけ。でないといざという時に力が出ない」

「おうさ」


 近くの傭兵に指示を出す。シオンも固い黒パンをベーコンと水で流し込んでいた。ここで思考を切り替える。相手はどんな陣形を強いて来るだろうか。


 こちらの狙いは手に取るようにわかっているだろう。合流はさせないはずだ。しかし、帝国軍が裏をかいてくる可能性もある。保険はかけてくるだろう。


 そう考えると方円の陣が妥当のように思える。だとすると、両翼と後方の被害は甚大か皆無かの二択だろう。王国軍という盾を帝国軍の矛が破るとシオンの軍は被害が大きくなる。


 逆に帝国軍の矛が王国軍の盾を破れなければシオンの被害は皆無だろう。そこまで戦線が迫らないのだから。負けが目に見えているのならばシオンは三十六計逃げるに如かず、である。


 そろそろ時間か。シオンは号令をかけ、隊列を整える。その最中にココが戻ってきた。シオンは彼女を呼び寄せ、報告を催促する。


「どうだった?」

「陣は横位一列だったと思う。特にヘンな感じはしなかった」


 横陣だ。つまり、王国軍は包囲して殲滅しようとしているのだ。中央を破られないと見ているのだろう。兵数差による慢心か、それとも何か秘策があるのか。


「一番左に展開していたのは?」

「ラースル辺境伯の紋が見えた」

「……ってことはルリュエか」


 この戦の発端とも言える男、ルリュエ。ということは元帝国貴族の四貴族も左翼に配置されているのだろう。シオンはこれを逆手に取ることにした。


「ココ。この情報をカベンディッシュのとこの兵に伝えて来い。ああ、他の右翼の兵にもだ」

「がってん!」


 ココはまたしても風のように立ち去る。シオンは兵士たちに向き合い、隊列を少しいじることにした。前衛に傭兵を、中衛と後衛に孤児兵士を配置し、百人を三列にしたのだ。そして傭兵を集める。


「いいか、オレたちはワンテンポ遅れて突撃するぞ。味方は今頃、頭に血が上っているはずだ」


 さもありなん。目の前に裏切り者がいるのだ。伝統と格式ある帝国貴族として憤怒の表情を浮かべないものは居ないだろう。シオンは悪い笑みを浮かべてカベンディッシュ子爵と合流した。


「遅いぞ、何をやっていた!」

「最後の準備に取り掛かってましてね」


 シオンは悪びれる様子もなく着陣する。もうすぐ戦の合図が響き渡るだろう。段々と空も明るくなってきた。時間は午前八時を過ぎたところ。


 シオンは久々の戦に血沸き肉躍る思いだ。傭兵として参加して以来、実に一年半ぶりである。彼の目に、どす黒い危うげな炎が宿る。その目は獲物を狙う狼さながらだ。


「戻りましたー」

「お疲れ。さて、次の指示だ」


 ココが戻る。シオンはそのココに今度は兵士数名と共に綺麗な水と包帯を用意して後方で待機するよう伝える。選び出した兵士はココと同じような女性孤児だ。彼女たちには衛生兵の真似事をしてもらう腹積もりなのである。


 ホランド将軍が叫ぶ声が聞こえる。檄を飛ばしているようだ。反対側からも聞き覚えのある声がする。王国軍第三師団師団長、メージャー=ウォルポールの声だ。


 そしてホーンが鳴る。すると帝国軍全軍が一気呵成に攻め掛かり始めた。シオンはそれに釣られないよう、配下の兵を抑えながら進軍していく。


 狙うはルリュエの首。そのためにはまず目の前のブオーノ男爵の軍、その数五百を蹴散らす必要がある。と言っても騎士の恰好をしているのは百に過ぎない。それ以外は従者や小者のようだ。


 今ここに、帝国を揺るがす大戦が開幕したのであった。


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