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ルリュエという男

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【東暦 一〇〇五年 九の月 二十七の日】


 シオンはクリュエ=ド=ラースルを訊ねるためにラースル辺境伯領へと足を運んでいた。とはいうものの、帰り道だ。足を運ぶというよりも立ち寄ったというのが正しいだろう。


 もちろんアポイントは取っていない。そもそも、アポイントが必要だとシオンは思っていないのだ。するとどういう結果になるか。シオンはクリュエと会うことが出来なかった。


 断られたというわけではない。クリュエが外出中で出会えなかったのだ。何処に出かけていたのか。それは街道の整備のためにオペチャム子爵のもとへ伺っていたのだ。身から出た錆である。


 ここで約束を取り付けることを学んだシオンは今回は諦めて大人しく帰ろうとしたとき、ある人物に引き留められた。その人物はクリュエと瓜二つの容貌を備える人物だった。


 双子のルリュエである。彼がシオンに声を掛けたのだ。断る理由もないのでシオンはルリュエに案内されるがまま、中庭のテラスに腰を下ろしたのであった。


「突然の申し出だというのに、快諾して貰えて嬉しく思う」

「お気遣いなく。私もルリュエ様と一度、お話ししたいと思っておりましたので」


 シオンは笑みを顔に張り付ける。ルリュエの物腰は柔らかだが、明らかに自身が上であるという雰囲気を醸し出している。シオンはそれが鼻持ちならなかった。


 クリュエも当初はその雰囲気を出そうとしていた。あくまで出そうとしていただけだ。実際には出せていなかったし、シオンとしては御しやすい。与しやすいと感じていた。


 ルリュエは危うい。シオンは直感でそう感じ取っていた。その感性が本物かどうか、シオンは踏み込んで尋ねてみることにした。


「しかし……千載一遇の好機を逃しましたな」

「と言うと?」

「先の王朝との戦で兄であるクリュエ様を弑せば貴方が世継ぎと成れたものを」


 このシオンの言葉にルリュエは眉をピクリと動かした。ルリュエはこのシオンの言葉を到底受け入れ難く思っていた。彼はクリュエを兄とは認めていないのだ。


「ふふふ……なかなかどうして。面白いことを仰るのですな、バレラード卿は。兄弟で血で血を洗う戦などするものでしょうか。ましてや、私が『弟』を殺せましょうか」

「ルリュエ様の本心を当ててみたのですが。違いましたか?」


 シオンは笑みを崩さない。彼も腹芸が身に付いてきた。どうやら彼は天性の嗜虐の才能があるのかもしれない。臍を嚙むルリュエが見れるのならばどんな手でも使うだろう。


 決してシオンはクリュエ派というわけではないのだが、この目の前の男が鼻持ちならなかったのである。鼻をへし折ってやりたい。そう思っていたのだ。


「全くもって違うな。貴殿は見当違いをしている。そもそも私が長子でクリュエが次子だ」

「ではルリュエ様が跡を継ぐと。それはお父上であるデリク=ド=ラースル閣下もご存じで?」

「もちろんだ。父上はそうするに決まっている」

「そうですか。では後日、改めて閣下にお時間を頂戴してお尋ねしてみることにしましょう。まさか、辺境伯の位を継ぐ者が嘘を吐くことなど、無いでしょうね?」

「もちろんだとも」


 シオンはルリュエの魂胆が見えた。知らぬ存ぜぬで通すつもりのようであった。今、この中庭のテラスには二人しかいない。発言を証明する方法がないのだ。


「では、一筆認めていただくことは可能でしょうか。後に言った言わないになっても困るので」


 シオンははっきりと言う。証拠が欲しいのです、と。さあ、これに困るのはルリュエである。しかし、ルリュエはシオンにはっきりとノーを突き付けた。


「止めておこう。書類なぞ、簡単に偽造が出来る世の中だぞ。しかし、どうやらバレラード卿は私のことがお嫌いらしい」

「いえいえ、そうではございません。ただ、クリュエ様が当主の座に就いていただいた方が私にとって利があるというだけで」


 シオンは利になる方に味方する。これは自明の理である。しかし、ルリュエにシオンの考えを読み解くことはできない。シオンは劣勢の方に付くのだ。そして自身の力で勝たせ、多大な報酬を得るつもりであった。


「どうすればバレラード卿は私に味方をしてくれるのか」

「子爵の地位と相応の領地をいただければお味方しましょう」


 どだい無理な話である。つまり、シオンが言いたいのは『一昨日きやがれ』と言うことなのだ。何故ここまで強気で行くのか。それはシオンがルリュエならば勝てると見たからであった。


「ルリュエ様の周りには有能な家臣が大勢居るのでしょうな」

「それがどうした?」

「家臣の意見が対立した場合、如何なさいます。例えば……そうだな。戦の最中において進むべきか退くべきか。家臣の意見が割れた場合、どうなされる?」

「状況が漠然としていて答えに窮する。前提条件が曖昧過ぎるのだ。次はもう少し明確な状況設定をしてくれ給え。そろそろ失礼させてもらおう」


 ルリュエが席を立つ。シオンはワインを傾けながらそれを静かに見送った。ルリュエは自信に満ち溢れ、公明正大で思慮深く、家臣の意見にも耳を傾ける努力家だ。


 しかしその反面、プライドが高く、また階級意識の強い人物だともシオンは考えていた。骨は折れる。骨は折れるが、勝つことは不可能じゃない。シオンの見解は変わらなかった。


 今回の質問も適当なことを言って逃げるルリュエ。シオンはその回答から誠実さを読み取ることが出来ず、彼の中のルリュエの評価がまた一つ落ちる結果となる。


「さて、帰るとするか」


 残されたシオンはラースル家の執事の一人に案内され、屋敷を後にする。そして、そろそろ波風を立ててみようかと考えていたのであった。


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