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バレラードでの生活

 シオンは目下の問題(部屋割り)を棚上げし、村長に呼び出された場所へ向かう。そこは村の広場だ。小学校のグラウンドほどの広さのこの場所に、村人のほぼ全員が集まっていた。


 そのシオンから遅れてイン、エメ、ココの三人が到着する。シオンはその場に居る村人全員の視線を浴びる。しかし、彼は飄々としていた。むしろ、後ろに居たインが恐縮していたくらいである。


 彼は声を上げた。全員に届くように。凛とした声であった。声を張っているわけではないのだが、良く指示の通る声であった。将に向いている声である。


「オレが新しくこの地に赴任してきた准男爵のシオンだ。と言っても畏まらなくて良い。時間もかからない。手短に話そう。オレも元を質せば一介の傭兵だ。縁あって准男爵になってしまった訳だが……なので君たちの気持ちは手に取るように理解できる。搾取する気もない。お互いに良い関係を築いて行こうではないか。よろしく頼む。以上だ」


 それだけを言ってシオンは自身のスピーチを終えた。村人は唖然としていた。今までの代官とは違い過ぎたからである。排他的な村に、シオンのそれはどう映っただろうか。


 村人たちは三々五々と散らばっていった。シオンは集まった村人を眺めていた。そして溜息を吐く。なぜ溜息を吐いたのか。それはデュポワから言われた一言を思い出したからだ。


 その一言というのは、『小さいながらも軍を組織しておきなさい』という一言である。村の規模は千人にも満たない。その中で遊ばせておける人数はどれくらいだろう。シオンは思案する。


 しかし、彼に答えを出すことは出来なかった。何人を雇えるかはシオンではなくインが決めることである。いや、インが決めるというと語弊がある。インが算出するものである。


 村全体の生産力に税として取り立てる財産。その財産で雇える人数と予備の資金。これらを加味しなければならないのだ。ただ、ここは僻地。山賊や盗賊はまだ出るだろうし、隣国が攻め込んでくる危険性も否定できない。


「イン、まずは何から手を付ける?」

「そうですね……。まずは戸籍の整備からでしょうか」


 戸籍の整備。村の人数を把握し、分析をしなければ村を大きくすることは出来ない。いや、村を大きくしたい訳ではないのだが、より効率的に、より多くの税収を上げるには必要な整備である。


「戸籍は……ないのか?」

「ないでしょうね。あったとしても開示されるかどうかは怪しいです。戸籍なんて村人たちにとって必要ないですし、デメリットにしかなりませんから」


 戸籍は税収を管理するための為政者のエゴだと言われればそうかも知れない。村人にとって戸籍を整備するメリットはなんだろうか。それもこの時代、このような辺鄙な村でだ。ほぼ皆無である。


 なので、戸籍整備を村人の利に繋げなければならないとインは常々考えていた。そこで、出産祝いと死去見舞いを出すことにしたのである。つまるところ祝儀と香典である。


 これで村人の増減を管理しようとインは考えたのだ。村人としても出産や葬儀を隠し通せるとは思っていない。それならば貰えるものは貰っておこうと思考するに違いないだろう。


「エメは何をするんだ?」

「調べる。土の状態とか畑の様子とか。いろいろぜんぶ」


 エメはまず、この村の生産状況を調べるところから始めるようだ。そして気候や風土、土壌を調査し、この地に最適な作物が何かを調べるようである。今急いで必要なのは効率良く大量に生産できる作物だ。


「ご主人様、アタシは何をすれば?」


 ワクワクした目でシオンを見るココ。そんなココに対してシオンはこう命じた。というよりも、インにそう伝えるよう言われていたのだ。


「ココはまあ、なんだ。子どもたちと遊んでいてくれ。村に溶け込んでおいて欲しい。ほら、オレたちには胸襟を開いて話をしてくれないからな」

「そ、そっすか……」


 ココはあからさまにしょんぼりとする。シオンとしては重要な仕事を依頼したつもりだったのだが、ココはそれを額面通りに受け取れなかったようだ。


 官と民の仲が悪いことほど統治において最悪なことはない。どうすれば官と民が仲良くなれるのか、それを教えてもらうには村人から教えてもらうのが一番なのだ。


 だというのに、ココはその必要性を理解していないのだ。十五の少女にその重要性を理解しろというのが難しい話である。それよりも華々しい活動をしたいと思ってしまうのだ。気持ちは良く理解できる。


「ココ。ココに依頼している仕事を簡単だと思うか?」

「え、まあ、ぶっちゃけ」

「じゃあそんな簡単な仕事もココは出来ないのかー。それは残念だー」


 そう言うシオン。ちょっと棒読みのセリフみたいになっているが、それは御愛嬌だ。だが、それで動いてしまうのがココなのだ。


「い、いや、別にそれくらいできるし!」

「じゃあ、頼むぞ。軽視してるかもしれないが、重要な仕事だからな。村のことでわからなくなったら頼りにするぞ」

「うぃっす!」


 頼りにする。その一言が嬉しくて駆け出して行ってしまった。シオンは呑気にご飯までに帰って来いと叫び伝えていた。そのココと入れ違いにやってくる二人の女性。どちらも妙齢の女性である。


「あの……本日よりこのお屋敷で働くよう命じられましたアンでございます」

「同じく本日より働くよう命じられましたサラです」


 炊事と洗濯などの家事を担当してくれるのだという。彼女たちが美人である点に作為的なものを感じていた。これが村長の差し金なのか、それともデュポワの差し金なのかは判別できないが。


「ああ、助かる。特に口煩いことを言うつもりはないから最低限のことをしてくれ」

「かしこまりました」


 シオンがさらっと伝える。実際、シオンは彼女たちにどぎまぎしていた。シオンよりもやや年上くらいだろうか。


 実際のところ、片方のアンはデュポワの計らい、もう片方のサラは村長であるダバスの計らいである。


 デュポワは約束通り侍女を用意し、ダバスはシオンの出方を伺っているだけである。シオンにとってはただの望外な僥倖である。早速、晩御飯の用意をアンにしてもらう。


 こうして、シオンのバレラードでの生活が始まったのであった。

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