誘拐大作戦
【東暦 一〇〇五年 三の月 二の日】
翌朝、目が覚めた紫苑は下半身の衣類だけ身に纏い、宿の裏に出た。そこで日課となっている朝の稽古で汗を流す。素振りを続けるだけでも練度が落ちないのだ。
素振りほど、型ほど重要な稽古はない。紫苑はそう思いながら丁寧に一つ一つ、ゆっくりと型をなぞる。素早くやるよりもこちらの方が難しい。
そして稽古終わりに井戸から水を汲み、その汗を流し落とすかのように水を被った。冷たい水が火照った身体に心地良い。
そして思考を鮮明にする。どうにかしてロメリアを家族と引き合わせなければ報酬は無しだ。それだけは避けたい。そこで、紫苑はある一つの作戦を実行することにした。宿に戻る前に大通りを巡る。
「ああ、起きていたのか。おはよう」
「おはよう、ございます」
まだ夢見心地といった表情だが、ロメリアは起きていた。しかし、煽情的な恰好であったがために紫苑は手に持っていた服をロメリアに渡した。一般的な麻の服である。
ロメリアが昨日身に着けていたドレスのまま出歩いているところを想像して欲しい。如何にもなお嬢様だ。捕まえて身代金を要求してくださいと言っているようなものである。
ロメリアがまだ覚醒しきれていないので、紫苑は階下に行き、簡単な二人分の朝食を手にして部屋に戻ってきた。そしてロメリアのコップに冷えた井戸水を注いでいく。
紫苑はロメリアと朝食を食べ進めながら今後の予定について話し合う。そこで紫苑は今日の朝に思い付いた考えをロメリアに提案することにした。
「結論から言おう。ロメリア、君は誘拐されたことにする」
「はぁ」
「そしてロメリアの身内をここに呼び出す。ロメリアと引き合わせる。完璧だ」
「それは……素晴らしいです!」
ロメリアは紫苑の提案に賛成の意を示した。紫苑としては「それだけじゃわからねぇよ!」という突っ込み待ちだったのだが、ロメリアはそれに気が付かず称賛の声を上げる。紫苑は咳払いをして切り替えた。
しかし、シュティ大公家から人が出てきた場合、上手くいくかもしれないが、そもそもの話、シュティ大公家まで話が通るかが問題である。
大公家の令嬢が誘拐されたのである。責任問題だ。シュティ大公家に内緒で解決したいに違いない。しかし、ここまで大事になっているのだ。大公に話が上がっていないわけがない。
今のところ、これしか方法がない。なので、この作戦を実行する。だが、ここで一つ問題がある。それは何か。
ロメリアが誘拐されたという証拠を提出しなければならないのだ。そこで、彼女が身に付けている貴重な品を提供してもらうことにした。
「このイヤリングとペンダントをお渡ししておきます」
「わかった。じゃあ、この部屋で大人しくしていてくれよ」
紫苑はイヤリングとペンダントを握りしめ、紫苑は咳払いをして喉の調子を整えてから領主の館に向かう。それも全速力で。そして領主の館の前に直立している衛兵に対し、駆け寄ってこう述べた。
「た、助けてください! お嬢様が、お嬢様がっ!」
シオンは泣きながら衛兵に詰め寄った。このくらいの腹芸であればお手の物である。傭兵としてこの世界の荒波に揉まれてきたのだ。むしろ、それくらいできなきゃ生きられない。
「どうした!? 一度落ち着き給え」
紫苑は衛兵に対し、シュティ大公家の令嬢が誘拐されたことを告げた。その証拠に手渡されたペンダントを衛兵に手渡す。
明らかに高価で、さらにペンダントにデュ=シュティと彫ってあるのだ。疑いようがない。
そこからは上を下への大騒ぎであった。なにせ大公家の令嬢が誘拐されたのだから。そうこうしているうちに紫苑の前に偉そうな男性が一人。初老で威厳のある男性だ。
「其方が令嬢の誘拐を知らせてくれたのかね?」
「はい。そうです」
「詳しく話を聞かせてもらおうか」
「それは……出来ません」
「なんだと?」
男性の鋭い眼光が紫苑を射貫く。しかし、紫苑は怯えたふりをするだけで内心は飄々としていた。そして男性に対し、こう述べる。
「詳しくはシュティ大公家の方に。そうしろと盗賊が……。でなければお嬢様が。お嬢様がぁぁっ!」
わざとらしく泣き喚く。これには初老の男性も困りに困ってしまった。このまま強引に訳を聞き出すか。しかし、それがバレて令嬢が殺されてしまったらば自身の胴と首が離れることになってしまう。
男性はそのリスクを負うことが出来なかった。なので、紫苑に言われた通り、シュティ大公家の人間を呼び出すしか方法は無かったのである。
今日はこれにてお開きになった。そして三日後に再び領主の館にて落ち合う約束をして。
三日後なのはシュティ大公家の人物を呼び出すためだ。流石に当主ではないだろうが家令か執事か。どちらにせよお偉方が来るのだろう。紫苑はそう読んでいたのであった。
距離は遠くとも三日もあれば王都まで往復できる距離だ。手を変え品を変え馬を替えて必ずや期日までにやってくるだろう。紫苑はにやりと笑うのであった。
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