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昨日の友は今日の敵

 紫苑とグレンダが別れる。さて、ここからはお互いに準備の時間だ。紫苑は食糧を確保しなければならない。そしてそれを拠点としている宿に置かせてもらわなければならないのだ。


 まずは宿兼酒場の女将に訳を話してみる。すると女将はお金さえくれるのならば今日中に用意するというではないか。本来ならば麦の質に不安を覚えてしまうが、今回は麦の品質などどうでも良いことである。


 紫苑はその提案に一も二もなく飛びついた。これで紫苑の準備は終わりである。極論、大きな樽さえ手に入れば良いのだから。あとは果報を寝て待つだけである。


「ロメリア、喜べ。明日の朝にグレンダが迎えに来る手はずになってるぞ」

「本当ですか!?」


 満面の笑みを浮かべるロメリア。紫苑は浮かれる彼女に対し、二つの釘を刺す。一つ目はまだグレンダに会えていないのだから油断はしないよう釘を刺す。念には念を入れて明日の予定を綿密に話すことにした。


 二つ目は報酬の件で釘を刺した。ロメリアをグレンダに引き渡した時点で紫苑の任務は完了になる。約束通り、報酬をたんまりともらう権利が紫苑にはあるのだ。ロメリアは紫苑が望む礼をすると約束している。


「それはもちろんです! シュティの名に懸けて約束しましょう。紫苑様は何を望まれますか?」

「そうだなぁ。やっぱりお金かなぁ。一生遊んで暮らせるだけの金、大金貨を一万枚ぐらいパーッと貰いたいもんだよ」


 大金貨を一万枚と言えば日本円にして百億円である。遊んで暮らせるというレベルのお金ではない。しかし、二つ返事で承諾してしまうロメリア。世間知らずも良いところである。


「わかりました! シュティの名に懸けて用意しましょう!」


 ロメリアはふんふんと鼻から息を吐き出して息巻いていた。紫苑はそれが空回りしないことを祈りながら翌日に備えるだけである。


【東暦 一〇〇五年 三の月 六の日】


 さて、その運命の翌日である。紫苑は夜明け前に階下に降りて女将が麦を仕入れたか確認を行った。結果、問題は何もなかった。きちんと大樽が二つ、宿兼酒場の裏手に鎮座していた。


 次に行うことは荷物を纏めることだ。水浴びをして身体を清めてから刀と剣をそれぞれ腰から下げた。そして背負いカバンに荷物を詰める。貴金属を売り払って膨れた財布に水筒。それからロメリアの衣服や貴重品なんかも詰める。


 そして大樽の中身を一心不乱に掻き出す。麦を他の袋に詰め替える作業を黙々と行った。そして人一人が余裕で入れるスペースを確保し、汗を拭う。これで下準備は完璧だ。


 眠っているロメリアを布で包み、起こさぬよう、そして見つからないよう静かに外に運び出すと、周囲を警戒しながら大樽の中に彼女を沈めた。呼吸は出来ているはずである。


 そして待つ。ただひたすらに待つ。ロメリアは起きないしグレンダは来ない。何かトラブルが発生したのだろうか。とはいえ、彼にできることは待つことのみである。


 一時間ほど待ったところでグレンダがやって来た。御者席に乗って二頭の馬を操っている。馬車には幌がかけられていて、中が見えない仕様だ。


 そしてその幌馬車が良い感じに古くボロボロになっている。まさかこの幌馬車に大公令嬢が乗っているとは思わないだろう。グレンダも知恵を絞ってきたようだ。


 グレンダが幌馬車から降りて紫苑に正対する。紫苑は脇にある大樽の蓋を開けた。彼女が覗き込む。そこにいるのはすやすやと寝息を立てているロメリアだ。紫苑に首肯をもって回答とした。


「丁重に運ぶぞ」


 御者が下りてくる。紫苑が幌馬車に乗り込もうとしたところ、グレンダに呼び止められた。紫苑は何だろうと頭に疑問符を浮かべたままグレンダに近づいた。


「何をボーっとしている。この樽を運ぶぞ。そっちを持て」

「な、オレもかよ」


 思わず素が出てしまった紫苑。グレンダは意に介さず、紫苑に指示を出していく。


「当たり前だ」

「その代わり報酬は弾んでくれよ」


 大金貨一万枚。日本円にして百億を搾り取ろうというのに、さらに報酬を弾めと催促する紫苑。面の皮が厚いというか、豪胆である。


 三人がかりで大樽を持ち上げる。むしろ、良く三人で持ち上がったなと褒めたいくらいだ。中身がスカスカとはいえ、人間一人が入っているのだ。樽の重さも加味して百キロはあっただろう。


 それを丁寧に幌馬車に積む。もう一つの樽は幌馬車に板を立て、その幌馬車の中に雑に転がし入れた。人が入っていないとわかれば樽の扱いなど、こんなものだ。


 だから幌馬車が傷ついているのだろう。紫苑も幌馬車に乗り込む。グレンダは御者台に乗った。馬に鞭を入れる。


「それで、どこに向かうんだ?」

「決まっている。このまま帰るのだ。それよりも場所を代われ。お嬢様を起こさなければ」


 紫苑が断るよりも早くグレンダが彼の手に銀貨を握らせた。どうやらグレンダは金で動く人間の動かし方を心得ているようだ。彼女もその方がわかり良くて助かるだろう。紫苑は不承不承ながらも御者台に座る。


「悪いな、邪魔するよ」

「お気になさらず。あっしは雇われの身でさぁ」


 幌馬車の中からグレンダの声が聞こえる。どうやらロメリアに呼び掛けて起こしているようだ。紫苑は御者台に座っているもう一人の男から馬の扱い方を習っていた。


「んんっ、あれ。グレンダ?」


 ロメリアが寝ぼけ眼でグレンダを見つける。グレンダはロメリアを大樽から出して抱きついた。ロメリアも段々と覚醒してきたのだろう。自分のおかれた境遇を理解し、グレンダを強く抱きしめた。


「グレンダ! 心配かけてごめんね」

「何を仰います。このグレンダ、一生の不覚にございます。ああ、このようなお召し物を身に纏って。お労しい」


 紫苑の後ろでは感動の再会が行われていた。どんな人間でも良いことをしたら気持ちが良いものである。これで紫苑の役目は終わった。後は報酬を受け取るだけだ。


「感動の再開の最中、悪いんだがオレの役目は終わりで良いな?」

「ああ、構わん。さっさと去れ」


 紫苑の問いに答えたのはグレンダである。そして邪険に扱い始めた。流石の紫苑もこの言い草には思うところがあった。気を悪くしながらも仕事は仕事だ。報酬を受け取って立ち去ろうと心に決めた紫苑。


「そうかい。じゃあ、お嬢ちゃん。今すぐ契約のお金を払ってもらおうか」

「それは……ごめんなさい。自宅に帰るまで待ってもらえませんか?」

「お嬢様、お待ちください。契約とは、お金とは何のことでしょうか?」


 口を挟んでくるグレンダを無視して話を進める紫苑。もうグレンダとは口も利きたくない。彼の胸中はそんな気持ちでいっぱいであった。


「そうは言うがな、そこのお付きの方がさっさと去れというもんでな。悪いが今すぐ払って貰わないと、困ってしまって暴れてしまいそうだ」


 そう言って剣の柄に軽く手をかける。グレンダは警戒した。そして思い出す。紫苑はグレンダの味方ではない、仲間ではないということを。


「もう一度だけ言うぞ。今すぐ報酬をここで払え。何故ならば今すぐ立ち去れと言われたからだ」


 厭味たらしくそう言ってロメリアに報酬を支払うことを迫った。紫苑の顔は笑っているが、目は笑っていない。


 しかし、払えと言われても無い袖は振れない。ロメリアは困ってしまった。紫苑もそのことは理解している。


 もし、この場で支払えるのであればとうの昔に支払っている。それでもなお迫っているのは、脅しだ。そして覚悟を決めるロメリア。グレンダを制して一言。


「私の家臣の失礼な発言、大変申し訳なく思います。家臣の不始末は主人の不始末。どうかご容赦ください」

「お嬢様、何を!」


 ロメリアが紫苑に対し、深く頭を下げる。ロメリアは紫苑に対し、不義理を働くことに深い罪悪感を覚えていた。


 言うなれば紫苑は命の恩人だ。その恩人に対し、さっさと去れという発言が失礼に値するのは流石の彼女も理解していた。


「お前がそこまで言うのなら一度目は許そう。ただ、二度目はないぞ」

「寛大な処置、ありがとうございます。グレンダには言って聞かせましょう」


 紫苑は思った。グレンダよりもロメリアの方が余程大人だと。社交というものを弁えている。それもそうだ。彼女は大公令嬢。社交界には嫌というほど出席してきたのだ。世間知らずだが場を、空気を読んで弁えることができていた。


 逆にグレンダはそのような世界とは無縁であった。確かに家系は騎士の出ではあるが、ただ己が武でのし上がってきた女性なのだ。紫苑を賤民の卑しい男くらいにしか思ってなかったのである。


 グレンダは浅慮な発言を恥じた。自身のせいで主君が謝罪する羽目になったのだから。しかし、これは身から出た錆だ。彼女もまた、謝れる人間であった。


「済まなかった。先程の発言は取り消そう。これも乗り掛かった舟だ。我らが無事に屋敷に帰れるまで護衛を頼みたい」


 そう言って硬貨を投げ渡す。金色に輝く硬貨を。紫苑もそれならばと二つ返事で承諾した。どの道、彼女たちに付いて行かなければ報酬は貰えないのである。


「で、シュティ大公家のお屋敷は何処にあるんだ?」

「お嬢様が暮らしているのは帝都だ」

「帝都はここからどれくらいの距離なんだ?」

「馬を飛ばせば二日。しかし、この馬車だ。倍以上の五日は掛かるだろう」

「ま、仕方がないか」


 馬車は揺れながら帝都に向かう。大金が手に入ったらどうしようか。一生働かなくて良い金額である。一軒家を買って悠々自適な生活を送る。紫苑は胸にそんな希望を抱いていたのであった。

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