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勝ち馬に乗りたい

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【東暦 一〇〇五年 五の月 十の日】


 クリュエ=ド=ラースルは焦っていた。その地位に胡坐をかき、弟のルリュエにその座を奪われようとしていたからだ。しかし、それもこれも自分で蒔いた種である。


 いや、彼は彼なりに頑張っていた。その頑張りが成果と結びつかなかっただけなのである。


 事実、彼は劣勢になっていた。弟のルリュエは人望もあり、努力家なのだから。その人間が報われる。何もおかしな話ではない。しかし、クリュエとしては面白くないだろう。


 最初、自分が跡継ぎとして指名されていたのだ。それをいきなり梯子を外されたのだから怒っても致し方ない。と、クリュエは思っている。


 彼は暗愚ではない。かといって聡明でもない。凡庸なのだ。落ち度もないのに後継者から外されるのは到底受け入れられない話である。


「なにか方法はないか?」


 やろうと思えばなんだってできる。暗殺に毒殺、人を雇っての刺殺などだ。ただ、彼にはその勇気がなかった。それとなく失敗して信頼を失ってくれればそれで良いのだ。


「クリュエさま、シオン=バレラード准男爵がお見えになっておりますが、お会いなされますか?」

「どうせ父上に会いに来ているのだろう」

「そうなのですが……ルリュエさまは同席されると」


 家令からその事実を聞いた瞬間、クリュエは席を立った。ルリュエが出るのであれば自身も出る。それがクリュエであった。


 身嗜みを整え、応接間に入る。そこには既に父であるデリク=ド=ラースルその人がいた。


「失礼いたします。ご無沙汰ですな、バレラード卿」

「これはクリュエ様。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。当家をお訪ねいただいた日以来ですね」


 シオンとクリュエが和やかに会話を始める。そのことにクリュエは違和感を覚えていた。彼の中では、シオンという男は狂犬のようなぎらついた危なさをもった男だと認識していたからだ。デリクが口を挟む。


「失礼ながら愚息とはお知り合いで?」

「ええ。私がこちらに封じられて間もなくの時に。私が封じられたばかりだったので気を使っていらっしゃってくださったのでしょう。感謝しております。流石は嫡子ですね。良い跡継ぎに恵まれて羨むばかりです」


 シオンがにこやかにデリクに告げた。クリュエは目の前の男が前回話した男と同一人物なのか疑うほどであった。そこには父に過分に遜る男が居たのだから。毅然とした態度はどこへ行ったのだろうか。


「そうだったのか。クリュエ、少しは見直したぞ」

「あ……ありがとうございます」


 頭を下げるクリュエ。それとは対照的に唇を嚙むルリュエ。准男爵だからと軽視していた結果、このように自分を貶められるとは思ってもいなかったのだ。シオンはその仕草を見逃さなかった。


「私のような准男爵にまで細やかに配慮いただけるとは思いもよりませんでした。私を准男爵に叙してくださったシュティ大公には大恩がございますが、クリュエ様の優しさは、それに負けずとも劣らぬ行い。私は感動いたしました」


 シオンはクリュエを持ち上げ続ける。デリクも満更ではない表情であった。それとは対照的な表情をするルリュエ。シオンの狙いはわかりやすく、兄弟仲の対立を煽ることであった。


 こと、ここまで拗れているのであれば兄弟仲を引き裂き、シオン自らが付け入る隙を生み出そうとしていたのである。混沌は窮地であり、好機でもあるのだから。


「これからも末長く良好な関係を築くことが出来ればと考えております」

「それは願ってもないこと。こちらこそよろしく頼む」

「困りごとがあればクリュエ様を頼らせていただいても?」

「もちろんだ。クリュエ、頼んだぞ」

「は、はい!」


 会見は和やかに終わった。シオンはそう思っている。ルリュエのことなど、最初から眼中に無かったのだ。このまま順当にいけばルリュエが勝つ。だが、勝ち馬に乗っても旨味は大きくない。


 それならばクリュエに乗り、彼を勝たせる方が旨味が大きいと判断したのである。そしてインもその考えを支持していた。なので、デリクの前でクリュエを持ち上げたのだ。


 デリクとの会見が終わった後、シオンはクリュエに呼び出されていた。彼の私室である。室内には豪華な調度品が並んでおり、如何に大切に育てられたのかが伺えた。


「バレラード卿、あれは何の真似だ?」

「はて、あれとは?」

「惚けるなっ! なぜ私を持ち上げるようなことを言ったのかと聞いているのだ!」


 机を叩く。ドンという音が響いた。その音は軽く、威厳も足りない。シオンは溜息を吐きながらクリュエの問いに答えた。


「持ち上げてくれと頼みにやってきたのはお坊ちゃまの方でしょう」


 シオンはワインで口を湿らす。クリュエがバレラードを訪ねた理由は自身に味方をしてほしいから。そしてシオンはその要請通りにクリュエの味方をした。何もおかしなことはない。


「であれば、だ。何故あの時にそう伝えてくれなかったのか。理解に苦しむ」

「それはあの当時の私にそれを判断するだけの情報がなかったからですよ。だが、今は違う。明確に坊ちゃまの味方をすると宣言しましょう」


 クリュエにはシオンの笑顔が怪しく見えた。何か裏があるに違いないと。しかし、それは直ぐに考えればわかることだ。人間が欲するものと言えば金、地位、名誉のどれかである。


「信じて良いのだな?」

「それはお任せいたします。しかし、信じるしかないのでは?」


 シオンはクリュエを追い詰める。本来ならばシオンよりクリュエの方が上になる力関係が正しいのだが、何故だかシオンが主導権を握っている。こればかりはくぐってきた修羅場の数が違う。


 クリュエも社交界に何度も出ているが命まで取られることはない。しかしシオンの、傭兵の交渉は一歩間違えれば死である。それで生き残っているのだから交渉も上手くなるわけだ。


「さあ、詳しい『お話』を始めましょうか。お坊ちゃま」


 こうしてシオンは旗色を鮮明にし、クリュエとの密談に入るのであった。

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