彼女の名はココ
そして感じる。シオンは違和感を覚えていた。幌馬車の中から漂う違和感。何が違うのかと問われたら明文化することはできないのだが、何かがおかしいと感じていたのだ。
「エメ、こっちに来い。インもだ」
そう言って剣ではなく刀を抜くシオン。何かわからないということは、襲われるかもしれないということだ。杞憂であれば良いのだが。そう思いながらシオンは使い慣れた刀を構え、歩を進める。
「待った! ちょっと待った!」
幌馬車の奥から一人の少年とも少女とも見分けがつかない中性的な顔立ちの子が飛び出してきた。敵意が無いことを主張するため、両手を上げて飛び出してきたのだ。
「なんでオレたちの馬車の中にいるんだ?」
「それは、そのー、あー、えーと、あはは、なんでだろ?」
笑って誤魔化そうとするその人物。ただ、シオンがそんな情で流されるはずもなく、無慈悲にも刀で脅し、そしてこう告げた。
「オレはシオン=バレラード准男爵だ。その貴族の馬車に忍び込むとは良い度胸だな。何をしているか話してもらえないのは非常に残念だ。理由がわからない以上、どうなるか理解できるな?」
容赦なく脅しと圧をかけていくシオン。そして彼は本気だ。それを感じ取ったのか、シオンの目の前の人物はあっさりと全てを白状し始めた。
「ご、ごべんなざいぃー。盗ぶだめにはいりごみまじだぁー。い、いのちだけは、命だけはお助けをぉ」
あっさりと白状する。シオンはインとエメに命じてこの盗人を簀巻きにした。それを確認してから刀を納める。問題は、この盗人をどうするかだ。
「お前、名前は?」
「ココ」
「何歳だ? 親はどうした?」
「十六歳。親なんて居ないよ」
聞けばココは天涯孤独の孤児であった。この世の中を生き抜くために悪いことは何でもしていた。盗みに盗み、そして盗みなんかを。
「そうか。ま、今回は未遂とはいえ現行犯だ。さらに貴族の馬車から盗もうとした。これを法に当て嵌めたらどうなる?」
「えーと、盗んだ腕を切断。それから額に罪人の刻印と奴隷落ちですね」
そう聞いて声にならない声を上げるココ。シオンはそうかと短く答えると、エメに衛兵を呼んでくるよう伝えた。いや、伝えたかったという方が正しいかもしれない。
「エメ。衛兵を――」
「ちょ、え、待って待って! 聞いてた!? 聞いてました!? 腕をちょん切られて、こんな可愛い私が性奴隷にされちゃうんですよ!?」
誰も性奴隷とは言っていない。だが、ココの中では自分は可愛く、それゆえに奴隷となってしまったら必然的に性奴隷になってしまうと思っているのだろう。
「だとしても別にオレには関係のないことだろ。自業自得じゃないのか?」
そのシオンの一言がココの心に突き刺さる。ココはシオンの言葉に反応してしまった。何も彼女が望んで盗みを働いて生計を立てているわけではないのだ。そうするしかないから、それしか選択肢がないのである。
「良いですよね。お貴族様はっ! 生まれながらにして人生が薔薇色なのが確定じゃないですかっ! 私たちの苦労なんて全く理解できないのでしょうねっ!」
「貴方は一つ勘違いをされてます! シオンさんはご自身の力で貴族になられたのです! 親の脛を齧っている他の貴族とは違いますよっ!」
インがそう述べた。その言葉に衝撃を受けるココ。更にインは自身の知っているシオン知識をこれでもかと見せびらかすように話した。
「シオンさんは天涯孤独の身でありながら傭兵稼業に身を窶し、巡ってきた好機をモノにして帝国から准男爵に封ぜられた素晴らしいお方なのです!」
ただ、シオンとココの異なる点はバックグラウンドが異なるという点だ。シオンはきちんと基礎教育を済ませており、武術の鍛錬も欠かさず十年間以上、行っていたのだ。その差は大きい。
このインの言葉を聞いて黙り込んでしまうココ。シオンは黙って二人のやり取りを聞いていた。そして、どう動くのが利となるか考える。
この場合の利とはインとエメ、二人からの好感度である。領内統治を行う上で重要なのが団結、一体感なのだ。シオンについて行って良いと思わせなくてはならない。
「イン、どうするべきだと思う?」
「え、私ですか?」
「そうだ。領内でも同様の窃盗事件があった場合、インはどうするつもりなんだ?」
シオンは全てを任せると伝えた。ならば、判断を下すのはインなのである。インはココの顔をじっと見る。ココは泣きそうな顔でインを見ていた。
「やはり奴隷落ちはさせましょう。腕を切断すると奴隷の買取価格が下がります。なので、腕の切断だけは勘弁してあげる、というのは如何でしょうか?」
インの回答を聞いて愕然とするココ。縋るような目でシオンを見る。シオンは再び脳内である計算をしていた。もちろん、どう上手く立ち回るかという計算である。
このままココを売り飛ばした場合、孤児の少女だ。二束三文にしかならないだろう。いや、少女だから好事家には売れるかもしれない。もう少し高値で売れるが、たかが知れている。
それならば、自分の手駒に加えてしまった方が良いかもしれない。シオンが気にしているのは少女がどれだけ有用な技術を身に付けているか、という点だ。
「ココと言ったな。盗みはどれくらいやってるんだ?」
「えと、かれこれ十年はやってますです!」
「解錠は出来るか?」
「海老錠とか簡単な鍵ならお手の物です!」
鍛えれば使えるようになるかもしれない。これがシオンの率直な感想だった。盗賊としても使い道があるだろうし、斥候としても使えるかもしれない。そう思ったのだ。
「わかった。インの言う通り、こいつは犯罪奴隷として売り払おう。いくらで売り払えると思う?」
ココはシオンのこの言葉を聞いて涙が溢れて止まらなかった。一度も失敗したことがなかったココ。初めての失敗がこの場だったのだ。今までに一度も失敗をしなかった。それが彼女の敗因だろう。
「そうですね。大銀貨二、三枚にでもなれば儲けものじゃないでしょうか」
三万円になれば良い方と言ってるのだ。それがこの世界を表していると言っても過言ではない。犯罪者は収監ではなく売買なのだ。そして使い古される。そうしてインフラが成り立つのだ。人道なんて有る訳がない。
そういう道を自分で選んだのだ。いや、ココのように選ばざるを得ない人間もいる。しかし、こればっかりは仕方がない。親を選ぶことは出来ないのである。
「わかった。じゃあ、オレが大銀貨二枚で買おう。それで良いか?」
「「え?」」
二人の声が協和した。シオンはインとエメのそれぞれに大銀貨を一枚ずつ支払う。これでココはシオンのものである。シオンはココにこう尋ねた。
「さて、これでお前はオレのモノとなった訳だが。オレの手足となって働くのと奴隷商に売り飛ばされるの、どちらが良いか、選ばせてや――」
「シオン准男爵閣下に付いていきます。付いていかせていただきます! どうぞ、こき使ってください。夜のお世話も頑張ります」
シオンの言葉全てが言い終わる前にココが全力でシオンに媚びてきた。奴隷という立場はどちらでも変わらないのだが、それでもシオンの方が話が分かると思ったのだろう。
「そろそろ出発してもいーかい?」
傍から様子を眺めていたコラリーが終わったであろう頃合いを見計らってシオンに話しかけた。団員たちはシオンたちのやり取りを微笑ましくみていたのだ。
「ああ、悪かったな。じゃあ出発するか。荷物は荷馬車の隙間に捻じ込んでくれ。あとコレも入れとけ」
ココを簀巻きのまま幌馬車に投げ込む。こうして、ココがシオンの仲間になったのであった。
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