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初めての遠征

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【東暦 一〇〇五年 八の月 八の日】


 シュティ大公からの手紙から遅れること数日。シオンのもとにラースル辺境伯から招集の手紙が届いた。どうやら本当に戦が起きるみたいだ。


 アレンたちに戦支度の用意をさせ、ララに糧秣の手配をさせる。糧秣は現地にあるらしいのだが、念のため、片道の食糧を用意しておくことにする。


 こういう時に産水の魔石が二つあればとシオンは思っていた。そんなことを考えながら馬に跨り、ココを伴ってラースル辺境伯のもとへと急ぐ。より詳細な事情を尋ねるためだ。


 と言ってもラースル辺境伯も出陣するのだ。忙しいのはシオンも重々承知している。なので、クリュエに尋ねることにした。こういう時のために彼に取り入っているのである。


 城の前で下馬し、馬を預けてから貴族の証を見せつけ、シオンとココが城内に入る。バタバタと人が入り乱れている中を掻き分けて進むシオン。そしてココに声をかける。


「ココ。情報を集めて回れるか?」

「もちろんです!」


 ココと別れる。彼女に関してシオンはそこまで心配していなかった。味方の陣営内だ。大きなヘマさえしなければ大問題につながることはない。シオンは目当ての人物を見つけ、声をかけた。


「お坊ちゃん」

「お、おおう。シオン=バレラード卿か、如何した。見ての通り立て込んでいるのだ」


 クリュエは見るからに緊張していた。目が泳ぎ、今から汗が滝の様に流れていた。シオンは察していた。これは彼の初陣であると。


「お坊ちゃまも出陣なさるので?」

「ああ、今回は私が父の名代として戦に出るのだ」


 シオンは思った。危ういと。おそらく功を逸って立候補したのだろう。オレだったらば、この機に乗じてクリュエを暗殺すると。そうすれば跡継ぎはルリュエただ一人だ。


 よしんば暗殺できなくても良い。戦で負けて帰ってくるだけでもクリュエの立場は弱くなるだろう。大局での負けではない。クリュエが負けて逃げ帰ってくれば良いのだ。


「お坊ちゃまはどのような編成で出陣なさるので?」

「今回は千の兵で向かう予定だ。帝国の南東までの移動が手間だ。大人数で向かうのは得策ではない」


 クリュエの言い分も理解できる。帝国と商業連合のために兵を温存しておかなければならないのだ。いや、ラースル辺境伯であれば兵を温存していても三千は動かすことが出来るはずだ。


「率いる将は信頼できますか? 貴方は常に命を狙われていると思った方が良い」


 シオンのこの言葉を聞いて今度は青ざめるクリュエ。どうやら功を焦ったあまり、そこまで考えが回っていなかったようだ。


 これ以上は付き合いきれないとシオンは欲しい情報だけ聞き出してさっさと帰ることにした。


 聞きたい情報とは何か。それは相手の情報である。相手を知らなければ戦っても負けるだけなのだ。負けに不思議の負けはない。負けるべくして負けるのだ。


「只今戻りました!」

「ご苦労。報告を聞こうか」

「あいあい!」


 ココからの報告を受ける。どうやら今回は小競り合いに痺れを切らした我ら帝国側が王朝側に殴り込むようである。


 つまり、シオンは攻め手になるわけだ。攻め手と受け手であればシオンは間違いなく攻め手を選択する。それがシオンの性格に合っているからだ。


 受け手は地の利というアドバンテージはあるが、どこから攻められるかわからない、攻め込むタイミングがわからないという不利な点がある。どちらも一長一短だ。どちらを選ぶかは好みだろう。


 それと同じくらい重要なのが戦場の地図だ。これをシオンは写させてもらう。もちろん、地図は国家機密に該当するので精緻な地図は用意できないが、大まかな地図ならばいくらでも手に入る。


 最後に集合場所と集合時間を尋ねてバレラードへと戻った。既に出陣の準備は整っている。シオンは出来たばかりの旗を掲げ、ゆっくりと再びラースル辺境伯領へと向かったのであった。


 集合場所には既に諸侯がそれなりの兵を率いて集まっていた。オペチャム子爵は四〇〇、ロレック子爵は五〇〇、ブオーノ男爵は二〇〇、ドレン男爵は一〇〇である。合計兵数は四〇〇〇を超えた。


 そこにシオンが三〇の兵と共に加わる。焼け石に水、雀の涙の人員である。馬に乗ってるのもシオン一人だ。兵士たちの装備の貧弱さが逆に目立っていた。


 ぞろぞろと戦地に向かって行進していく。その行進の最中でもシオンは口酸っぱく自分の命を優先に考えるよう、兵士たちに言って聞かせていた。


 一日、また一日と進むにつれ兵士の数が多くなっていく。そして最終的な兵数はなんと三万五千にものぼっていた。王朝と領地を接している領主は全兵力をもって参戦していた。


 それもそうだ。負けは死を意味する。文字通り死活問題なのだ。シオンたち北方の貴族のように兵力を温存なんて言ってられないのである。


 今回の戦の総大将はブロンソン公爵であった。補佐として宮廷将軍のグラックスが付いていた。シュティ大公も参戦しているが、率いているのは名代のグレンダである。


 公爵本人が率いている。彼よりも上役が居てはやりにくい。辞退し大将の座を譲ったのだろう。


 シオンは到着報告を済まし、各所への挨拶もそこそこに兵にこう命ずる。周辺の環境をくまなく調べろと。


 まずは地形を把握する。地図に載っていない集落が無いか、地図が本当に正しいのか、敵は迫っていないかを確認するのだ。


「バレラード准男爵は居られるか!?」

「ここに」


 馬に跨った騎士がシオンを探す。どうやら伝令のようだ。シオンが返答すると騎士は下馬して一例をしてから伝令内容を述べた。


「バレラード准男爵は向こうの小高い丘の上に布陣をお願い申し上げる」

「承知した」


 小高い丘の上。兵法的には有利な地形だ。囲まれた場合は不利になるとシオンは思っていた。馬謖のように斬られたくはない。ただ、今回はこちらから攻め込むのだ。囲まれる心配はない。


 ここからは指示があるまで待機だ。だが、問題が一つある。それは兵糧が乏しいことだ。しかし、支給はあるという話であった。情報が錯綜している。もし、本隊から支給がない場合、どうにかして工面しなければならなくなる。


 もしくは撤退だ。参戦したという名目は果たした。もちろん戦う前に帰ったという不名誉は残るがシオンは名誉を重んじていない。


 陣を小高い山の上に移す。そして天幕を四つ張った。一つはシオンの天幕である。残りは二十四人ずつ寝るための天幕だ。そのため、中はぎゅうぎゅうであった。こうして、初めての戦争が幕を開けたのであった。

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